第58話 二人の夜

 式の後、我がナヴァール邸の広間では盛大な宴が開かれ、皆が遅くまで残り私たちを祝福してくれた。

 お義父様とお義母様はこの日屋敷に泊まることになり、早めに客間へお入りになった。そして皆にお披露目された小さなシャルロットも、乳母たちに連れられ早々に部屋に戻っていった。

 遠方から来てくれた客人のうち何組かは屋敷に、他の方々は街の宿に宿泊することになっていた。


「疲れただろう、エディット。体は大丈夫か?」


 深夜、宴がお開きとなり、皆がそれぞれ帰ったり客間に引っ込んだりして、私も湯浴みを済ませ部屋に戻ってきた。そこにマクシム様がお休み前のご挨拶に来てくれたのだ。


「ええ、大丈夫です。シャルロットもすやすや眠っているそうですわ。……今日はとても楽しかった。ありがとうございます、マクシム様。こんなに素敵な一日にしてくださって」


 嫁いできたばかりで私に友人や知り合いが一人もいなかった頃は内々で済ませようと言っていた結婚式を、「どうせならお前にとって最高の思い出となる一日にしよう」と言ってたくさんの友人を招くことを提案し、大聖堂の手配から何から考えてくれたのはマクシム様だった。華やかな場は苦手なはずの彼が。

 そしてお義母様の手も借りながら、今日まで準備を進めてきた。


「幸せそうに笑っているお前の顔を見ることが俺の何よりの喜びなんだ。今日は俺も楽しかった」


 どこまでも優しい私の頼りになる旦那様は、そう言うと愛おしそうに私の頬を撫で、そこにそっと唇を寄せた。


「客人たちの朝食の準備などは全て使用人たちがやってくれる。気にせずゆっくり休むんだぞ、エディット。……お休み」


 そう言うとマクシム様はいつものように私の部屋を出て行こうとする。私は思わず、それを引き留めた。


「ま、待ってくださいマクシム様……っ」

「……?どうした?」

「……っ、」


 大きな手をきゅっと握って引き留めたはいいけれど、何と言えばいいのか分からない。


 私の妊娠を知って以来、マクシム様と私は別々の部屋で眠っていた。……いや、違う。正確に言えば、出産までは夫婦の寝室で一緒に眠ってはいた。夜中に私の体調に異変があってはいけないからと言って。けれど、キングサイズのベッドで眠るのはいつも私一人。マクシム様はもう一つ小さめのベッドを寝室に運び込ませ、私が出産するまでずっとそこで眠っていたのだ。「俺のこのデカい体がお前の腹を潰してしまったら、俺はもう生きてはいられない」などと言って。

 そしてシャルロットを産んでからこの一年間は、突然別々の部屋で眠るようになった。私が夫婦の寝室で、同じベッドで眠ってほしいと頼んでも、


「……産後の体だ。まだ一人でゆっくり休んだ方がいいだろう」


と言っては出て行ってしまうのだ。何ヶ月経っても、それは変わらなかった。


 私のことが嫌になったのかと少し不安になったりもしたけれど、……冷静に考えれば、それは絶対に違う。そう言い切れるほど、マクシム様は私を日々溺愛してくれていたから。ほんの一日たりとも冷たくなったと感じた日はない。

 そしてある夜、いつものようにお休みの挨拶をしてくれるマクシム様の瞳の奥に宿るものを感じて、私は察した。……マクシム様はきっと、我慢してくれているのだと。産後の私の体が、まだ以前のように彼を受け入れることができないんじゃないかと、きっと考えてくれているのだろう。


(……本当に、どこまでも優しい人。聞いてくれればいいのに……)


 エディット、もうお前の体に触れても大丈夫か、痛みはもうないのかと。

 だけどきっとこの人のことだから、そう尋ねたら私が無理をしてでも承諾してしまうのではと恐れているのだろう。


 そう思うともう、この人のことが愛おしくて愛おしくて。

 私は彼の手を握ったまま、私を見下ろす彼の瞳をじっと見つめてみた。


「……っ、……どう、したんだ」


 途端に眦を朱色に染め、慌てたように目を逸らすマクシム様。そんな彼の姿を見ているうちに、私の心臓の鼓動がどんどん速くなり、気持ちが昂る。

 もう私から言うしかないのよね……?

 だけど、すごく恥ずかしい。

 私はマクシム様の手を握ったまま顔を伏せ、彼の体にピタリとくっついた。


「っ!エ……、エディット……」

「マクシム様……。私の体は、もうすっかり大丈夫ですから……。お願いです、今夜は、……今夜からは……一緒にいて……」

「…………っ!」


 マクシム様が一瞬硬直し、息を呑んだ。




 その夜、最初こそおそるおそる私に触れていたマクシム様の理性は、あっけなく崩れ去った。無我夢中で私を求めるマクシム様の体温と切羽詰まった息遣いは、私の体を熱く滾らせた。




 久しぶりに触れ合う素肌の心地良さに満たされ、互いを労るように何度も何度も唇を重ねながら、私はいつの間にか幸福な眠りの中に落ちていった──────





 

 

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