第10話 結ばれた二人

 謎の球体に閉じ込められている魔王は俺を見るなり目を見張り、何かを呟いた。

(何だろう……?)

 球体に近づき触れようとした所で「駄目だ、触れるな」と魔王に止められた。

(うーん、どうすればいいんだろう……?)

 すると魔王が詠唱を口にし「今いった物を唱えてみろ」と告げた。魔王のレクチャー通り唱えて見れば、電磁波放つ球体の電磁波が解除された。どうやら外から詠唱しないと解けない仕組みになっていたようだ。魔王は球体を破り、そこから出てきたのだが――

「へっ?」

 いきなり俺の腕と腰を掴むなり引き寄せ、まじまじと顔を見詰めてきた。紫色の長髪ストレートに紅い瞳が特徴の魔王――魔王の整った顔に見詰められ、妙な気持ちになるが、不意に魔王は離れていき、

「似ているが、ただの人違いで紛い物か。紛らわしいにも程がある」と吐き捨てた。

「す、すみません……?」

 勝手な誤解をしたのは魔王だが、何故か謝罪しないと不味い空気になったので急いで謝罪した。

「それで、お主は何故、そのような状態になっている?」

「魔女の薬を飲んだらこうなりました……。危機回避ができる薬だと思ってまして……」

 正直に打ち明けると魔王は嘆息し「まぁ良い」と諦め気味に答えた。それ以上訊く気にはならなかったようだ。

「ところで魔王様はここで何をされていたんですか?」

「敵の策略にはまり、捕まっていた――それだけだ。メシア、お主には感謝する」

 策略――ということは、魔王も少なからずプロジェクトの存在に気づき、誘き寄せられて魔導執行省に来たのだろう。異世界と人間界が無くなるのを食い止める為だろうか?

「魔王様は異世界の脅威を止める為に、ここに参じたのですか?」

「それもそうだが一番は、愛する者の為だ。この世界は壊してはならない」

「愛――ですか……」

 魔王の口から愛という言葉がど直球に飛び出し少し驚かされたが、それだけ本気なのだろう――

(魔王様は矢張り、好きだったんだ……)

 魔王の側に近付こうとしていた者を異世界にいた際、一度だけだが間近で目にしたことがあった。俺が人間世界に行く前の話だが、勇敢に戦う姿はとても艶やかで、爽やかな印象だった。魔王はその姿を慈しむように何時も遠くで見ていたのかもしれない。

「それにしても許せぬ、お主は似すぎだ」

 魔王の鋭い目つきで射抜かれた。見詰めるのは俺の容姿だ。みなまでは言わなかったが、魔王が言おうとしていることは分かった。恐らく、魔王が好きな人の姿に似過ぎていて憤慨しているのだろう。

「す、すみません……」

「はぁ……もう良い」

 平謝りになる中、魔王が眉を顰めた。

「この先にいる人間が危ない――……急ぐぞ」

 刹那、魔王は俺を肩に担ぎ上げ、飛んだ。

「ひょええええ!?」

「声を出すな、舌を噛むぞ」

 スピードが桁違いに速く、俺は魔王にしがみついた。それからしばらくして下降すると、如月先輩が永冶によって捕らえられていた。

「如月さん!?」

 魔王から下りて直ぐに向かおうとしたが「来るな!」と如月先輩に制されてしまった。如月先輩は永冶に捕まっていた。

「またさっきの女か。誰だか知らないけれど、助けにきても無駄だよ? あれ、魔王を閉じ込めてたのにもう抜けてしまったのか。やれやれ、面倒だね」

「油断しただけだ、もう同じ手は食らわない」

 魔王は詠唱し、辺り一面に黒い巨大な球体の塊を大量に出現させていく。黒い球体の中では雷がバチバチと飛び散り、エネルギーが凝縮している感じだ。

「そんなエネルギー源を当てていいのかな、この人質がどうなっても知らないよ?」

 永冶は如月先輩を盾にするようにして捕らえていた。

(如月先輩……)

