第5話 愛と本能の狭間で

 夢でも見ているのか? いや夢じゃない、ここは現実の会社で、如月先輩の腕の中にいる俺氏メシア……って、何だこの語り!? そう突っ込みつつも冷静に考えてみた。

(この状況、死亡フラグが立った、のか……?)

 自問自答するも分からない。

 とまれ、今日はやたらと目が合った。やたらと目が合ったかと思うと今度は如月先輩の腕の中にすっぽりと収まっていた。しかも女性とは違う逞しい腕の中に収まっているという、男としての矜持や沽券がない状況で、心臓の鼓動がやたらと煩い。まるで女の子のような気分を味わう感じだ。

(もしかして俺、女性だったのかな……?)

 いや違うだろ! 俺は男の子! そう突っ込む中、如月先輩が口を開いた。

「クラゲ……」

 如月先輩のあまやかな声が俺に届き、ぞわぞわとした感覚が背中に走ったが――

「お前、ちゃんと食ってんのか?」

「へっ……?」

「ちゃんと食え、ガリガリじゃねぇか」

「……」

 それから直ぐに離され、

「クラゲ、さっさと仕度しろ。飯食いに行くぞ」

 如月先輩は帰り自宅を始めた。どうやら俺の体の細さが気になっていたようで、それを直接確かめただけのようだ。

(びっくりしたなぁ……)

 いきなり引き寄せられて抱き締められ、俺の新たなスキル、乙女モード(?)が開花され、全開になるところだった。

(いや、乙女モードが開花して全開って何だ? インキュバスみたいな感じになるのか!?)

 想像して、悪寒が走った。

(いやそもそも、俺インキュバスじゃないし! インキュバスとしての才能も無いしな……)

 如月先輩に抱き締められたことが切っ掛けで、俺の感情は乱されていた。

(駄目だ……いかなる場合も平常心だよ、平常心!)

 内心焦りながらも如月先輩と共に片付けを始めた。

 業務就業時刻になり、チャイムが鳴った頃には如月先輩と共に玄関を出て、愛車のベンツに乗り会社を出た。

 

  ➴➴➴


「クラゲ、なにが食いてぇ?」

 暫く走行してからだが、如月先輩が問いかけてきた。目線は此方には向いていないが、きっちりと前を向いて走行していた。

「うーん……」

 何でもいいですと答えたいところだが、何でもいいでは如月先輩を困らせてしまうのでじっくりと考えてみた。

(俺が今、物凄く食べたい物って何だろう?)

 そもそも好き嫌いはない、何でも好きだ。異世界でも、この人間が住む世界でも、選り好みせずに何でも食べることができた。

「特に食べたい物がないなら、俺のお勧めの場所でもいいか?」

 不意に如月先輩が提案してきた。

(如月先輩の、お勧めの場所……)

 如月先輩の趣向が知ることができるチャンス!? 何処にでもお供したいに決まってる!

「はい! 是非、お勧めの場所がいいです! 行ってみたいです!」

「そうか。じゃ、決まりな?」

 如月先輩はスムーズに車を走行させていく。

 暫く走っていると繁華街が見えてきた。繁華街のネオンも人々もにぎやかで、飲食店も夜の店もそこかしこに見えた。その通りを走り抜けた先にはこじんまりとしたカフェがあった。こじんまりとしていたが、寂れた様子はない。外には手書きの立て看板も設置され、今日のお勧めメニューが書き記されていた。

 茄子とトマトのグラタン、カレードリア、ガーリック炒飯、鶏白湯ラーメン(限定十食)、ちゃんこ鍋――と様々だ。

「色々メニューがあって良いですね」

「だろ? 和洋折衷何でも揃ってて、食べたい物がない時はここに来れば、食べたい物が不思議と決まるんだよ」

「へぇ、そうなんですね」

 如月先輩と共に店内に入れば、家族連れ、恋人、友人同士の組み合わせ等、世代を問わず親しまれているようだ。テーブルもカウンター席もあるが、如月先輩はそこを通り越してそのまま店の奥に進んでいき「個室は開いてますか?」と店員に訊いていた。

