第42話 ブラフマンの暴走。そして最悪の事態へ。

「どうして、マスターを殺したのぉ! もう、わたしには行く先がどこにもないのよぉぉ!」


 擱座したイシュヴァーラのコクピットで、エヴァさんが激しく泣き叫ぶ。


「エヴァおねーちゃん、ごめんね。ブラフマンさんを、おにーちゃんが殺して……」


 ブラフマンの遺体横で悲しむエヴァさんに、そっと寄り添うリリ。


「どうして、どうしてなのよぉ! マスターを、マスターを!」


「……今更、言い訳はしないよ。僕はリリと一緒になりたかった。だから、邪魔をするブラフマンを殺したんだ」


 ブラフマンは、僕からリリを奪った。

 そしてリリを何かに利用しようと考えていた。

 おそらくは自らの野望を叶えるために。


 ……どうせ自分が王様にでもなって、愚かな人民を従わせるとかじゃないだろうか。せっかく若返ったのに、残念な奴だったよ。


 僕は無残な遺体から目をそらし、リリとエヴァさんを見た。


「道具扱いでも、マスターはちゃんとわたしの事を見てくれていたの。そして、わたしを地獄から救ってくれたの!」


「おねーちゃん。でも、よくわたしの部屋で泣いてたよね。本当は抱きしめて欲しかったんでしょ? わたしには、よく抱きついていたもん!」


「そ、それはそうだったけど。でも、マスターは他の愚か者よりはマシだったわ。愚か者はわたしを犯し、痛めつけ、蔑んで笑ってたわ!? そんな地獄からマスターはわたしを助けてくれたのよ?」


 エヴァさん、かなりひどい扱いを受けていたらしい。

 それに比べれば、道具扱いとはいえワイズマンは恩人でありマシだったのだろう。


「これから、わたしはどうしたら良いの? もう、誰も助けてくれないのぉ」


「だったら、おにーちゃんのところに来ない、エヴァおねーちゃん? とりあえず、一緒にここから出ようよ。爆発なんかしたら怖いし」


 ……またリリったら、僕の意見を聞かずに勝手に決めちゃうんだから。まあ、エヴァさんはリリの姉みたいな存在だし、事情を知っている僕が預かる方が間違いも起きないか。


 古代文明の遺産を全部僕が抱え込んでいいのかという気もする。

 しかし他の誰かに悪用されるよりは、リリやヴィロー共々僕が面倒を見る方が良いだろう。


「リリ。勝手に話を進めないでよね。まあ、僕はエヴァさんの身柄を預かるのに依存は無いよ。さあ、こっちに一旦おいで。ブラフマンの遺体も丁重に扱うから……」


「……マスター……」


 リリや僕の声掛けにも、ブラフマンの遺体の側から離れないエヴァさん。

 しょうがないから、僕が迎えにいこうとコクピットから出た時。


「マスター! え、マスター、マスター!」


「エ、エヴァか……? そこにおるのか?」


「はいです、マスター!」


 ブラフマンがピクリと動き、エヴァさんを呼んだ。


 ……まさか!? 腹から下がつぶれているんだぞ? ほぼ、即死のはず。どうして生きてる? もしかして高度治癒魔法の時間差詠唱!?


「リリ。急いで、君だけでもこっちに!」

「でも、おにーちゃん」


 僕は急ぎ、コクピットの操縦席に座り直し、リリだけでもと呼ぶ。

 しかし、リリはエヴァさんの方を見たまま、動こうとしない。


「マスター、エヴァはここにおります。よく、命がおありでした」


「ぐはぁ。ワレ、この程度では死なヌ。だが、血が。肉が足リヌ」


 エヴァさんの声掛けに反応するブラフマンだが、様子がどこかオカシイ。

 真紅の瞳でエヴァさんの事を見る。


 ……? あれ? ブラフマンの瞳は黒だったはず。何が起こった?



