第45話 決着。

「重力井戸の底で滅べ、ブラフマン。『黒洞ブラックホール爆縮インプロージョン』!」


 空を舞う白銀色のギガス、マハー・ヴィローチャナ。

 機体全体から炎の様に舞う虹色の高濃度マナ。

 そのマナ全てをつぎ込んで生み出された漆黒の小さな球体が、振り降ろした機体の主腕の間からターゲットに向けて放たれる。


「モット、モット! 肉ヲ、知識ヲ。名誉ヲ、富ヲ。全テ、ワレ、ブラフマンの元ニ!!」


 ターゲット、もはや粘液と触手の固まりとなった神話級ギガス「イシュヴァーラ」。

 そしてギガスと融合した秘密結社「ラハーシャ」の総帥ブラフマンは、更なる魔力と新たな肉体を求めて空中のヴィローに向かい触手を向けてきた。


「グワァァア!」


 しかし、触手は僕らが放った極小の球体に吸い込まれていく。

 それは極小なマイクロ・ブラックホール。

 ヴィローの重力制御機能を最大に駆使して造られた時空の穴、「特異点」にして無限重力井戸。


 フェムト(10のマイナス15乗)メートルサイズと極小であるために、長時間存在は出来ない。

 だが、その「穴」に落ちれば一億トンを超える重量による無限大の潮汐力に引き裂かれ、ホーキング放射による一垓(10の20乗)ケルビンを超える無限過熱で焼き尽くされた上に量子レベルまで分解されてしまう。

 古代科学と高度魔法技術の融合。

 この世で破壊できないモノは一切ない最終奥義。


 ……といっても、僕には「ちんぷんかんぷん」なんだけど? ヴィローが説明をしてくれたけれど、ほとんど僕は分かっていないんだ。エヴァさんは、いきなり魔法制御をしてくれたけど、殆ど説明なしに超高度な魔法科学理論を理解するのは凄いなぁ。リリが優秀なのは、前からだけど。