(個室も完備されてるんだ)

 それから個室に案内された。テーブルとソファが設置されていたので如月先輩と対座して席に着いた。

「ほれ、好きなの選べよ」

 如月先輩から年季が入った紙のメニュー表を渡された。種類が豊富でサイドメニューも充実している。

「どれも美味しそうですねぇ」

「だろ、好きなの遠慮なく頼め」

 如月先輩はもう決まったようで、メニュー表を閉じた。

(俺は何にしようかな……?)

 メニューを端から端まで見ていきふと、外の立て看板に書いてあったメニュー、カレードリアを思い出した。

(ガッツリ食べたいし、アレは間違いなく美味しいに違いない!)

「如月先輩、決まりました。カレードリアにします。それと飲み物はレモンスカッシュで」

「フッ、クラゲもカレードリアにしたのか」

「えっ、もしかして、如月先輩も?」

「ああ」

 メニューが決まったので呼び出しボタンを押せば、直ぐに店員がやってきた。カレードリアを二つ注文し、俺はレモンスカッシュ、如月先輩はキウイスカッシュを注文した。それから暫くして、如月先輩は改まって切り出した。

「メシア、今日来た永冶はじめのことなんだが……」

「はい」

「あいつは昔から不思議なところがあって、ああいう感じの奴なんだ。あんま気にすんなよ?」

「え、はい」

(そういえば、美味しそうとか言われたっけ……)

 不思議を通り越し、完全に捕食目線で見られていた気がした。俺なんて食べても美味しくないだろうに、美味しそうときた。このご時世、食べられる物が幾らでも揃っているのに、わざわざ俺を捕食する意味なんてないような――

「メシア、悩みがあるなら言えよ?」

「はい」

 永冶のことは言えない。それに悩みといえば如月先輩が好きなことだが、それは本人には言えない事情なので当然却下だ。

 ともあれ、今日の如月先輩はやけに優しい。

(まさか、何か企みがあるとか……?)

 いきなり体のチェックをしてきたり、ご飯に誘ってくれたりと――これは絶対、何かあるに違いない。きっとアレだ、体力的にきつい仕事を頼まれるに違いない。体力的にきつい仕事を頼むから必然的に体のチェックが入った訳で、これでは駄目だと判断され、ご飯に誘われたのかもしれない……。

「如月さん、見た目的にひょろガリ体型かもしれないですが、この会社に入ってそれなりに体力はついてきたと思うんで、きつい仕事でも何でもできますよ」

「はぁ? 何の話だよ、いきなり……」

「体のチェックや食事の管理をしてくれてるんで、きつい仕事内容を頼まれるのかなって思いまして……あれ、違うんですか?」

 すると如月先輩は盛大に吹き出し、笑い始めた。

「なんでそうなんだよ」

 如月先輩は一頻り笑った後「ちげーよ」と付け加えた。

「そんな意図があって食事に誘った訳じゃねぇ。メシアと普通に食事がしたかったから、食事に誘っただけだ」

「そうなんですか……」

(俺と普通に食事がしたかったんだ――って、何でだろう? あ、そうか。意志疎通が今まで以上にできるようになればもっと仕事の効率が上がるからか?)

 暫くして店員がやってきて、レモンスカッシュとキウイスカッシュ、カレードリアをテーブルの上に置いた。深めの器に入ったカレードリアからはホカホカの湯気が出ていて、チーズはカレーと一緒にドロリと蕩け、火傷しそうなぐらいに熱そうだ。

「美味しそうですね」

「だな、熱い内に食うか」

「はい」

 如月先輩と他愛ない話をしながら熱々のカレードリアを食べ始めた。お腹が空いていたのであっという間に平らげ、ジュースも飲み干した。お腹は腹八分目ぐらいだ。如月先輩はメニュー表に手を伸ばし「デザートも頼むか?」と訊いてきた。

