018: 懺悔 -- 闘技場にて

 カーマはセンリのことを兄と呼ぶが、実際に血のつながりはない。

 研究対象としてドクターに引き取られた子供同士。それがセンリとカーマの本当の関係だった。


 センリが高校一年生のとき、とある事件をきっかけにセンリの帰る場所が無くなった。そしてアメリカでたった一人途方に暮れていたセンリを、研究仲間として迎え入れてくれたのがドクターたちだった。

 そのとき既に、カーマは彼女の妹と共にドクターの元にいた。彼女はドクターのことをママと呼び、マガミやマサも含めて本当の家族のように扱ったが、それは彼女の生い立ちのせいだろうとセンリはマサから聞いていた。


 カーマは裕福な家庭で育った。父はやり手の起業家で、母は気弱な専業主婦だった。母の趣味で芸術に触れて育ったカーマは、俗にいうリベラルアーツに精通し、優秀な学生だったらしい。

 しかし豊かな暮らしは続かなかった。

 彼女の父には愛人がいた。なかなか家庭を捨てようとしない彼に絶望した愛人は、とうとう彼を刺し殺してしまった。

 もともと精神薄弱だったカーマの母親は、それ以来すっかり狂気に囚われてしまい、カーマを置いて精神病棟に入ってしまった。

 一人になったカーマの元にやってきたのは、父と愛人の間にできた少女だった。カーマは彼女を妹として受け入れ、ほとんど病的な愛着を抱くようになった。

 そしてカーマは父の伝手を辿り、妹を連れてドクターたちを訪問した。優秀な頭脳と孤独感を抱える少年少女を求めていたドクターたちは、彼女を将来の研究者、そしてドクターたちの研究の対象として世話をすることに決めた。


 この仮初の家族を研究のための関係と割り切るセンリに対し、カーマは真の連帯を欲していた。そのため二人は反りが合わず、しょっちゅう喧嘩を繰り返した。しかしそれが皮肉にも、二人が実の兄妹であるかのような錯覚をもたらすのだった。


「カーマ! 落ち着け!」


 センリは苦しそうな高笑いを繰り返すカーマにそう叫んだ。


「落ち着く? それってなんのため? 筆も思考も乱れた方が、良い絵を描けるってもんでしょう?」


 カーマは疑問符を並べて答えた。彼女は普段の素行に問題はあれど、からかいのために問いをずらずら並べるような人間ではない。彼女は心の底から疑問に思ってセンリにそう尋ねているのだ。


「お前に冷静さは要らんかもしれんけど、俺には必要なんや。さっぱり状況が読めんと困るからな。で、その背中の弾倉は何なん?」


 センリは丁寧に理由を述べ、聞きたいことを率直に尋ねた。思考を衝動で動かすカーマとは違い、センリは着実に情報を積み上げていくタイプだった。


「たった今入手したスキル。<命を運ぶ弾丸>」


 カーマは意外にもちゃんと答えた。先ほどまでの錯乱は演技だったのか、それとももう錯乱することに飽きてしまったのか。センリは真顔の彼女に眉をひそめた。


「効果は……へえ」


 スキルの説明を読んでいるらしいカーマは、ふと薄ら笑いを浮かべた。その手の機関銃がゆっくりとこちらに向けられ、センリは嫌な予感がしてさっと駆け出した。

 光り輝く弾が一つ打ち出された。それはセンリが今までいた場所に当たって弾け、地面を激しくえぐり取った。


「……で、効果は何や?」


 その威力を内心恐ろしく思いながらセンリが尋ねると、カーマは先端を失った腕で髪をかき上げながら答えた。


「支払ったHP分のダメージを与える銃弾の生成」


 それを聞いたセンリは、思わず顔を強張らせた。

 ビーストという種族は六種類に分類され、それぞれ秀でるステータスが異なる。カーマの種族である牛のビーストは、HP特化型だ。

 つまり、彼女とそのスキルの相性は完璧だ。牛のビーストとしての膨大なHPが、そのまま攻撃力になるというのも同義だった。

 彼女の欲動から生まれたスキルなのだから、その相性の良さも自明と言うべきかもしれなかった。


「もう降参しなよ。お兄ちゃんだけじゃあたしを倒しきれないよ。猫のビーストが刀を使ったって威力はたかが知れてるっての。あたしみたいに銃にすれば良かったのに」


 カーマは退屈なときの癖で髪を弄ぼうとした。しかし指を失ったことを思い出し、げんなりとした顔をしている。


「俺んとって刀は魂。汗を流して鍛え上げ、敵の血を吸い磨き上げる。それが俺のやりたいことやから」


 センリがそう言って赤い刃をかざすと、カーマは呆れたような顔で言った。


「人を斬る感覚を知りたいっていうなら分かるけど。お兄ちゃんの本当の武器はそれじゃないじゃん。わざわざ刀を作る必要なんかないくせに」


 そして彼女は銃を向けその引き金を引いた。光の弾が打ち出された。

 センリは避けようとせず、ただ赤い刃を突き出した。それを見たカーマは、表情を一転させて目を見開いた。


「まさか……完成したの?」


 光弾を弾いた赤い刃は粉々に砕けた。センリは刀身を失った柄を手にしたまま、凛とした声で言った。


「<散華ざんげ:彼岸花>」


 瞬間、空に漂っていた赤い破片が一斉にきらめいた。その輝きはまるで、彼岸花が咲き乱れたかのようだった。

 それらは銃弾と同等のスピードでカーマに襲い掛かり、その身体をずたずたに引き裂いた。


「刀身から銃弾への転用! 威力もATKじゃなくてDEX基準になってる……! あはは! すごい! 本当にできたんだ!!!」


 血に塗れたカーマは、けたけたと笑いながら身体を粒子へと変えていった。

 倒すべき標的を失い、赤い破片はぽろぽろと地に落ちていった。手に残った柄を見やったセンリはカナギのことを思い出し、それを握りしめた。


『試合終了。転移開始まで5、4、……』


 思い出したかのように撃たれた足が痛み、センリはその場に倒れ込んだ。そのまま柄を抱きしめて、センリは小さく呟いた。


「ごめんなあ、カナギ……」


 カーマの指摘は正しかった。センリに刀を作る理由など無いも等しかったのだ。

 ただ、カナギとのつながりを作るためだった。このゲームを始めたときからセンリはずっと、カナギのためだけに刀を作り続けてきたのだ。

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