 ブラフマンは抵抗をするも漆黒の球体は破壊できず、全ての触手がどんどんと飲み込まれ消えていく。


「ブラフマン! これで終わりだ!」


「コ、コゾウ! ワレをタオシてもヒトの愚かさハ無くナラヌゾォ」


「それでも! それでも、わたしは人を信じるの! 大好きなおにーちゃんと一緒に」


 呪詛の言葉を吐きながら、小さな穴に吸い込まれていくブラフマン。

 そこに対し、リリは言い返す。

 人々は愛し合い、信じあうべきだと。


 そして、己のマスターであったブラフマンの哀れな姿を見てエヴァさんは涙ながらに呟いた。


「マスター。もう……。もうお休みください……。貴方さまに助けられてエヴァは幸せでした。望むべくは貴方さまに抱かれたかった。愛して欲しかったですの……」


「エヴァぁ。ワレはワレはぁぁ」


 エヴァさんの言葉を聞いたのか、触手の動きが止まる。


 ……エヴァさんは、道具扱いされてても自分を救ってくれたブラフマンを愛していたんだね。とても悲しいよぉ。


 僕は、自分の幸せ。

 リリを奪い返す為にブラフマンの命を奪った。

 そして自分の幸せの為に、一人の少女エヴァを不幸にする。


 それは、ブラフマンが自らの野望。

 愚かな人類を全て抹殺し、残る賢人だけで楽園を作り上げるのと同じ。

 共に違う「正義」と「欲望」のために戦っていただけ。


 ……人の歴史は争いばかり。そこには愛から発する戦いが大半なんだよね、僕みたいに。そして、勝つ事で誰かの命を奪い、不幸にするんだ。


 僕とブラフマン。

 違っていて、同じヒト。

 二人の戦いが「正義」同士のぶつかりであるのが、とても悲しい。


「ブラフマン。貴方の事を僕は一生忘れません。自分の手で貴方を討った事も」


 僕は知らぬ間に泣いていたのか、頬に涙が流れている。


「ヒトよ。ワレがオラヌようになって滅ブかどうか、冥界で見守ろうぞォ!」


「ええ、見ていて下さい。僕が絶対に人類を滅びから守ります! リリと共に」


 呪いの言葉を残し、ブラフマンは漆黒の球に全てを飲み込まれる。

 そしてターゲットを全て飲み込んだ球は一瞬輝いたかと思うと、突風を生み出して消滅した。


「はぁはぁ。ヴィロー、周囲の敵の状態を確認!」


 超高度魔法使用の反動に息を切らす僕は残心を忘れず、ヴィローに周囲の状態を確認させた。


【……確認終わりました、マスター。イシュヴァーラ及びブラフマンの完全な消滅を確認しました。また残敵でありますゾンビ・ギガスも全機撃破を確認。……。我々の完全勝利です!】


「おにーちゃん、やったよぉぉ」


 ヴィローの報告を受けた直後。

 後部座席から飛んで来たリリが僕にぶつかる様に抱きついてくる。

 その柔らかい感触と甘い匂い。

 僕は、久しぶりに味わった。


「リリ。リリぃ!」

「おにーちゃん! おにーちゃん。おにーちゃーん!」


 僕とリリは、ぎゅっと抱きしめ合う。

 もう二度と離れたくない。

 僕も、そして多分リリもそう思いながら抱き合った。


「マスター……。マスター……」


「あ。リリ、エヴァさんを」

「うん。おねーちゃん、ごめん」


 エヴァさんの泣き声を聞き、僕らは身体を離した。


【マスター。魔力量がかなり減少したため、飛行に支障をきたす可能性があります。徐々に高度を下げます。後は、私にお任せを。マスターは女の子達のケアをお願いします】


「じゃあ、お願いね、ヴィロー」


 僕はリリと顔を見合わせた後、エヴァさんの方に視線を向けた。


「エヴァさん。僕は貴方の大事な人を討ち殺しました。行動に後悔はありませんが、それでもこれは僕の罪です」


「……トシ様。貴方はマスターと戦い勝ちました。戦う上で命の取り合いは、しょうが……、しょうがないです」


 泣きながらも理性的な口調で僕の謝罪に対し、話すエヴァさん。

 そのリリそっくりの顔に、僕はものすごく心を痛めた。


 ……リリを泣かせなくてもエヴァさんを泣かせたらダメじゃないか! くそぉ。もっといい方法が無かったのかよぉ。


 ブラフマンと話し合いでリリを取り返す方法、そして伯爵様とも戦う事を辞めさせることが出来なかったのか。

 脳内でぐるぐると後悔と悲しみが回るが、結局解決策は思いつかなかった。


 それどころか、リリを最初から人質にされていたら僕が負けていた可能性の方が高かった。

 エヴァさんからの好意すらも受け入れなかったブラフマンとは、殺し合うしかかなかった。


「エヴァおねーちゃん。でもね、リリが早くブラフマンさんの話を聞いて、もっとお話していたら悲しい事にはならなかったかも……」


「悲しいけど、それは無理ね、リリちゃん。わたしも抱きしめてくれなかったのよ、ブラフマンは。あの人は、人の愛を信じられなかったの。全ての人が愚かに見えていた、侮蔑していたわ」


「それでも、ブラフマンはエヴァさんにとって大事な人だったんだよね。それを僕は奪った。それは事実だよ」


 いつの間にか。ヴィローは静かに着地をしている。

 上空の哨戒行動をするパトラムは翼を振り、僕らに周囲の安全を示してくれる。

 また、勝利の勝ち鬨を上げている伯爵様たちの姿もモニターに写った。


「許されない事をしたと思うし、許してほしいとも言わない。だけど、エヴァさん」


「なに、トシ様?」


「僕やリリと一緒に来ませんか? 貴方をリリ同様、僕は幸せにしたいと思うんです」


 僕は、一人の少女を地獄から救いたい。

 そう思った。

 それが彼女の大事な人を殺した罪滅ぼしになるとは言えないが。

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