「はい」

 食後のデザートはアイス、ケーキ、プリン、パフェ、ゼリー、あんみつと、オーソドックスなメニューがあり、その中からストロベリーパフェを選んだ。

「俺はストロベリーパフェにします」

「そうか。俺は、コーヒーゼリーにすっかなぁ」

 再び注文をして待つ中、如月先輩と視線が合った。

(うーん、今日はやたらめったら合うような気がするなぁ……)

「如月先輩、俺の顔に何かついてますか?」

「そうだなぁ……」

 如月先輩は語尾を伸ばし――

「やっぱクラゲは、クラゲだよな」と呟いた。

「クラゲはクラゲって、何ですかそれ」

「お待たせいたしました、ストロベリーパフェとコーヒーゼリーになります」

 如月先輩に突っ込んだと同時に店員がストロベリーパフェとコーヒーゼリーを運び、テーブルに置いていく。注文したストロベリーパフェのグラスはロンググラスで、グラスの底までクリームやアイスがぎっしりと詰まっていた。

「おー、結構な量だなぁ。全部食えんのか、それ?」

「勿論ですよ」

 甘い物は別腹だ。また黙々と食べていき、御馳走様をした頃にはお腹いっぱいになった。

「美味しかったです」

「そうか。ここが気に入ったんならまた連れてってやる」

 思わぬ申し出に、俺の心臓は跳ね上がった。また如月先輩と一緒に食事ができる――たったそれだけのことだが、物凄く嬉しくて高揚してしまう。

「じゃ、行くか。そうだ、先に行ってエンジンを暖めておいてくれ――ほら」

 ベンツの鍵を渡された。如月先輩は会計を済ませる為にレジに向かった。俺は外に出て、駐車場に停めてあるベンツに向かった。

 如月先輩の車は暗くても派手なので分かりやすく目立つが、如月先輩のベンツの前で煙草を吸ってる男性がいた。

(ん? 誰だろう――?)

 だが目を凝らすまでもなかった。男性は此方に気付くと煙草を消して近付いてきた。男性は羽衣石化学に来ていた永冶はじめだった。格好は先程と違いスーツだが、間違いなく永冶はじめだ。

「やぁ、また会ったね」

 偶然を装った感じで声を掛けてきた。だが永冶が偶然、ここにいた訳ではないのは煙草を吸って待っていたことからして明白だ。確実に誰かを待っていたのだ、しかも待っていた相手は如月先輩ではなく俺――。

(この人、やっぱり危ない……)

 警鐘が鳴り後ずさったが、腕を掴まれてしまった。

「逃げなくてもいいじゃない」

 永冶は蛇のような目付きで笑っていた。まるで獲物を値踏みするような視線にぞわぞわとした物が駆け巡った。

「あの、俺に何の用でしょうか……?」

「ふふっ、そんなに畏まらなくていいよ。それで、錬次はどうだい? 錬次はとても良い魂をもっているだろう?」

「はい……?」

 訊かれた意味が分からず、疑問で埋め尽くされていく。

「惚けなくても良いよ。僕も錬次の魂に惹かれているしね――けど君と違って、錬次のことは友人としか思ってないからさ」

「……何が、言いたいんですか?」

「面白いとは思わないかい? 魔族が人間に惹かれる。惹かれるのは良い魂が宿っているからだ。汚れのない魂は男女関係なく惑わされる――君もそうだろう?」

「……」

(俺が如月先輩が好きなのは、綺麗な魂を如月先輩が持っているから――ってこと? じゃあこの好きな気持ちは、如月先輩が好きだからではなく、如月先輩の魂が好きだから……?)

「俺は、惑わされてるんですか……?」

「そうだよ。僕達のような魔族は真実の愛なんて見付けられやしない、そういう生き物だからだ。汚れのない魂に反応して本来魔族に備わっていた捕食の本能が反応しているだけだよ?」

「……」

 魔族の、本能――。本当に、そうなんだろうか? 本能的な部分が反応するにしては、それだけでは断言できない、腑に落ちない現象が起きていた。生理現象とも違う心の動きのように思えたが、全部、気のせいなのだろうか……?