「案ずるな、貴様にしか当たらん」

 魔王が言った直後、球体から雷の縄が幾重にもなり飛び出した。まるで蛇のように永冶の体に絡み付き縛り上げた。その瞬間、如月先輩は永冶の手から離れたので直ぐに駆け寄った。

「如月先輩、大丈夫ですか?」

「ああ、何とかな。だが交渉決裂だ、永冶は訊く気はねぇ」

「そうですか……」

「ん? その口調はもしかして、メシア君かい? へぇ、騙されたよ」

 永冶は魔王に捕らわれているようだがまだ余裕な様子で微笑んでいた。

「永冶さん、どうしてこんなことをするんですか?」

「そんなの決まってるだろ、憎いからさ。俺が病気になったのも、お前がいた異世界と魔王のせいだ。これは復讐さ。人間界も同じようにして、俺の苦しみを味わうべきだ」

「復讐か……」

 不意に魔王が口を開いた。

「復讐ならば私を捕らえることはせず、即座に殺せば良かったのだ。何故、そうしなかった?」

 魔王は永冶の体に絡み付いている雷の縄を更に締め付けていく。だが永冶はそれでも笑っていた。

「簡単に殺してしまったら意味ないだろう? 全員僕と同じように苦しまなければ同じような苦しみは分からないからね」

「愚かだな。救いようのないぐらいに愚かだ、もうよい」

 魔王が告げると永冶は膝から屑折れた。

「えっ……」

 永冶がぴくりとも動かない。まさか、死んでしまったのか? 

「殺してはいない」

 魔王の一言に安堵した。人間だけではなく魔族も同じ扱いのようだ。

「魔王様、異世界とこの世界が争わないで済む方法、何かありませんか?」

「方法は魔導執行省の解体しかない、ここの機能を停止すれば問題は早急に解決する」

 即断即決した魔王は再び方向転換して飛んでいく。魔王が飛んだ先には魔導執行省の核があるのだろうか、分からないが、その日の内に全てが解決した。


   ➴➴➴


 魔王を解放したことで事態は急展開した。その日の内に魔導執行省自らが悪事を公に世間に公表したのだ。その背景には間違いなく、俺の世界の魔王が関わっていた。

 全てが仕組まれていたことで直ぐにニュースになり、俺に変身していたひかりも無事に解放された。

(俺達が奮闘していた時間って、一体何だったんだろう……?)

 やっていたことが全て意味がなかったように思えてしまうのは、魔王の存在と能力が絶大だからだ。魔王はメディアの状況を見たのち俺に告げた。

「お主がいる企業の社長に会い、話す必要性があるようだな」と。魔王の申し出に如月先輩は眉間にシワを寄せたが、魔王は「話をするだけだ」と強調した。恐らく今後の企業方針を訊き、掌握した上で魔王も何かしら今後の策を立てたいのかもしれない。

 魔導執行省を出て羽衣石化学に戻れば羽衣石社長が出迎えてくれた。報道陣が丁度去った後だったらしく閑散としていた。

「如月君、メシア君、そしてひかり君も無事で良かったよ――それとそちらの人は、もしかしなくても魔王だよね」

 羽衣石社長が訊けば、魔王は羽衣石社長の前に歩みより一礼した。

「ああ、私が魔王だ。異世界と人間界を支配し、人間の魂を魔王の器に入れ替えて管理する計画を訊き、計画を止めるべく魔導執行省に行ったのだが捕らえられてしまった。だがもう恐れることはない、全て私が終わらせた」

