犯人はこの中にいる

淡島かりす

深夜の推理ショー

「犯人はこの中にいます」

 探偵が真剣な口調で告げた時、私は遂にこの時が来てしまったと嘆き、しかしそれでも顔には出さなかった。山奥の風変わりな洋館外は嵐が吹き荒れて、窓ガラスを保護する鎧戸を容赦なく揺らしている。

「この暗闇館で起きた三つの殺人事件。それはたった一人の犯人によって行われたものだったのです」

 若い探偵はそう言って、私たちを見回した。二つ目の殺人事件から使われていなかった食堂には、食べかけのディナーと血反吐が残っていた。こんなところに集めるなんて、この探偵は随分と意地が悪い。私はそう思いながら他の四人の顔を盗み見した。

 青ざめた顔の長身の医師。何かに怒っているかのように目尻を釣り上げている太った老婆。困惑した様子の車椅子に乗った可憐な少女。怯えたように視線を泳がす痩せぎすの投資家。私のように必死に表情を押し殺している者はいない。

「私が疑問に思ったのは、この食堂で行われた二つ目の殺人事件です」

 指を一本、ピンと上に上げて探偵は切り出した。

「なぜ被害者は苦手なはずの海藻のサラダを食べたのか。それがずっと引っかかっていました」

「それは別の人間を狙っていたからだ、と」

 医師がそう言ったが、探偵は大仰な身振りで否定を返した。

「それがミスリードだったんですよ。あれは正しく被害者を狙ったものだった。被害者は、あの時どうしてもサラダを食べなければいけない理由があった。いや、そうするように犯人に仕向けられたんです!」

 嗚呼。ダメだ。

 私は天井を仰いだ。そして信じてもいない神に祈る。もうこれ以上、この探偵が話さないように。この推理ショーが進まないように。

「ディナーに使われた皿の底には全て違う模様が入っていた。どれもヨハネ黙示録に準えたものです。彼女はサラダの入った皿の模様を確認したかった」

「一体なんだってそんなことを」

「覚えていませんか。最初の殺人を。彼が宿泊していたのは獣の刻印が扉にあった。あれはヨハネ黙示録における七人の天使の災害の一つ目を示す。彼女は犯人からそれを聞かされ、第二の天使を示唆するものを探していた」

「なるほど、だから彼女は海藻のサラダを。そういうことか……っ」

 無理だ。もう限界だ。

 医師の感嘆が、私の最後の理性を切ってしまった。

 喉が勝手に開き、口から笑いが零れる。最初は小さく、しかしすぐに高らかに。食堂に響く自分の笑い声を聞きながら、私はすぐに後悔した。

「何がおかしいんです」

 探偵が厳しい視線をこちらに向けてきた。疑いではなく、純粋な怒りがそこにある。まぁそうだろう。自分の推理ショーを途中で台無しにするような真似をした人間に向けるには正当な感情だ。

 私は口を手で覆い、「グヒャ」とか「イヒッ」とか、潰れた笑い声を何度か出しつつ、謝罪のために片手を上げる。

「いや、あの、すみません」

「私の推理に何か」

「あー、全然。全然違います。なんの文句もないです」

 ただ、と続けた。

「昔から、笑っちゃいけない場面で笑ってしまう人間で」

「はぁ?」

「葬式とか、送別会とか。なんか変なツボに入るんですよね。貴方がさっき、指を上げたところあたりからやばかったんですけど」

 また思い出してしまって笑い声を必死に抑え込む。

「気にしないで続けて下さい」

「気にしますよ」

「ただ、あの出来たら面白いことは言わないで欲しくて」

「面白いことなんか言ってません」

「ですよね。わかりますわかります」

 笑いが漏れた。探偵は呆れた顔で数秒私を見てから、扉を指さした。

「ちょっと終わるまで外に行ってて貰えますか」

「え、いいんですか」

「はい。貴方は最初の事件の第一発見者で、ヨハネ黙示録にも詳しいし、三度目の殺人の時のアリバイがないし、各被害者と接点がありますけど犯人ではありませんから」

「良かったー。これで犯人だって言われたら笑いすぎて死ぬところでした。その場合、探偵さんが犯人になりますか?」

「いや、もう出ていって下さい」

「出禁ですか」

「推理の出禁なんて初めて聞く言葉を作らないで。ちょっと外で待ってて下さい」

「わかりました。あ、犯人は車椅子の彼女ですよね。拳銃持ってるから気をつけたほうがいいですよ」

 親切心からそう言うと、探偵は青筋を立てて怒鳴り声を上げた。

「お願いだから、もう話さないで!」

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犯人はこの中にいる 淡島かりす @karisu_A

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