「面白い反応をするねぇ、君。メシア君って言ったかな? 低級魔族なのにどうしてこうも人間っぽいんだろうね? その曖昧さが、とても美味しそうだよ」

 永冶は微笑した。

 永冶は俺とは違い、魔族的な部分が強いのかもしれない。だから汚れのない魂という観念しか持ち合わせていないのだろう。

(俺は永冶とは違う。いや、違うと思いたいだけなのかもしれない……)

 現に俺は人間ではない、それは紛れもない事実だ。しかし事実ながらも否定したかった。本能的な部分が反応しているだけ――……そう言われて、無性に腹が立った。

「腕を離してください」

「あれ? 気分を害させてしまったかな?」

「おい、そこで何やってんだ? ……って、はじめじゃねぇか。お前、何やってんだ?」

「また会ったね? 偶々この近くを仕事帰りに通り掛かっただけさ」

「そうか」

「それじゃあまたね、錬次――それと、メシア君」

 ようやく腕を離され解放されたが、永冶に言われた言葉が俺の頭の中を支配していた。

「クラゲ、どうした?」

「いえ、何でもないですよ……って、エンジン回してなくてすみません! 今すぐ回しますんで!」

「いや、俺がやるからいい、クラゲは助手席に座ってろ」

 鍵を取られ、扉が開き、助手席にぐいっと押し込まれた。それから間もなく如月先輩が運転席に座り出発したが、先程言われたことが頭の中でずっとぐるぐると巡り、もやもやした。


   ➴➴➴


 如月先輩の運転は粗っぽくなく穏やかだ。窓から映る景色をただぼんやりと眺めていると―

「クラゲ、何かあったろ? さっきから変だぞ」と突っ込まれた。

 変といえば如月先輩も変だが、俺と比較すれば然程変ではない。普段が少し粗っぽいだけだ。言うなれば如月先輩は仕事と羽衣石社長で豹変するタイプなので、普段はこういう感じなのかもしれない。

「如月さんはどうして、羽衣石社長が好きなんですか?」

「あ? なんだよ突然……」

「いえ、そのどこを好きになったのかなって、気になって……」

「んなもん、どうだっていいだろう」

 はぐらかされてしまった。それからまた沈黙が続き、気付けば俺が借りてるアパートの前に着いた。シートベルトを外し、ドアの扉の取っ手に手を掛けた時「クラゲ」と呼ばれた。クラゲ呼びは嬉しい、嬉しい筈なのに、永冶はじめに言われた言葉が巡っていた。如月先輩に対する気持ちが魔族の本能的な部分が反応してるだけなのかと考え、空しくなった。

(どうして俺は、人間じゃないんだろう……?)

 魔族であるのがとてつもなく不快になってきた。人間のように普通の感情を抱くことができないならば、それは機能不全だ――。

 そうだ、機能不全だから、俺は魔族なんだろうな……

「おい、クラゲ……って、おまっ、泣いてんのか!?」

「泣いてませんよ」

「思いきり泣いてんじゃねぇか、どうした?」

「何でもありません。このままここにいると大事なシートを濡らしてしまいそうなので、失礼します」

「失礼すんな。おら、はよ話せ」

 腕を掴まれ、その上ロックまでされ、必然的に車内に留まることになってしまった。

「如月さんはどうして、ズカズカと俺のところに踏み込んでくるんですか……」

「うるせぇ、俺がクラゲの上司だからだ」

 コンプライアンス違反にも程がある返しに、苛立ちが爆発した。

「何なんですかそれ? 大体、今日も意味不明なことぼやいてましたし、それに羽衣石社長のことになるとコロコロ態度が変わるし……俺、そういうのに振り回されるのはうんざりなんですよ!」

