【KAC20245】「姉ちゃんに話さないで」

一帆

 姉ちゃんに話さないで

 二十歳になったお祝いをしてやると連れてこられたのは、駅前の焼き鳥屋。姉ちゃんにどう言ったのか知らないけど、今日は、姉ちゃん抜きで、姉ちゃんの彼氏のヨシハルさんと僕の二人だ。

 ヨシハルさんが三杯目のビールを片手に、「……それにしても、よく、ユカリが一人暮らしを許したなぁ」と笑った。


「説得するのに一年ほどかかりましたけど、まあ、なんとか」

「そういえば、新山のおばあちゃんが来て、あれこれ言っていたらしい。しかし、シュウ君の引っ越し先の住所は意地でも教えないって息巻いていた」

「ははっ……、すみません……」


 僕はまだ、苦くてちょびっとしか飲めていない一杯目のビールを口に運ぶ。そして、焼き鳥に手を伸ばす。僕のお気に入りはぽんぽちだ。ぷりぷりっとした食感がいい。油が口の中に広がって、僕はビールをちょびっと飲む。


「それより、新しい生活には慣れたか? 困ったことがあったら、俺に相談しろ。彼女とか、彼氏とか、彼女とか」


 (今、ヨシハルさん、彼女の間に彼氏って言った? ?? )

 

 まあ、男同士、姉ちゃんには言えないような話をしていいぞって意味だと僕は受け取った。


「ははっ……、そういう話は全然なくて……」

「へ? 好きな人といたいから家を出たんじゃないのか?」

「ち、違いますよー」


 僕は手をふり否定をする。


「そっか? 本当か? ユカリには黙っているぞ?」と、ヨシハルさんが、にやりと口角をあげて、豪快にねぎまの串を右手に持つとがぶりとかぶりついた。


「だいたい、二十歳っていえば、お盛んな年ごろだろ? 気になる子とかいないのか? 俺は男でも女でもシュウ君が好きな人だったらウェルカムだぞ? ん? 」とヨシハルさんがさらに突っ込んでくる。僕が「そんなことはない」と言っても、相手にしてくれない。


「それより、姉ちゃんから結婚のこと聞きました。おめでとうございます」


 話題を変えようと、手に持っていたジョッキを軽く持ち上げて、お祝いを述べた。姉ちゃんから、来年の春に結婚することにしたと連絡がきたのは十日ほど前。今まで僕を探るように見ていたヨシハルさんが、ぱあっと顔をくずして「ありがとな」と照れた。嬉しそうにニマニマしている。


「僕も本当に嬉しいんです。姉ちゃんが結婚すること、ヨシハルさんが家族になること」

「シュウ君が嬉しいと言ってくれて、俺も嬉しいぞ!」


 ヨシハルさんが嬉しそうな顔のまま、四杯目のビールを飲み干した。そして、ジョッキをテーブルにおくと、珍しく、歯切れの悪い声で「だがなぁ……」とつぶやいた。さっきまでと違って少し肩を落としている。


「なにか、問題でも?」

「ああ。…………、ユカリのやつ、お義父さんには『結婚のことは話さないでいい』って言うんだ。ずいぶん前に離婚したと言っても親だろ? 俺としては、ちゃんと挨拶に行って、結婚式には出てほしいって思っているんだが、ユカリに理由を聞いても『パパには話さないでいい』の一点張りなんだ」

「姉ちゃん、父さんを嫌ってるから……」


「しかしなぁ……。俺としてはだなあ……」とヨシハルさんが困った顔をする。


「…………、父さんのこと、姉ちゃんから聞いています?」

「ん? 名家の跡取り息子で、陶芸家らしいくらいかな」

「……イガラシ アキラって知ってます?」


「ん? ……すまん。俺は芸術に疎くて……」とヨシハルさんが頭を掻く。


「そのイガラシ アキラっていう陶芸家が父さんです。僕も、身内だから名前を知っている程度なので……」と言ってから、僕が生まれてからしばらくして母さんはイガラシの家と揉めてイガラシの家を出たこととかをかいつまんで説明した。


