アルガーリー・ヌアヌアは人でも蛙でもない

呪わしい皺の色

第1話

登場人物

①女声の持ち主

②男声の持ち主


 場所は車が通らない車道。歩道を歩く人もいない。鳥も鳴くのをやめている。


女声の持ち主  下りる、キリル、懲りる、足りる、フリル、スリル、ドリル、グリル……。えっと、スリル、ドリル、グリル……。あれ、もう少しあった気がするのに、思い出せないな。


男声の持ち主  ねえ、ちょっとうるさいんだけど。


女声の持ち主  何ですか。今集中してるんです。


男声の持ち主  声のボリュームを絞ってくれないかな。


女声の持ち主  ほっといてください。(声量を上げて)下りるキリル懲りる足りるフリルスリルドリル! ああ思い出せない。あなたのせいだ。


男声の持ち主  そんなわけないだろ。


女声の持ち主  あなたのせいで私は大事なことを思い出せないんだ。今すぐ消えてください。


男声の持ち主  あと少ししたら消えるよ。


女声の持ち主  何悠長なことを……って、あなた血まみれじゃないですか。きったな。しかも、その状態で喋れるなんてキモいですね。尊敬します。


男声の持ち主  ありがとうって言えばいいのかな。


女声の持ち主  ええ。ええ。感謝してください。……それにしてもあなた、運がいいですね、人生の最期にこんな美少女と出会えるなんて。


男声の持ち主  美少女なのか……。


女声の持ち主  もしかして、見えないんですか。


男声の持ち主  はっきりとは。


女声の持ち主  ぼんやりとした視界でも美少女だってわかりませんか。


男声の持ち主  ……君はアルガーリー・ヌアヌアに似てるよ。


女声の持ち主  アルガーリー・ヌアヌアって誰ですか。


男声の持ち主  新品の時は真っ白だったシーツを数年洗わずに使ったような色をしてて、形は干乾びた蛙の死体に似てる。


女声の持ち主  ええ……、私が汚い色をした蛙の死体? もう少し素直になったほうがいいですよ。


男声の持ち主  ……誰かに言うのは初めてだけど、俺人と蛙の区別がつかないんだ。十歳の頃からずっと。賑やかな声がすると思って近づけば、蛙が捕まえた餌を自慢している場面に出くわしたり、……この前なんか危うく人を踏み潰すところだった。


女声の持ち主  瀕死のニンゲンも冗談を言うんですね。


男声の持ち主  冗談なもんか。さっきだって子供がトラックに撥ねられそうになってたから助けようとして……。そこにもう一つ死体が転がってないか?


女声の持ち主  ……見当たりません。


男声の持ち主  じゃあ、蛙だったのかな。


女声の持ち主  馬鹿げてる。


男声の持ち主  そうだ、馬鹿みたいにデカいんだ。


女声の持ち主  はあ?


男声の持ち主  大事なことは思い出せたかって訊いたんだ。ほら、ドリルとかアクリルとか。


女声の持ち主  アクリル! それでしたか。下りる、キリル、懲りる、足りる、フリル、スリル、ドリル、グリル、アクリル!


男声の持ち主  そろそろ誰か来てもおかしくないのに。……ひょっとして、俺って蛙なのか。


女声の持ち主  ありがとうございます。これでもう少し前向きに生きて行けます。


男声の持ち主  こっちは死にそうだけどな。


女声の持ち主  言い遺すことはありますか。


男声の持ち主  えっと、……「アルガーリー・ヌアヌアは人でも蛙でもない」



 了

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