誰かのために魂を震わせられるか?

@antedeluvian

誰かのために魂を震わせられるか?

自分の心の奥底からせり上がってきた言葉を喉から出そうという段になって、身体が震えるという経験をしたことはあるだろうか。


まるで、魂そのものが喉を通り過ぎることによって抵抗が発生するかのようで、身体は震えて、呼吸もままならなくなり、声もおぼつかなくなり、涙も出てしまう。


そんな時に「自分という人間はなんて弱いんだ」と実感させられる。


2024年1月27日。

ぴあアリーナMMのステージで、彼女は声を震わせていた。

「私たち14人は選ばれてここにいます」


それは彼女の心の内奥から、これだけは言葉にして伝えるべき使命なのだというようなエネルギーを持って放たれた。


人は自分が弱いということを自覚して、初めて自分自身を、そして自分以外を知ることができるようになるのかもしれない。



~~~



中西アルノさんは心と身体を束ねる表現者だ。


歌やダンス、演技といった身体をもって見せる表現だけでなく、

言葉や感情を用いて何かを伝えることに長けている。


それらのものはたゆまぬ探求心と自己研鑽によって練り上げられたものだが、生まれ持ったセンスがその根底には流れている。


生まれ持ったセンスは誰にも真似できない宝物だ。


世の中にあるものや心の中にあるものを言葉に置き換えるのは、我々が想像するよりもずっと難しい。

それを他者へ送り届けようとするのは、その過程で剥ぎ取られあるいは意図せず付加されていく思いに揺るがないものが必要だ。


幼い頃から本で人の言葉に多く触れ、動物たちから声なき声を拾い上げてきた彼女だからこそ、何かの意思を汲み取り、返すことが洗練されてきたのだろう。

簡単に言えば、誰かに感情移入する力──感応力が高い。


彼女がどんな種類の感情にも最短距離で到達できるところにいるのは、それが理由だと思う。


彼女にとっての〝揺るがないもの〟とは、誰かの心に寄り添うことだ。

誰かの言葉を最大限理解しようとし、そこに自分がどうあるべきかを常に模索している。


だから、はじめは乃木坂46のことをあまり知らなかったとしても、彼女は歴史を振り返り、乃木坂46の文脈に馴染もうとしてきた。


そして、そんな乃木坂46を守るために、彼女は今日も奔走している。

どこかで、一度は傷ついた自分だからこそ誰かの盾になれると彼女は考えているのではないか……私にはそう感じる。



彼女はクリエイターが好むタイプの人間だ。


より良い表現のためにクリエイターが投げかけたものに、彼女は応える以上のことをする。

持ち前の表現力と意図を汲む力がそうさせるのだ。


アルノさんがサブMCを務める「SpicySessins」では、彼女のクリエイティブな魅力が痺れるほど伝わってくる。


ゴスペラーズ・黒沢薫さんからのクリエイティブな無茶振りを前に、彼女は全力で応える。

内心は慌てふためいているかもしれないが、どこかゆったりと無茶振りを受け止め、カバーをする原曲を真剣な眼差しで確認する。


ハモリのラインをその場で手渡され、そのまま本番の歌唱へ。


そのパフォーマンスを終えた後のミュージシャンたちの手応えを感じたような嬉しそうな表情に、何かアルノさんを誇らしく思えてしまう。


「SpicySessins」に参加することになったきっかけは、彼女の歌唱力が引き寄せた。



乃木坂46のを引っ張っていくメンバーには、グループ自体を牽引する者とグループの枠を拡張していく者がいる。


アルノさんはクリエイターの期待を越えていくことで乃木坂46の外の世界との関係性が繋がるきっかけを作る人だ。


彼女の可能性は乃木坂46の枠を拡張していく。



期待を超える。


言葉にすれば単純だ。しかし、体現するのは難しい。


私は二年前、アルノさんについてこう書いた。


「いつかライブで観客を煽っている姿が見たい」


彼女が座長を務めたアンダーライブは、あの頃の私の願いを遥かに超えていた。


彼女はアンダーメンバーの思いに寄り添い、その心を言葉に換えたのだ。

「私たち14人は選ばれてここにいます」と。


誰かの思いを背負って戦ったからこそ、自分の無力さが身に沁みて声が震えたのだろう。


自分を知り、誰かを知り、その思いに我が事のように寄り添う。

彼女はとてつもなく優しい人間なのだ。


その大きな愛が彼女に「人に恵まれている」と言わせる。



彼女は2023年の乃木坂46の成人式で「童心も大切に」と絵馬に書いた。


身の回りの世界の些細な出来事に五感を向けることを彼女は俳句を通して続けてきた。


世界から何をどう切り取り、どのような言葉に乗せて表現するのか。

どのような言葉、知識、解釈の仕方を吸収するのか。


立ち止まり、世界の鮮やかさや多彩さを楽しむ。

その稚気が彼女をより魅力的にする。


童心が彼女を可愛らしさにも格好良さにも振れる幅を広げていくのだ。


とはいうものの、食べ物をこぼしたり、声を張り上げたりした時の可愛らしい子どもっぽさはきっといつまでも変わらないだろう。


大人びた雰囲気と、幼くたどたどしい一面のギャップが彼女をより人間的に素敵にしていく。


乃木坂46の選考は誰か一人の強烈なプッシュを重要視する。

全員が80点を出す人間ではなく、誰か一人の120点を尊重する。


誰かの心を掴み、その人に魅力を語らせる。


そんな魅力が中西アルノさんにあるということは、

この文章が存在していることで証明されている。



written by antedeluvian

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