第47話

 翌日の放課後。未経験者も多い中で、皆熱心に練習に参加していた。

 しかし、その顔ぶれの中に、赤坂の姿は無かった。

 俺は練習に入る為に自分に合ったグローブを漁る。

 今日は諌矢は他の種目の練習、須山も部活でいないので話す相手がいない。難儀な日になりそうだなあ。


「お、一之瀬じゃん。今日も練習きてんだな」

 と、グローブを嵌め込んだ所で声を掛けられる。

 短く切りそろえられた青光りする短髪。くっきりとした顔立ちの男子生徒だ。

 名前は確か、斎藤。白鳥とよく一緒にいるのを見ているので、その繋がりで野球に出ているのかもしれない。


「斎藤は今日が初練習だよな? バド部はいいの?」

「そーそー! よく知ってんじゃん」

 俺がバド部に所属しているのというのを覚えていたのがうれしいのか、斎藤はにっと白い歯を見せた。

 そこにチャラさは無く、さっぱりした明るさ。スポーツ漫画の主人公っぽい。


「今日は部活が休みなんだよな。昼休みにもアキラとキャッチボールしてたんだけどさ――そうだ」

 斎藤はグローブを物色。そして、顔を上げると何かに気づいたように顔を上げた。


「つーか。なあ、一之瀬聞いてくれよ。あいつ、マジすげーんだよ!」

 その向こうでキャッチボールしているのは、教室ではおとなしい男子生徒だ。いつも教室で一人だし、俺も話した事がほとんどない。


「あいつ、俺と同じ中学で、しかも野球部だったんだよな。守備とかマジですげーんだよ!」

 斎藤の話では大人しそうな彼もまた、野球では神レベルの守備をこなすらしい。


「野球経験者、何気に多いんだな」

「だろ? 赤坂さんも球はえーし。俺ら、いいとこまで勝ち進めるかもな」

 にしし、と笑いかける斎藤。こうやって一緒に話してみると、案外話しやすくて良かったと思う。

 しばらくした後に、集まったメンバーで軽いフリーバッティングを始める。

 打者役と守備役に分かれて位置につく。打者役は打撃練習ができるし、守備役は飛んできたボールを実際の試合のようにさばく。そんな練習だ。

 野球経験者だという俺や他の男子生徒が未経験者に打ち方のコツみたいなものを伝授する。皆積極的で、楽しみながら練習ができていた。


「次、一之瀬打つか?」

 斎藤からバットを受け取り、今度は打席に入る。

 とりあえずバットで打てるようになる為の練習なので投じられるボールも遅い。それなのに、俺は三振を喫してしまった。


「あー。何してんだよ。野球経験者ー」

 そう言って、すっぽぬけたボールを追いかけに向かうキャッチャー役の斎藤。


「一之瀬君、大丈夫?」

 駆け寄ってきたのはピッチャー役の白鳥。


「そういえば、今日は赤坂いないんだな」

「うん? ああ、そうみたいだね」

 そう言って、白鳥は元居た位置へと戻っていった。

 小柄ながらもはっきりと指示をする白鳥は野球チームのリーダーをよく務めている。

 人当たりが良くて物事もはっきり言ってくれるので、俺としても接しやすい。

 教える側が赤坂や西崎みたいにキツいタイプだと、心が折れる自信がある。


「じゃあ、もっかいやってみよっか!」

 白鳥の指揮の元、守備の練習が始まる。

 しかし、メンバーの中に赤坂がいないという違和感は、常に頭の中に残り続けた。


「まあ、球技大会までは半月近くあるしな」

 今日みたいな練習だって定期的にある筈だ。その内何日かでも練習できたら大分慣れるはず。

 何とかなるだろうと思いながら、俺は練習を続けた。


 ――ところがどっこい。


 初日以降、赤坂が練習に参加する事は無かった。

 赤坂の、日ごろの鬱憤晴らしみたいな剛速球を投げ込まれる事が無くなったので、俺の手の負担は劇的に減った。

 しかし、彼女一人が練習に参加しない事で、面倒くさい事になろうとは――

 この時の俺は、理解していなかった。

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