「マスター、どうすれば宜しいのですか?」


「エヴァよ。その身。身体をワレにヨコセ。ワレトとイッタイになるのダァ!?」


 ニタリと笑みを浮かべるブラフマン。

 なおも血を吐く大きく真っ赤な口を開けて、エヴァさんに手を伸ばす。


「え、身体を寄こせなどと。この場でその様な行為をなさるのですか? 恥ずかしいですが、この汚れた身で良ければいくらでも、マスターの為に捧げますわ」


 エヴァさんは胸元を開き豊満な双丘を露わにする。

 しかし、ブラフマンの様子は、どう見てもそんな性的なものを求めていない。


「ソノような下等ナ交ワリではナイ。文字通り一体化スルのダぁ!」


「きゃ、きゃぁぁ!」

「おねーちゃん、危ないの! くぅ。こんな魔法封じの腕輪なんて、ポイなの!」


 ブラフマンの身体が「解ける」ように崩れ、触手の群れに変貌した。

 そしてエヴァさんを襲おうとしていたのを、魔法封じの腕輪を力ずくで吹き飛ばしたリリが防ぎ、魔法を使って守っている。


【マスター! これは、人工細胞の暴走です。マザーの言っていた通りだったのですね】

「ああ。そんな事より、今はリリを助け出すんだ、ヴィロー」


 ブラフマンはヒトの形を失い、粘液をまとう触手の群れに変貌していた。

 宙船のメインAI、マザーさんが言っていたには、若返りをするのには元の細胞の再生をするしかないが、それにはコピークローン体の製造が必要。

 そして成長加速しても、普通は年単位の製造時間が必要。


 ……短期間で若返るために、脳・神経系以外の組織を人工細胞に置き換えたのか! 数年待てない程、寿命が尽きかけていたんだろうけど。


 ブラフマンは多大なダメージを受け、再生にエネルギーと栄養分を望む人工細胞は暴走し、人型を失ってしまったらしい。


「こっち来ちゃダメェ。エヴァおねーちゃん、ここから逃げるの!」

「……え。ええ」


 強固な魔法バリアーを張って、ブラフマンの触手から自分とエヴァさんを守るリリ。

 恐怖におびえるエヴァさんを抱き守る姿は、とても神々しい。


「リリ! ここに乗って」

「おにーちゃん!」


 リリに一瞬見惚れた僕。

 イシュヴァーラの壊れたコクピットに、ヴィローの左腕を突っ込んだ。


「マスター……」

「おねーちゃん、ちゃんとしがみ付いててね」


 涙をこぼしながら、ヒトならざる姿に変貌したブラフマンを見るエヴァさん。

 リリと二人が腕に乗った事を確認した僕は、急ぎイシュヴァーラから離れる。


「おにーちゃん、ヴィロー。ただいま!」

「うん、おかえり!」

【リリ姫様、無事なご帰還。お待ちしていました】


 コクピットの背部席に二人を迎えた僕。

 これで、何の手加減もなく僕は戦える。


「二人とも、予備のヘルメットと座席シートベルトを締めて!」

「なんで、わたしの分まであるの?」

「そんなの、おにーちゃんだからだもん!」

【もしもの事を考え、アカネ殿やマスターと準備していました】


 コクピットの改装時、アカネさんは後部座席を増やす事を提案してきた。


「リリちゃんの事だから、エヴァちゃんとやらも助けて引っ張ってこないかな? あの子、無邪気なアホ娘だからねぇ」


「僕もそれを考えていました。リリなら、目の前の悲劇を黙っていられないでしょうし」


【私も同意見です。それにリリ姫とエヴァ殿を加えれば、私は無敵のパワーを得ます! あ、半分冗談なので本気になさらないでください】


 全員同じ事を考えていたのは、僕も嬉しかった。


「では、宜しくお願いしますね。で、ヴィロー。半分も本気なんかーい!」


 二人の増幅者を迎え、更にパワーを増すヴィロー。

 白銀の装甲から軋むように激しい魔力の光が噴き出る。


「さあ、最後の戦いだ。哀れなブラフマンを葬ってあげよう」

【御意、マスター】


 目の前では、増殖した元「ブラフマン」がイシュヴァーラの機体すら飲み込み始めていた。

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