 魔王が告げると羽衣石社長は頷いたのち切り出した。

「昔、異世界に迷い込んだ際、魔王の顔を微かに覚えていました。不鮮明な記憶ながらも異世界に憧れたのは、異世界の空気がとてつもなく澄んでいて、綺麗だったからです」

「私は濁った、争いのある空気は好かない、話はそれだけか?」

「ええ、私はこの世界で自分のあり方を形成しようと、今回の騒動で考えさせられました。憧れは憧れのまま、この企業を第一に、大事にしていきます」

 羽衣石社長は穏やかに告げた。

「そうか」

 魔王は納得し、今度は俺に訊いてきた。

「時にメシアよ、お前にはメシアという名前があるな」

「え、はい」

 話題が一変し、謎な質問に疑問が浮かぶが、魔王は独り言ちていく。

「名前は、必要なのか……?」

「名前?」

「いや、何でもない。では失礼する」

 それから間も無く、魔王は俺達の前から消えた。

「そうだ、魔導執行省はどうなるんでしょう?」

「解体されるだろう。はじめも、悩んでいたんだろうな……。一番近くにいたのに、俺は何も知らなかった。そもそも知ろうともしなかった」

 如月先輩の顔には後悔の念が浮かんでいた。幼馴染みが道に外れていたのを知らずに大人になり、結果、大きな事件に発展してしまったのだ。

「言えなかったのかもしれませんね……」

 如月先輩が言わなかったのは計画がばれないようにする為もあったが恐らく、今までの関係が壊れるのを恐れていたのかもしれない。だが何れはバレてしまうことだ。

(永冶は矢張り、魔族としての血が濃いのかもしれない)

 腑に落ちない事件だったが、それでも明日からまた何時も通りの日常が始まっていくだろう。

「さぁ、如月君も、メシア君も、ひかり君も、今日はゆっくりやすみなさい、疲れただろう?」

 羽衣石社長は労いの言葉を言うと帰るように勧めてきた。後始末は羽衣石社長自らがしたいのが窺えた。

「そうね、たまには早く帰るのもいいわよね。私も今日は定時に上がるわ。社長、お先に失礼します」

 ひかりは挨拶をして颯爽と帰っていく。

「クラゲ、俺達も行くぞ――では社長、お先に失礼いたします」

「お先に失礼します」

 如月先輩と共に会社を後にした。


   ➴➴➴


 今日はカフェには寄らず、コンビニで適当な惣菜や飲み物等を買い込んで如月先輩の家に帰宅した。如月先輩の自宅のリビングに設置してあるテーブルに買い込んだ物を広げていき、如月先輩とシェアしていく。コンビニで購入した缶ビールのプルトップを開け、グビグビと二人で飲む中――

「疲れたな」

 如月先輩は頬ずえを付きながら口にした。

「ですねぇ」

 俺の場合、女性の体になっているからか、何時も以上に疲れている気がした。特に肩だ。胸があるからか、肩に負担がきているようだ。

「そういやメシア、その体の効力が切れるのは明日なのか?」

「多分そうだと思いますよ――そういえば、魔王が俺の容姿が魔王の愛しい人にそっくりみたいで、軽く文句を言われてしまいましたよ」

「そうなのか」

「はい、完全に不可抗力でしたが、謝罪しちゃいましたね……」

 脈略のない会話だが何か喋っていたかった。気持ち的にも吐き出したい気分だった。

「あの場に魔王がいてくれて本当に良かったですよ。魔王がいなければ今頃、どうなっていたことか……」

 俺があの場に行って捕らわれた魔王を解放しなければ、異世界もこの世界も大変なことになっていたのは確実だ。それが原因で元の異世界に戻ることになっていたかもしれない――……いや、元の世界に戻ったほうがいいのかもしれない。ふとそんな考えが浮かんでしまった。

「如月さん、俺、この世界に普通にいて、暮らしてて問題ありませんか? 魔族が人間の世界で暮らすのって、如月さんからしたら、ありですか……?」

「問題ねぇし、ありに決まってんだろ」

「でもまた、魔族の件で問題が発生するかもしれないですし……」

「その時はその時だ。その時になったら考えりゃいいんだよ。今から考えてたって仕方がないことだし、疲れるだけだろ?」

「ですよね……」

 それから暫く無言の時間が続いて、直に如月先輩が口を開いた。

「クラゲはこの世界で暮らしたいんだろ?」

「はい」

「なら細かいことは考えずに、堂々としてりゃいい」

(細かいこと考えずに堂々と――か)

