第21話

 しかし、具体的な改善策など何一つ思い浮かばない。

 よく考えたら自分の腹ですらコントロールできないのが俺だ。仕方ないね。

 そんな訳で、翌日以降も俺と諌矢、そして赤坂の三人で学食に通う。

 赤坂の気分を紛らわす為、雑談を交えながらの昼食だ。コミュ力抜群な諌矢のトークは特に冴えていて、俺まで笑いながらランチタイムを楽しんでいた。

 しかし、三人でいると決まって西崎達が加わって来るのだ。


「へー、風晴。今日は牛丼なんだ」

 トレーにカレーライスの皿をのっけた西崎が、諌矢の隣に座る。その横には須山をはじめとする男子や、他の女子も一緒だ。

 数日も経った頃には、窓際の長テーブルは俺達の専用席みたいな扱いになっていた。

 早めの時間に俺と赤坂、それに諌矢が席を取る。その後に西崎達が大挙するのを周囲が察したのだろうか。空いた席は西崎達が来るまで誰も座らないおかげで、最近はずっとこの面子で飯を食っている。


「風晴。英訳の課題は終わった?」

「一応な。何、西崎。写させろって?」

「へえ、言わなくても分かるんだ? さっすが」

 いつもの傲岸不遜っぷりが消え、諌矢に愛想よく微笑みかける西崎。

 何なんだろうね、この普段は見せない優しい一面的な顔。映画版のジャ〇アンをギャルにしたらこんな感じなのかな。

 俺の席を陣取ってる時もこれくらいソフトな対応してほしいものだ。

 しかも、西崎は率先して諌矢と飯を食いたがっているようにも見える。席が足りない時は何人か分散していくけど、彼女だけは諌矢の隣を常にキープし続けているのだ。

 他の女子達もそれは察していて、暗黙の了解みたいな扱いになっていた。

 諌矢抜きで食っていれば、西崎達が来る事も無いだろうし、赤坂にとっても食べやすい環境になるんだろう。しかし、そうなると今度は赤坂と二人っきりになってしまい、俺が気まずい。

 そのせいで、ダラダラとこんなやり取りが何日も続いているのだった。


「赤坂さん。今日はラーメンなんだ?」

「あー。一緒だね!」

 窓際から注ぐ陽光にキラキラ髪を輝かせ、竹浪さんと赤坂がはしゃいでいる。

 いや、赤坂は顔こそ笑顔だが、どこか表情が硬かった。無理してるっぽい。

 適当に相槌を打ちながら、いざラーメンを前にすると赤坂は動きを止める。


「あれ、食べないの? ……伸びちゃわない?」

 もう一人の女子がどこか気まずそうに笑う。


「赤坂。今日も調子悪いの?」

 その空気感に耐えられなくなり、俺は赤坂に話しかける。


「今日は何かお腹一杯かも……もう食べられないっぽい」

 と、あまりに不自然な理由をつけて席を立とうとする赤坂。


「えー、食べないの?」

「もったいな。ラーメンって結構高くない!?」

 女子の一人が呼び止めるのだが、トレーを持った赤坂の背中は無言で遠ざかっていく。


「なんなんだろうね」

「さあ」

 西崎と女子の数人は明らかに違和感を感じ取っているようだ。

 その後も似たような理由で赤坂は途中退席を続ける。




 ――そして、懸念は的中し、何故か俺の方が面倒事に巻き込まれたのだった。

 



 ある放課後。俺は忘れ物を取りに、元来た道を引き返していた。

 染みるような夕焼けを真正面から浴び、俺は自転車を立ち漕ぎして坂を上る。

 人気の失せた校内。それでも教室には女子が数人残っていて、その中には西崎の姿もあった。

 机の上に化粧品やら私物を置き、堂々と足を組み座っている。そこ俺の席なんだけどなあ。


「あれ、一之瀬君。忘れ物?」

「え、ああ。まあね!」

 西崎と仲の良い女子の一人が、俺に話しかけてくる。


「ごめん、西崎。いい?」

 西崎は流石に察してくれたのだろうか。座ったままの椅子を両手で持ち上げ、身体ごとずらす。意地でも席を譲る気は無いのかな。

 西崎は白い足を気だるげに組み替え、俺を横目で流し見る。


「何探してんの?」

「明日の数学の課題。やろうと思ってたけど、忘れたんだよ」

 俺は机をまさぐり、置き勉の束から課題の入ったクリアファイルを取り出す。

 ていうか、何で自分の机を見るだけなのに、こんなに気を使っているんだろう。

 理不尽さを感じつつも、一刻も早くこの場を去りたい。


「あんさー。一之瀬」

 足早に教室後ろ側のドアから出ようとする。そこに浴びせられる西崎の一声。

 スマホから目を離し、立ち上がった西崎は険しい顔をしていた。


「何かした?」

「ちょっと来てくんない?」

 素っ気なく言いながら、俺の横を通り過ぎていく西崎。

 教室を出ていく瞬間、甘ったるい匂いが俺の鼻腔を掠めた。


「なんなんだよ……」 

 西崎が俺を呼び出す理由が、さっぱり分からない。

 その疑問を投げかける為に取り巻きの女子に目を向ける。


「「……?」」

 しかし、彼女達も意図を察しかねているのか、顔を見合わせて首を傾げるだけだった。



 

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