「そうか、以後気をつける。で、他は?」

「特には、ありませんけど……」

 永冶が俺と同じ魔族である事情は明かせず、魔族の本能的部分の話もできない。何もかも八方塞がりで、息苦しくなった。

「明日、羽衣石社長にメシアを元の部署に戻すように伝えとく――それでいいか?」

 解消の提案は俺の心を締め付けた。そう受け取られても仕方がないが、こんな些細なことで解消されたくはない。

「それでいいか……? いい訳ないですよ!」

「え、何でだよ? 俺が嫌だったんじゃねぇの?」

 如月先輩は唖然としていた。それはそうだ、この流れからして嫌だと言ってるような物だ。

 でも違う、俺は――

「如月さん、如月さんが羽衣石社長が好きなように、俺は如月さんが――……いえ、何でもないです。兎に角! 解消せずに、今まで通りでお願いします!」

「お、おう……?」

「それでは失礼します、おやすみなさい」

 ロックを解除して車を出て、アパートの一室に戻って我に返った。

(やってしまった……)

 おまけに如月先輩に対する気持ちをぶちまける寸前だった。

(取り敢えず、気にしないことにしよう……)

 永冶が言った言葉は気にしないようにしよう――そう巡らすも、矢張り気になってしまった。

「それにしても俺、こんなに感情的になったのは何年振りだろう?」

 如月先輩の傍にいるせいか、本来備わっている感情が戻ってきたような気がした。

「はぁ、俺って意外と淡白じゃないのかなぁ……」

 如月先輩といるせいか、魔族の本能的な部分が刺激されているのかもしれない。

 捕食ではない、暴力的な本能部分が――。


   ➴➴➴


 翌日、如月先輩は何時も通り出社していた。羽衣石社長の予定や段取りをした後、

「クラゲ、行くぞ」

 普段通りに声を掛けてきて赤いベンツに乗り込んだ。何時ものように急発進で道路に飛び出し走行し、何時もの日常が始まった――そう、何時も通りだ。

「クラゲ、今日の予定はイベントに向けた顧客チェックと新規の顧客ゲットだ」

「了解です」

 そして目まぐるしい日常もあっという間に終わり会社に帰還した頃、俺と如月先輩は羽衣石社長に呼び出された。

「今度のイベントにライバル社も多数来るから、気を抜かないように。それとわが社がこれから手掛けていくプロジェクトに協力してくれる組織がいてね……」

 羽衣石社長が「さぁ、どうぞ」と扉に向かって声を掛けると扉が開き、一人の男が入ってきた。その男は永冶はじめで、俺と如月先輩を一瞥してから羽衣石社長に軽く会釈をした。

「このプロジェクトを魔導執行省局長である永冶はじめ君が是非にと、言ってくれてねぇ? いやぁ、心強いよねぇ」

 羽衣石社長は嬉しそうに笑うが、俺としては笑えなかった。

(というより、羽衣石社長が手掛けていくプロジェクトって一体何だろう……?)

「羽衣石社長、プロジェクトの件でお伝えしたいことがあります」

 如月先輩は相変わらず羽衣石に跪いていた。このギャップ差が相変わらず慣れないのは俺だけなのだろうか?

 そんな中、如月先輩の話が始まった。

「先ず羽衣石社長、魔導執行省が提示している条件とうちの条件の利害はこれから行うプロジェクトに合致しますが、魔導執行省が行うのは執行して管理ではなく、然るべき処罰になります。それはわが社のプロジェクト、経営理念にも反し、管轄外の職務になり得ます」

 羽衣石社長はふむと頷いたのち切り出した。

「確かに如月君の言う通りだ。だけどね、うちとしても正攻法で多少強引な手段でやるべきこともあると考えている。それがビジネスなら尚更だろう?」

「確かにそうかもしれませんが……」

 すると今度は永冶はじめが言った。

「忖度すべき問題は今後の脅威――そうじゃないか?」

(一体、何の話をしているのだろう……?)