 だが今日は気持ち的にナイーブになっていた。今すぐには無理だが、明日には復活していたい。そんな中、お風呂が沸いた音が響いた。

「クラゲ、先に入ってこい」

「はい」

 席を立ってバスルームへと急いだ。汗と共にすっきりしない考えも一緒に流れることを祈って。


   ➴➴➴


 風呂を出て、再び惣菜に手を伸ばした。甘く煮込まれたミートボールと共にサラダを食し、ふと、永冶のことが思い浮かんだ。

(もしかして、追い込まれていたのかな……)

 悪いと思いながらも悪いことには気付けず、そのまま暴走してしまった――とか? 悶々と考える中、リビングの扉が開き、顰めっ面の如月先輩と顔が合った。

「クラゲ、お前またウダウダと余計なこと考えてんだろ?」

「分かりますか?」

「顔にそう書いてある、趣味なのか?」

「そうかもしれませんね。俺、魔族としては珍しいタイプかもしれません」

「魔族ってか、魔族だろうが人間だろうが関係なく悩んだりすんだろ。それよか……」

 如月先輩は俺の隣に座り、口角を上げた。

「クラゲ、その体の効力が切れるのは明日だよな?」

 嫌な予感しかしない。言った言葉の裏の意味を解釈したくなかったが――

(俺、撫で回される危機!? 俺の体、狙われてますこと……!?)

 本能的に察してしまった。

「駄目ですよ、却下です」

「は? まだ何も言ってねぇだろ!」

「却下です、セクハラで訴えますよ?」

「はぁ……何を想像してるかは知らんが、今日も抱き枕要員として頼むわって話なんだが……」

(あ、何だ、そっちか……いや、そっちでもどうなんだ?)

 あまり言いたくはなかったが、言うことに決めた。もうそろそろ、言うべきだろう。この曖昧な関係性に決着をつけるべきだ。

「如月さん、如月さんは羽衣石社長のことが好きなんですよね? 羽衣石社長の埋め合わせは俺じゃできないですよ? 今日だって羽衣石社長と折角二人きりになれるチャンスだったのに、どうして俺なんかと帰宅したんですか」

「クラゲと帰宅したかったからだ。クラゲと帰宅して、今日のことを話して寝る、それがルーチンになってんだよ」

「――! 何でルーチンにしちゃってるんですか!? 如月さん、今からでも遅くはないです。今すぐにそのルーチンを破棄しましょう!」

 如月先輩は俺と居すぎたことでおかしくなってしまっている――きっとそうに違いない。

「あのなぁ、もうルーチンは変えたくねぇよ」

 直後、如月先輩の腕の中でギュッとされてしまった。力強い抱擁と匂いで麻痺しそうだ。

(何で如月先輩は好きでもない人に、こんなことをしてんだろ?)

「ルーチンって、好きって気持ちよりもそんなに大事なことなんですか?」

 如月先輩は業務の一貫としてこなしているのだろうか? 如月先輩は真面目だ。真面目だからこそ、一度決めたルーチンを戻すことが不可能なのかもしれない――

「はぁ? クラゲ、まじで何言ってんだよ……」

「如月さんは真面目だからルーチンを変えるのは不可能かもしれませんが、変えるなら今ですよ、今!」

「はぁ……分かった、俺が悪かった。ちゃんと言うわ」

 如月先輩は改まり告げた。

「俺はクラゲが、メシアが好きだからルーチンは変えたくない。これでいいか? 通じたか?」

「何ですかそれ。俺が好きだからルーチンを変えたくないって……え、俺が好きだから? は……?」

(如月先輩は、俺が好き……? ま……?)

「それ、ほんとですか?」

「何でんなことに一々嘘付かなきゃなんねぇんだよ……」

「……」

「おい、クラゲ?」

 クラクラしてしまった。衝撃ながらも嬉しすぎる言葉は俺の頭の中で繰り返された。

(俺が好きだから……。如月先輩が俺のこと、好き……)

「なっ!? おま、何で泣いてんだ? 嫌だったか?」

「違いますよ。俺、好きなんて言われたことがなかったから嬉しくて……」

 すると如月先輩は俺の頭を撫でてくれた。

「メシアはどうなんだよ」

「好きですよ、如月先輩のこと。それに尊敬してます――多分」

「おい、多分って何だよ」

 如月先輩は苦笑して「メシア、これからも頼むな」と囁いてきた。その囁きがこそばゆくなり、俺の下肢ではムクムクと――ムクムクと――……ん???