「……、それで、母さんの葬式の時、姉ちゃんにを引き取りたいって、僕をイガラシの人間として育てたいって、言ってきたんです」

「葬式の場でか? あのユカリに? シュウ君?」


 『あの』が何を意味するのかわからないけれど、僕は頷いた。


「もともと、イガラシの家の後継者として僕を育てるつもりだったんだそうです。だから、を引き取るのは当然の権利だって言いだして……、姉ちゃんは『自分の都合だけで、私とシュウを引き離さないで!! 今まで会いにも来なかったのに、今更、父親顔するのはやめて!』って泣いて怒ったんです」


「そうだったんだ……」と言うと、ヨシハルさんはしばらく黙り込んでいた。そして「でも……、シュウ君はそれでよかったのか?」と空になったジョッキの底を眺めながらつぶやいた。


「僕は…………。………、その時、僕の手を握りしめて『離さないで!』って僕に言ったのがうれしかったんです。僕の勝手な印象なんですが、その『離さないで』って言葉には、ワタシヲオネガイダカラオイテイカナイデっていう懇願っていうかな、切望っていうかな、そんな姉ちゃんの気持ちがこもっていたような気がしたんです。ほら、似たような言葉に『離れないで』ってあるじゃないですか。それよりもなんかオイテイカナイデ感が強いように僕には思えて……。だから、『離さないで!』って言った姉ちゃんがとても脆く感じて、僕がしっかりと姉ちゃんを支えなきゃって、その時、思ったんです。あっ……、なんかうまく言えてないかも……。僕の言いたいこと伝わりましたか?」

「うん。大丈夫。根っこの部分はちゃんと伝わってる。ユカリがシュウ君にすがったってことだろ?」

「まあ、そういうことになるかもなんですけど………。それまでは、年が離れているせいか、僕にとって姉ちゃんって雲の上の人っていうか、ヒエラルキー上部にいるすごい人だったんです。だから、姉ちゃんが僕を必要としてるとは思ってなくて、その時、とてもうれしかったんです」


「………、ユカリのやつ、普段は、強気で自分勝手だからな」とヨシハルさんが小さく笑った。僕も小さく頷いて同意をする。


「まあ、姉ちゃんから見たら、僕って出来の悪い弟なんですけどね。そのせいか、僕のことに興味ないくせに、あれこれ文句を言ってくる」

「いや、それは違うぞ。ユカリは、俺がやきもちを焼くほど、シュウ君ファーストだぞ?」

「へ? そうですか? 僕がカルトナージュ箱を作っていることは知らなかったのに、ゴミはちゃんと出したかとかヘアアイロンのコードは抜いたかとかこまごましたことを聞いてきますよ?」

「シュウ君のすることには口出ししてはいけないって思ってんだよ。だけど、なんか気になる。ほら、だいたい、あいつ、大雑把だろ? 自分が普段失敗していることをシュウ君も失敗するんじゃないかって心配しているんだよ。それに、今はユカリが雲の上の人だとは思っていないんだろ?」

「……、そうですね。姉ちゃんには内緒ですけど……、僕が一人暮らしを始めて、姉ちゃんのほうこそちゃんとやっていけるか心配ですね」


 姉ちゃんにバレたらすごく怒られそうなセリフを口にして、僕は小さく笑った。ヨシハルさんもにやりと笑う。

 

「ははっ。あいつ、ゴミ出しもできてないし、いつも散らかってる。だめだめなのはユカリの方だと思うぞ」とヨシハルさんもニマニマ顔で同意する。


「でも、来年からはヨシハルさんがいる。だから、大丈夫ですよね?」

「まかせろって。ユカリが『離して』って言っても、俺はあいつをがっちり掴んで離さないし、あいつから離れない。これは内緒だが、俺は蛇みたいな性格なんだ」


 にかっと笑って、ヨシハルさんは次のビールを注文した。


                            おしまい


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【KAC20245】「姉ちゃんに話さないで」 一帆 @kazuho21

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