 話に付いていけない俺は当然ながら蚊帳の外だが――刹那、扉が開いてひかりが駆け込んできた。

「失礼します! プロジェクトの件でお伝えしたい件があります!」

 ひかりの形相は険しく、魔導執行省の永冶はじめを睨んでいた。何が何やらさっぱり分からないが、話に出ているプロジェクトが危ないのだけは理解した。

「私はこのプロジェクトに反対です! 異世界をわざわざ探して執行の対象にするなんて、そんなことをするぐらいなら世に役立つ薬の開発に専念すべきです!」

 ひかりは強く反発して主張した。だが世に役立つ薬でやってる裏側事情の治験薬で大変なことになったのであまり賛同はできない。

(でも何で、異世界をわざわざ探して執行なんてするんだろう……)

「うーん、そうだなぁ……少し失礼するよ」

 永冶は指をパチンと打ち鳴らした。すると羽衣石社長と如月先輩だけがその場で倒れてしまった。羽衣石社長も如月先輩もピクリとも動かない。

「羽衣石社長!? 如月さん!? 永冶、何をしたんだよ……」

「安心しなよ、ちょっとだけ眠らせてるだけさ。でもこれで話しやすくなったよね? 異世界の魔族同士だし――ね?」

 永冶がそう切り出せば、ひかりは「やっぱり! 何となく同じような匂いがしてるのはそういうことだったのね!」と睨んだ。だが永冶はひかりを無視して切り出した。

「さて、ここからが本題だ。僕は君達がいる世界の魔王討伐の為に組織された魔族で、魔導執行省も全て魔族で構成されている組織だ。君達の世界にいる魔王は過去にある不義理をしていてね? その調査をしようとしたが、悉く邪魔をされた」

「不義理?」

「数年間、魔族会議に出席しなかったことだ。魔族会議は異世界を繋ぎ、過去に起きた凄惨な種族同士の争いを和解、乱すことのない、平和を維持する象徴の証でもある。それをポカしたのはあるまじき行為だ。内密に調査をすれば幼い人間の子供と共に暮らしていたそうだが、その子供は拐われた子の可能性が高くてね。よって、その異世界を執行の対象としてみなしただけだ」

(幼い人間の子供なんていたか……?)

「それなら魔王だけを執行すればいいじゃない! なんで異世界ごとになるのよ!? そもそも私はそんな事情は知らないわよ!」

「いや、お前達は知ってるはずだ。この世界にどうやってきた?」

「どうやってってそれは、魔王の力で……って、あれ?」

 ひかりがそこまで話して疑問を呟いたが、俺にも同じように疑問が浮かんでいた。人間界に行くまでの間が全く思い出せない。だがそれが何なのかもさっぱり分からなかった。

「その違和感こそが、幼い人間の子供――だった者だ」

「よく分かりませんが、魔王は人間を利用するようなことはしない……と思います」

 断言はできない。だが魔王はしないと思いたい。ただでさえ人間に危害を加えるようなことがあればその魔族の元に駆け付け詰問していた。先ずあり得ないだろう。

「まぁいずれ分かることだよ……それじゃあ僕は忠告したから帰るよ。君達がいた異世界と魔王の執行はほぼ決定事項だからさ――ああそうだ、そこの二人が目を覚まさない内にソファかベッドに寝かせて置いたほうがいいと思うよ?」

 永冶はフッと笑って消えた。

 

  ➴➴➴


 羽衣石社長と如月先輩をそれぞれ医務室のベッドに運んだ。ひかりは先程のプロジェクト案件を何とかする言い、研究所に戻っていった。俺は二人が目を覚ますまで待つことにした。

 待つこと二十分、二人の意識は戻ったが――

「ふわぁ~。よく寝たぜ……ありがとな、クラゲ。ちょっとは仮眠しないとなぁ、クラゲが側にいてくれて助かったぜ」

「えっ、あぁ……はい」

 如月先輩から先程の記憶が失くなっていた。そればかりか仮眠後、俺が起こす予定にもなっていた。

(どう考えても魔導執行省のほうが危険だ……)

 魔導で記憶を改竄するのは流石にタブーな気がしたが、執行側なので何でもありなのだろうか……?