(何だ……?)

 次には男の体に戻ってしまった。いつもの俺の体、ぺったんこの厚みのない胸板――戻ってきた!

「あれ、戻りましたよ。効果が切れるの早かったですね、これ……。良かった」

 安堵したが――

「チッ――」

 如月先輩から何故か舌打ちが返った。しかも心底残念そうにしているのが解せない。

「如月さん、変化した体で何かしようと企んでいたでしょう?」

「あ? ちょっと撫でたかっただけだ」

「どこをですか」

「そりゃあ――……んなもん、どこだって良いだろう」

「セクハラ……」

「悪かったな」

 ジト目で見れば、如月先輩は罰が悪そうにしていた。

(それにしても、如月先輩は俺のことが好き……)

 それだけで今日は浮かれて眠れそうもない。

「如月さん、ありがとう御座います。これからもよろしくお願いします」

 如月先輩の腕の中で暫くぬくぬくした後、二階の寝室のベッドに向かった。何時ものように横になれば、何時ものように俺のお腹に手が回ってきた。如月先輩の指先に絡めて寝るのは今日で二度目だ。

「ううっ……如月さん、俺、幸せ死にそうです……」

「死ぬな。明日もちゃんと生きてろよ、クラゲ」

「はいっ」

 だが案の定、寝付けなかった。好きな気持ちが溢れて、それが嬉しすぎて全然眠れる気がしなかった。

(好きって言葉の効力、偉大過ぎ……)

「クラゲ、眠れねぇのか?」

「はい、興奮覚めやらずな感じです」

 気持ちの高ぶりが押さえきれない、好きという気持ちが体内を駆け巡っていた。

(眠れない場合はどうやって寝ればいいんだろう?)

 羊の数を数えてみる? それとも、歌を歌う? もしくは踊る――……いや、余計に眠れなくなりそうだ。

「如月さん、眠りたいのに眠れない時はどうしたらいいんですか?」

「そうだなぁ……」

 如月先輩も真剣になって考えているようだ。気づけば十二時を回っていた。

「うーん……あ、そうだ、ひかりに聞けば答えが出そうだな」

「なるほど、ひかりさんなら答えを知ってそうですよね、今、連絡してみます」

 そしてひかりに今現在の状況説明のラインをして五秒後、電話が掛かってきた。画面をタップしてスワイプして出れば――

『馬 鹿 な の !?』

 という怒声が響いた。如月先輩にもバッチリ聞こえていたようで、「相変わらずだな」とぼやいていた。

「えっと、つまり?」

『やれば寝れるでしょ!? アホなの!? 鉄板でしょう!?』

 ひかりが逆ギレしながら説明してきた。やる、やる――……って、何を? という話だったが、その直後に通話が途切れてしまった。一先ず如月先輩にひかりの電話の内容をそのまま説明した。

「あの、ひかりさんにやれば寝れるでしょって言われたんですが……やれば寝れるってどういうことでしょうか?」

「何だそりゃ、やれば寝れるって……もしかしてアレか、勉強か?」

「あ~、そうかもしれないですね! それじゃあ何の勉強しますか?」

「……」

 如月先輩はそうだなと呟き、俺から離れたかと思えば覆い被さってきた。体を組み敷かれて身動きが取れない。

「如月さん……?」

「この時間の勉強っつったら、保健体育だろうなぁ」

「保健体育……」

 如月先輩の手が俺の服に滑り込んできた。お腹を撫でられた時とは違う感覚の訪れに背中がぞわぞわとしてきた。

「まぁ――いきなりは無理だし、慣らそうな? 今日から保健体育もルーチンにいれるか」

「わ、分かりました」

 だがいざそういう感じになると、妙に緊張してしまう。

「ところでクラゲは、初めてなのか?」

「はい……」

「分かった」

 そんな訳で、今日から俺は如月先輩の手によって開発されることになったのだが……

「おい、何で目を瞑ってんだよ?」

「その……恥ずかしいです、何となく」

 まだ始めて数分も経ってないが、訪れる感覚が初めて過ぎて緊張していた。如月先輩に色々されるのは嬉しいが、何となく見ているのが恥ずかしかった。体をマッサージされるように触られているだけだが、緊張で全身に力が入ってしまった。

