第57話 結婚式

 生まれたばかりの愛しい娘に夢中になっているうちに、月日はあっという間に流れていった。


 ナヴァール辺境伯邸はこの子が生まれてから一気に華やいだ。皆が目をかけ、可愛がってくれる。たくさんの優しい人々に見守られながら、我が子はすくすくと育っていた。マクシム様はもう目の中に入れても痛くない様子だ。


「おいで、シャルロット。……ふ。お前は本当に母に似ているな」


 毎日のようにそう言いながら、ようやく首の座った娘を抱っこするマクシム様の横顔はとても穏やかで、父親になってから初めて見せるその表情に何だかどうしようもなく胸がドキドキした。いつも私に向けてくれている優しい表情とも、また少し違う。彼のことが愛おしくてたまらない。


 そんなある日の夜、ふいにマクシム様が言った。


「オーブリー子爵家の姉妹だが、二人とも離縁されたらしいぞ」

「……えっ。そうなのですか……?」


 久しぶりに聞く彼らの話に心臓が跳ねる。……少し気になってはいた。結局あれから、あの人たちはどうしているのかと。


「ああ。徹底的に取り調べを受けたオーブリー子爵夫妻だが、過去から現在に至るまでやはりいろいろと汚い金の動きが露呈したようだ。かなりの額の罰金刑が課せられた上に、降格し爵位を下げられたらしい。今では名だけの男爵家だ」

「……そうですか」

「あの日、祝賀会の場では俺の言葉にまともに反論もできなかった奴らだが、結局取り調べでは、バロー侯爵夫妻の滑落事故への関与を否定し続けていたらしい。まぁ……、物的証拠が何一つ残っていない以上、それに関してはもうどうしようもないが、この国の貴族たちは皆察している。もう誰からも相手にされることはないだろう。社交の場にも当然呼ばれることもなければ、出てくることもなくなったらしい。一家で死ぬまでどこかに引きこもり、食うのもやっとの生活を送り続けるのだろう。……それが奴らに与えられた長い罰だ」

「……はい」


 小さく答えた私の頬にそっと手を当て、マクシム様は安心させるように微笑んだ。






 娘シャルロットが1歳の誕生日を迎える頃、ようやく私とマクシム様の結婚式が執り行われた。

 延期に次ぐ延期となり時間をたっぷりとかけられたことで、充分に準備を整えることができた。さらに今の私は交友関係も随分広がったため、とても身内だけの小さな式というわけにはいかなくなった。

 私とマクシム様の結婚式は、大規模で盛大なものとなった。


「はぁ……、なんて美しいのかしら。やっとね、エディットさん。やっと待ちに待ったこの日が……!」

「お義母様、何から何まで助けていただいて、本当にありがとうございました」


 ウェディングドレスを着た私の姿を見て、感無量といった様子でそう言ってくれるお義母様。このドレスはもちろんのこと、式に関する様々な準備を積極的に手伝ってくださった。


「シャルロットちゃんも可愛いわぁ~!まるで天使のようよ!ほら、見て、お母様のこの姿。……ね?とっても素敵よねぇ」


 お義母様はカロルが抱っこしてくれていたシャルロットにそう話しかけると、娘を受け取り抱きながら、私の近くに連れてきて姿を見せてくれる。白くてふわふわした生地のドレスを着せられた小さな娘は、キョトンとした顔で私の姿をジッと見つめている。その表情を見ているだけで頬が緩む。


「ふふ……。もうすぐお父様とお母様の結婚式が始まるのよ。おじいさまやおばあさまと一緒にお席で見て、おめでとうを言いましょうねぇ~」


 お義母様だってしっかりとドレスアップしてきてくださっているというのに、それが娘のよだれで汚れることなどまるっきり気にならないかのようにさっきから何度も抱っこしてくれている。シャルロットは皆から愛されて、本当に幸せな子だ。







「……本当に綺麗だ、エディット。こんなに美しい花嫁が、俺の妻とは……。言葉にならない」

「ふふ、ありがとうございます。マクシム様こそ、本当に素敵……」


 式場となったのはナヴァール辺境伯領内の大聖堂。その正面の大きな扉の前で私たちは見つめあい、互いの姿を目に焼き付ける。今日という特別な日のための衣装に身を包んだ私たち。きっと今日のことを、共に歩んでいくこれから先の長い人生の中で、何度も思い出しては語り合うのだろう。


「お時間でございます」


 声をかけられ、扉が開かれる。マクシム様の腕を取り、ドキドキしながら中に足を踏み入れた。

 列席者の人数の多さに圧倒される。あの祝賀会の日以来、私たちは多くの高位貴族の方々から親交を求められるようになり、今では私にもたくさんのお友だちができた。そんな人々が皆、今日の日を祝うためにこの辺境の地まで足を運んでくださった。


(……まるで自分の人生じゃないみたい……)


 この私が。幼い頃に両親を失い、ずっと養家の屋敷の中で寂しく生きてきた私が。

 愛してくれる家族も、友人も、誰一人いなかった私が。

 今こうして、誰よりも深く私を愛してくれる男性に導かれ、私と彼の幸せを祝ってくれるこんなに大勢の方々に見守られながら、永遠の愛を神に誓おうとしている。


 一歩ずつゆっくりと進みながら、感謝を込めて集まってくれた皆の顔を見渡す。親しくなったお友だち以外にも、セレスタン様たち騎士団の面々や、カロルとルイーズたちもいる。それにお義父様やお義母様と、お義母様の膝の上にいる、私の可愛いシャルロット。

 シャルロットの顔を見た途端、感極まって涙がじわりと浮かんできた。……この世界に、こんな幸せがあったなんて。




 誓いの言葉を述べ、互いの指に愛の証をはめる。マクシム様が私のベールを上げ、頬をそっと撫でると、そのままゆっくりと顔を近付ける。

 恥ずかしさと緊張で震えながらも、私は静かに目を閉じる。


 唇が触れ合った瞬間、大聖堂に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。




 


 

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