 暫くして羽衣石社長は部屋を退室し、如月先輩はベッドから身を起こして暫くぼんやり外を眺めていた。

 如月先輩は今、何を考えているのだろうか?

「クラゲ、行くぞ」

「はい」

 何時ものように呼称され部屋を退室したが、如月先輩は退室してから一歩も動こうとしない。

(如月先輩、どうしたんだろう? 後遺症でも残っているのだろうか……?)

「クラゲ」

「はい」

「長年の友人を裏切る結果になっても、友人は許してくれると思うか?」

 如月先輩の長年の友人といえば、永冶はじめのことで、先程のプロジェクトの件についてだろう。

「それは実際に裏切ってみないと分かりませんよ」

 もしかしたら前々から話し合いをしていたのかもしれない。数日前に羽衣石化学に訪れた時も、そのプロジェクトについて何気なく話をしていたのだろう。

「何度話し合っても話が平行線ならば、仕方がないと思いますが……」

 人の思考は簡単には変えることはできない。まして組織ぐるみならば尚更、変えることは不可能だろう。だが相手は魔族だ、もしかしたら俺とひかりならなんとかなるかもしれない。低級魔族だが、魔導執行省がやろうとしていることを止めることができるかもしれない。

(後でひかりさんにもこの話をしてみよう)

 先ずは目の前の仕事からだ。


   ➴➴➴


 イベントに、プロジェクトにと、羽衣石化学の社内は大忙しだ。大忙しながらも如月先輩の指示で動き、なんとかこなしていた。

 相変わらず俺はまだ指示通りにしか動けないが、如月先輩はそれについては言及せず、やりやすいように手配してくれた。

(如月先輩って厳しいけど、優しいんだよなぁ……)

 そこでまた好きという気持ちが浮かぶが、これは魔族の本能部分と言った永冶の言葉が呪いのように巡った。

(俺の好きは嘘じゃないことを証明したい……)

 とはいえ、証明する方法が分からない。どうすれば人間らしく、これが愛と証明できるのか? 物理的ではない、気持ちで確信したかった。

「クラゲ、飯行くか?」

「飯……」

 気付けば正午を回っていた。お昼どころか休憩時間も終わっていたが、イベントとプロジェクトで動いているので俺も如月先輩も時間の融通はきく。お昼は適当な時間に取れるのだ。

「そうですね、今日は……」

 そう言いかけた時――

「如月君! メシア君! 一緒にお昼に行こうか?」

 やってきたのは羽衣石社長、鬱屈としていた空気が一瞬で吹き飛んだ。

「さぁ、行こう」

 羽衣石社長は明るく踵を返し、先を行ってしまう。どうやら今日は羽衣石社長お勧めのランチになりそうだ。

「楽しみですね」

 如月先輩に言えば「ああ」と答えるも、浮かない顔をしていた。

(何だろう、何時もなら飛び上がるほどに喜ぶのに……)

 その理由は分からない――いや、分からなくはない。恐らくプロジェクトの件だろう。だが考えを止め、羽衣石社長の後に続いて部署を退室した。

 

  ➴➴➴


 羽衣石社長の運転でやってきた場所は、高層ビルの中に入っていたレストランだった。中華が美味しい人気店で混雑していることが多いと聞いたが、予約無しですんなりと入ることができた。予約無しで入れたのは羽衣石社長の顔パスのお陰だ。どうやらご贔屓のようで、見晴らしの良い席に座れた。椅子に座ると早速、コースメニューの料理が運ばれてきた。

 小籠包、水餃子、レバニラ、麻婆豆腐、チャーハン、八宝菜、油淋鶏と、大量の料理が丸い回転テーブルを一周するようにして並べられていく。

「どれも美味しそうですね」

「うん。ここのはどれも美味しいよ。さぁ、冷めない内にいただくとしよう」

 羽衣石社長は手を合わせて嬉しそうに微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る