「クラゲ、こっち向け」

「えっと、どっちですか?」

 顔を反らして目を瞑っているので今一如月先輩がどこにいるかが分からない。

「はぁ、しょうがねぇなぁ」

 それから暫くして、ベッドが軋んだ。ベッドが軋み、如月先輩の体が俺に更に密着したかと思えば、唇に何かが触れた。

(何だろ……?)

 薄目を開けてみればキスをされていた。

「……!」

 如月先輩と目が合い、気まずくなりそうだが、次には俺の手の平に指を絡めて抱き締めてくれた。

「怖いか?」

「怖くはないです」

「じゃ、今日はここまでな」

「は、はい……」

 やっと解放されて、どっと疲れた。疲れが出たと同時に眠気が訪れてた。

「如月さん、俺……眠れそうです」

「そうか、俺もだよ……じゃ、おやすみ」

「……!?」

 俺の項でリップ音が響き、その後、如月先輩の寝息が聞こえた。

(速攻で寝れるのすごい……)

 如月先輩の早寝に尊敬しながら就寝した。

 

  ➴➴➴


 お互いに告白し、保健体育という謎のルーチンが始まった翌日、会社に行けばひかりが早速、俺の元にすっ飛んできた。

「どう? 寝れたの?」

「はい、よく寝れました」

「で、どうだったの?」

「どうというか、保健体育の授業はまだ始まったばかりなので……」

「は……? 保健体育の授業って、何よそれ?」

 ひかりは怪訝な顔つきで突っ込んできた。

「え、その……体のマッサージと軽くキスをされただけで、まだ……」

「はぁああ!? な に そ れ ? ア ホ な の ? お ま え ら い く つ ?」

「いやその、付き合ってない時はセカンドとか、抱き枕要員としか考えていなかったので何ともなかったんですけど、いざ付き合うってなったら、色々と考えて恥ずかしくなってしまって……」

「小学生かよぉおお!?」

 ひかりに突っ込まれまくる中、如月先輩が「やかましい」と口にした。

「いいだろうが別に。な、クラゲ?」

「はい」

 如月先輩と一緒にいられるだけで俺は満足なのだ。だがひかりは納得していなようで――

「そうだメシア君、とてもリラックスできる薬開発したから是非、使ってみてちょうだい」

 ひかりは見るからに怪しげな薬を俺に渡してくる。これは何ですかと聞くまでもなく、なにかしら影響がありそうな薬だ。

「これ、今すぐに飲めと……?」

「今日の夜にでも飲んで結果報告してちょうだい」

「わ、分かりました……」

 そして仕事が終わり、いつもの風呂、晩御飯ルーチンを終えた後、俺は早速ひかりさんにもらった薬を口にしていく。味は普通だったが――

「ふわふわする……」

 視界がふわふわ、頭もふわふわしていた。

「おい、クラゲ……って、治験薬飲んだのか?」

「あ、如月さん」

 ふわふわしているせいか、如月さんにそのまま雪崩れ込む。

「おっと、おい、大丈夫か?」

「はい、今日も保健体育を頑張ります……」

 思っていることがスラスラと言えてしまう。むしろ言いたい、言わないと気が済まない、そんな気分になっていた。

「分かったから、捕まってろよ」

 如月先輩に担がれて運ばれていく。寝室のベッドまで運ばれて横にされたが、如月先輩は何もせず、俺のお腹に手を回して指先を絡めるのみだった。

「今日はもう寝ろ」

「はぁい……」

 今日も進展はなかった、それでも幸せだった。


   ➴➴➴


 それから数ヵ月が過ぎたある日、俺と如月先輩は同じ指輪を買った。お互いに指輪を交換してはめた時には保健体育の授業は無事に終わっていた。終わっていたからではないが、今まで以上に絆が深まっている気がした。

