第4話 友人から見た二人の話〈菜乃花〉
「天音、いなくなったって」
その言葉を聞いた時、「ああ、やっとか」という言葉が最初に胸の裡に浮かんだ。
天音が言った、『恋を終わらせる』という意味は、胸の奥に気持ちをしまい、ひっそりと諦めるか—————告白するか。
天音の様子を見るにおそらく後者だろう、と推察しつつも…………問題は、『もう片方』だ。
私—————日向菜乃花はそう考えたところで、そっと目を伏せため息をつく。
「アイツ、
「…………だろうね」
『もう片方』…………もとい瑠夏は、まあ簡単に言うならヘタレである。
チキンとも言っても良いけれど…………まあつまりは意気地なしということだ。
そう考えてもう一度ため息をつき、隣にいる
「『天音とはぐれた。そっちにいないか?』…………って、好きな人から目は離さないようにしなさいよ」
「ふっ、辛辣なご意見で」
「当たり前でしょ」
どれだけ私たちが苦労してきたか、と独りごちると、「ごもっとも」という声と共にもう一度頭上から笑い声が聞こえる。
それの返答として力強く
「いってえなぁ………。まあとりあえず橘さん見つけなきゃ話になんないでしょ」
「ああ。天音なら境内にいるよ」
「えっ? なんでわかんの?」
「GPS。天音、よく迷子になるから、お互い位置情報共有してるの」
「スマホってすげえ…………」
そうと決まれば瑠夏に連絡するか、とスマホを取り出す碧を横に、私はちらりとその人を見上げる。
いつもと同じ顔でゴソゴソとポケットを探るその横顔に、私は質問を投げかけた。
「…………碧は、随分と二人に協力するよね」
「—————それが、俺なりに友達を大切にする方法だから」
その言葉に私は微笑み、『碧らしい』と心の中でそう思う。
彼はやっぱり優しい、と再認識して目を細めていると視線を感じ、私は隣を見上げた。
「何?」
「いや? ただ、ちょうどだなと」
何が、と聞き返すまでもない。
時が過ぎるのも早いな、と私が呟くと、彼は同意するように声を上げた。
今でも時々、碧にあったばかりの頃を思い出す。
————進藤くんてさ、天音のこと好きでしょ。
親友の好きな人を好きになるなんて、と言った私の言葉に目を見開いたその人は、次の瞬間ふっと綺麗に微笑んだのを、今でも鮮明に覚えている。
『それは日向さんもでしょ?』と。
息を呑んだのは、図星である言葉か、美し過ぎる笑顔か。
どちらにせよ打つ手がなかった私はその言葉を素直に認めることになったけれど。
あれからもうかなりの時が経ったなと思いながら、ふっと前を見る。
そのまま微かに残る苦味と共に、私は碧に笑いかけた。
「まあ、『レジェンド』ですから?」
「あの二人、絶対俺らが長いからって理由でそう呼ばれてると思ってるよな」
中学の経緯を知っている友人たちがつけたあだ名は、同じ出身校の人によって名前だけ広められ、もはや形だけ残ってしまっている。
まあそれによってあの二人にバレなかったのは好都合ではあったけれど、不都合でもあった。
「もし私たちのことを知ったら、動いていたのかなあ、なんて」
「瑠夏はチキンだけどやるときはやるからな。…………チキンだから動くかどうかはわからんけど」
まあ、正直にいうなら可能性は半々というところ。
あの二人は、自分から一歩を踏み出そうとしない。否、自分から進むことができないのだ。
それが月日によるものなのか、精神的な思い込みによるものなのか、私にはわからない。
けど。
(だったら、私が背中を押してあげないといけないでしょ?)
碧とは違う形だけれど—————これが、私なりに友を大切にする方法だから。
「—————天音、明日の朝はもういないの。瑠夏に伝えてくれる?」
私がそう言って碧の顔を見ると、彼は驚いたように目を見開く。
その後何かを理解したように目を細めると、彼は「わかった」と告げた後に真面目な顔で前を見た。
「…………それはいいんだけど」
そして、口を開く。
「…………俺のスマホ、もう充電ない」
「馬鹿野郎だよ本当に」
◇◇◇◇◇
————瑠夏と天音が付き合うことになった。
長年見守ってきた友人たちがやっと想いを通じ合ったと聞いて、素直にそれが嬉しく思う。
…………と、いいつつ。
なんだかんだでこの二人は、良い雰囲気のカケラも出さず、今現在口喧嘩————痴話喧嘩と言った方が適切か————をしているわけだけれど。
「綿あめは!? じゃあ綿あめ!!」
「いやそれはそろそろ食べれるかなあって思って買っただけだよ」
「ざっけんな!!」
『あの頃』の私が見たら、今この景色をどう思っているだろうか、と。
そんな想像をしてしまった自分に、小さく苦笑した。
ただその傷が瘡蓋となるまで蹲るか————はたまた、同じく自身の親友の好きな人を好きになってしまったある種同類と言える人物と話すか。
そこまで考えたところで無駄と思考を止め、私はふと碧を見つめる。
視線に気付いた彼が私を見て首を傾げたため口を開こうとすると、その前に聞き慣れた大きい声が遮った。
「じゃあ、『明日いなくなる』って何!? おい碧!」
「いや、それは菜乃花に聞いてもらわないと」
微笑みながら二人のやりとりを見ていたけれど、ようやくこちらにお鉢が回ってきたらしい。
そう苦笑して瑠夏の方へと視線を移すと、大変ご機嫌斜めな様子の瑠夏と目が合う。
それにふっと唇の端を吊り上げて、私はニヤリと笑いかけた。
「ほら、天音は私と明日出掛けに行くから。明日の朝にはもういないよ?」
「やかましいわ!」
俺の勇気を返せ!! と叫んでいる瑠夏に「結果オーライじゃん」と肩を叩いている碧。
それをじっと見つめてから、私は隣にいる大切な人に声をかける。
『あの頃』の私が見たら、どう思うか?
そんなの考えたって無駄。
もし質問をするなら—————『あの頃』の私に対し、なんて言葉をかけるか。
「ね、碧」
「ん?」
そして今、昔の自分の想い人と親友の気持ちが通じ合ったことを、ただ喜ぶ。
首を傾げて不思議そうな顔をした愛しい人を見た後、目の前に映る幸せな景色を見つめ、私は静かに破顔した。
「—————おめでとう、お疲れ様って」
「…………ああ」
—————拝啓、3年前の私。
私は今、大好きな人と一緒にいます。
きっとそれは貴方が今想う人では無いかもしれないけれど————けれどその人も大切な人と寄り添い、これからの人生を歩いていきます。
私はもう、この二人の側にいることはできないけれど。
—————『見守るだけ』も、『ただ良い方向へと祈るだけ』も、「友を大切にすること」に含まれていたら良い。
そう考え、私はそっと私自身の大切な人と微笑んだ。
———————————————————————————
これにて完結となります!!!
3話から4話までの期間が空いてしまい、大変申し訳ございません!
今回は踏み出せない二人を題材にして書きました!! 書いててとても楽しかったです………!
少しでも「面白かった」と思っていただけましたら、星を入れてくれると大変嬉しいです!!
「男だったら絶対好きになる」と言った幼馴染、男だとわかった今も全然好きになってくれない件。 沙月雨@「自殺アイドル」連載中 @icechocolate
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