グリン佐賀

七七七@男姉

ネコ顔の男

「きゃあ~ッ、誰か〜ッ…引ったくりよ〜ッ…!」


 という乙女の叫び声が、この街中に響いたかと思えば、なるほど…確かに、ひとりの悪者・・(古)が女物のバッグを手に、走って逃げていきます。


 一方、周囲を行く人々は皆、ただ驚き呆気に取られるばかりで、誰もその中年男を捕まえようとしません。


 じゃあ、このまま逃げられてしまうのか…と思ったら大間違い。


 ふと、そこの(どこの?)路地から、ひとりの男が飛び出してくるや否や、それがその悪者に対し…


「どりゃ〜ッ…!」


 …っと、一本背負いを食らわせたではありませんか。


 すると、どうでしょう。


 ずでで〜んッ…と背中から落ちるや、悪者は気を失ってしまいました。


「あ、ありがとうございます…」


 何事かと皆さんが集まってくる中、被害者たる若き女性が、ようやく追いついてきました。


 そして、その見事な一本背負いを決めた男に対し、ぺこりと一礼…とまでは良かったのですが、なぜかどうしてか彼女は、そのシャツの上からでも分かるようなマッチョマンの顔を不思議そうに眺めています。


「あ、あの…」 


 と、言ったがどうした彼女が、あまりにも突然、そのマッチョさんの口ヒゲ・・・を引っ張りました。


「わおッ…いででででででッ…! い、いきなり何をなさるのです、お嬢さんッ」


「あ、すみません。てっきり『お面』かと思ったもので…」


 はて、なんのことやら…でもま、彼女がそう思うのも無理はないかも知れません。


 なにせ、そのマッチョマンの顔ときたら…


 そう、彼の顔ときたら…なぜか『ネコ』なのですからね。


 ええ、四足歩行で、にゃ〜んッ…と鳴く、あの動物のネコです。


「こ、これはお面ではなく、正真正銘、私の生の顔でございッ」


 ふひ〜っ…彼女の手を退けつつ、涙目で返すネコマッチョ(仮)さんです。


「た、確かにそのようですが、でも…」


 でも…んなネコの顔で人語を喋る、しかもマッチョマンなんて、この世にいるんでしょーか…と彼女の顔に書いてあります。


「いやま、驚かれるのも分かりますが…とにかく私は『半人半猫』でしてね」


「は、はあ…」 

 

 半人半猫に対抗して(?)半信半疑のお嬢さん。


「ちなみに、父がマッチョマンで、母が元ネコ耳コスプレイヤーです」


 …とかって、その組み合わせだけで、果たしてこんな半人半猫人間が生まれるのかは分かりませんが、とにかく現にそれが、こうして今お話ししている事は確かです。


「そ、そうですか…」


 と、彼女が返す言葉を失ったところで、


「では、私はこれで。ここは他に露出狂やゲルショッカーなども出現するので、くれぐれもお気をつけなされ」


 ちょうど向こうから去ってくれるようです。さよなら。


「あ、あの、せめてお名前を…」


 くるりと踵を返したネコマッチョさん(仮)の背に、はたと彼女が問いかければ、


「私はグリン…グリン佐賀と申します。現在30歳、日本とヨーロッパとのハーフです」


 彼が横顔を見せつつ返しました。


 それにしても、マッチョとネコ耳レイヤーだけでは飽き足らず、ヨーロピアンハーフとは、これは恐れ入りました…と、感心している間に、そのグリンさんは、皆さんの注目を後に去っていきました。


 ある暖かな春の日の事です。

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