 今日は如月先輩と一緒に水族館に訪れていた。どこに行きたいかを聞かれ、水族館と答え、水族館デートが決まったのだ。

「魚って見てると、無性に食いたくなるな」

「ですね。美味しそうってなっちゃいますね、不思議と……」

 色気もない会話をお互いにした後、水族館の帰りに海鮮丼が食べられる飲食店に寄っていた。そこで如月先輩と共にお勧めの丼物を頼んでいく。

「そういえば魔導執行省があった場所、今日、取り壊されるみたいですね」

「ああ。しかし、はじめは務所だが、レイナは探偵をやってるから吃驚だよな」

 レイナは人探しのスキルがある、魔女としての才だがそれを生かして探偵職に就いたのだ。

「レイナさん、元気にしてますかね」

「してんだろ。あいつはどこでもうまくやれる奴だ。それよりも羽衣石社長がお見合い結婚するのには驚いたぜ」

「ですねぇ」

 魔王にゾッコンだった羽衣石社長はプロジェクト騒動があってから会社の方針を一新させ、再び新たな事業に取り組みだした。それと同時に身を固める決意もしたのか、お見合い結婚をすることが決定した。

「つぅか見合い結婚ってどうなんだ? 想像もつかねぇ……」

「ですねぇ」

「ま、俺にはクラゲがいるから関係ねぇけどな」

 如月先輩はそう言って笑った。俺はといえば不意打ちを食らいどぎまぎしてしまった。それから暫くして丼ものがきた。如月先輩は釜揚げしらす丼で、俺のはマグロ丼だ。それを食べながら、再び談笑していた。

「つぅか俺ら、こんな感じでいいのか?」

「こんな感じ――……とは?」

「こんな感じだよ、クラゲは満足してんのか?」

「勿論、満足してますよ」

 魔族ながらも人間界の生活を望み、如月先輩の隣にいることを選んだのだ。それ以外の生活は考えられない。

(まだ如月さん呼びだけど、いつか錬次と呼び捨てで呼べる日がきたらいいなぁ……)

 そんな秘め事を心内で巡らす中、如月先輩が隣でフッと笑った。

「どうしたんですか、急に?」

「いやな、クラゲは前々から素直だなって……。そういうとこも好きだぜ」

「――へっ? どういう意味ですか?」

「俺さ、お前にずっと黙ってたことあるんだわ」

「何ですか?」

「言っても怒んねぇか?」

 ワンクッションをいれてきた。そう言われると余計に気になるものだ。

「怒りませんから言ってください」

 すると如月先輩は一拍してから告げた。

「俺さ、クラゲの心の中が読めるんだよ」

「心の中って――」

(そんなまさか……)

「そんなまさかなんだよな」

 不意に読まれて如月先輩を見遣れば如月先輩は笑っていた。

「俺は生まれつきそういう人間なんだよな。読めるのは男限定だがな――……引いたか?」

「いえ、引きませんけど、じゃあもしかして、最初から……?」

「ああ」

 魔族以上に第六感が特化した人間、如月先輩。如月先輩は悪びれもなく告げた。

「今日から俺の下の名前、錬次呼びの練習な?」

「は、はいっ……」

(は、恥ずかしい……)

「恥ずかしがらなくていい、直になれる」

「――! ちょ、心を読むのは禁止です! やめてください!」

「悪い悪い、あまりに素直で可愛いからつい――な? ほら、言ってみろよ」

「れ、錬次さん――……の、アホ!」

「おいクラゲ……てめぇ良い度胸だな? 後で調教な?」

 如月先輩の唐突な暴露によりまた新たな日常が始まった。

 熱烈な思いと特殊な能力を抱える人間、如月錬次に翻弄される毎日だが、俺ことメシアは幸せに生きて過ごしていた。


 (了)

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低級魔族が恋した上司は熱烈な♂人間様でした 龍神雲 @fin7

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