第54話 晒し者

 めでたい祝賀の場であるはずの大広間は異様な空気に包まれた。誰もが息を呑み、マクシム様を、いや、オーブリー子爵一家を凝視している。もちろん、国王陛下ご夫妻をはじめとする王家の方々も。

 この王国で最も高貴な方々と高位貴族の全員が今、オーブリー子爵一家を見ていた。

 マクシム様はさらに言葉を続ける。


「お前たち夫婦は元々領地経営が上手くいっていなかった。バロー侯爵夫妻がご存命の頃、何度も金の無心に侯爵邸へ通っていたそうじゃないか」


 アデライドとジャクリーヌが同時にえっ?と声を漏らす。そして真偽を問うように両親の顔を見つめた。


「聖人のようなバロー侯爵夫妻を騙し、言いくるめ、首尾よく何度かまとまった支援金を受け取り生活を助けてもらった。……にも関わらず、貴様らはその金を自分たちの贅沢やギャンブルなどに浪費し、やがてそれは侯爵夫妻の知るところとなった。バロー侯爵は貴様らを厳しく叱責し、そんなことに使うなら二度と金は渡さないと言った」

「ち!ちが……、全てデタラメだ……!」

「そっ、そうですわ……っ!こんな大勢の人々の前で、よくもそんな……根も葉もないことを……」

「調べはついていると言ったはずだが。証言してくれた当時の使用人たちが何人もいる。……何故だか彼らは皆、ある事故の後全員解雇され、それぞれ故郷に帰されていたがな」

「……っ?!」


 オーブリー子爵夫妻はギクッとばかりに肩を揺らし、目を見開く。周囲にざわめきが戻ってきた。え?何?どういうことだ?……そんな声があちこちから聞こえる。


「おや、随分分かりやすく動揺しているじゃないか、オーブリー子爵、夫人よ。あの事故について触れられるのは、そんなにも都合が悪いのか。……安心するといい。もう15年以上も前の出来事だ。ただの事故として処理されたものを、今さら掘り起こし殺人事件として貴様らを捜査することなどできまい」


(……っ!マ……マクシム様……っ)


 殺人事件。

 あまりにも衝撃的なその言葉に、一瞬にして大きなどよめきが起こる。オーブリー子爵夫妻が顔を見合わせ、必死の形相でマクシム様を見上げて抗議する。


「そっ!そこまでにしてもらおう!い、いい一体何の根拠があって、我々の名誉を傷付けるのか……っ!」

「そうですわっ!もう止めてっ!い、言いがかりにも程があ……」

「黙れ!!いくつもの証言を得たと言っているだろうが!!」

「っ!!」


 再び恫喝するマクシム様。その異様なまでの迫力に、広間はまた瞬時に静まった。軍神騎士団長の圧倒的な威圧感に、誰も逆らえない。


「困窮していた貴様は妙な連中と連絡を取りはじめ、屋敷の離れに招いては何やら密談していたそうじゃないか。そして何度もバロー侯爵邸の周囲の道をその連中を連れてうろついては馬車の中で何か相談をしていた……。それから間を置かず侯爵夫妻は滑落事故で亡くなり、何故だか当時のオーブリー子爵家の使用人たちが解雇され、それぞれ遠方の故郷に帰るよう指示された。……どうだ?思い出したか?当時の自分の行動を。お前はあくまで周囲に対しては経営状態が良く、潤っているかのごとくふるまい続けた。全てはバロー侯爵家の資産を使っての豪遊であったのにな」

「……はぁ……、はぁっ……」


 子爵夫妻の顔はもう土気色だった。オーブリー子爵は滝のような汗をかいている。額からツーと流れた一雫が目に入り、何度もまばたきを繰り返した。


「俺がエディットを貰い受けたいと申し出た時も、随分と渋っていたな。一生屋敷から出さずにいるつもりだったのだろう。だが俺が提示した支援金の額で、貴様らはあっさりとエディットを手放した。……短絡的で愚かな行動だったな、子爵よ。目先の金にばかり目がくらんで、いくつもの大きな判断を間違え続ける人生だったようだ。こちらが徹底的に調べたところによると、今現在もまぁ様々な不正を重ねているようじゃないか。領民たちから徴収している税金も随分ごまかしているな」

「……さ……最低だわ、お父様、お母様……!」

「そ、そうよ!最低よ!あ、あたしたち何も知らなかったわ……!まさか、お父様たちがそんなにひどいことをしていたなんて……!」


 周囲の侮蔑と敵意に満ちた視線の矢に耐えられなかったのか、アデライドとジャクリーヌが揃って両親を責めはじめた。自分たちは何も知らなかった、こちら側ではない、被害者側なのだとアピールしたいのかもしれない。

 けれど、それを見逃してくれるマクシム様ではなかった。


「そうか、お前たちは何も知らなかったのか、両親の愚行や浪費のことを」

「は、はいっ!さようでございますっ!ナヴァール辺境伯閣下。私たち今初めて両親の悪行の数々を聞きまして、もう気が遠くなりそうなほどにショックで……!」

「あたしもですわっ!!まさかそんな悪いことしてたなんて……!信じられないわ!」

「だがお前たちもエディットに暴力を振るっていただろう」

「……っ!い……、いえ……いいえっ!まさかそんな……、ひ……っ!!」


 慌てて否定しようとしたアデライドはマクシム様の顔を見上げ、恐怖に固まった。ジャクリーヌもガタガタと震えだす。姉妹の方に顔を向けた彼が、今どんな表情をしているのかこちらからは見えない。……けれど、向こう側の貴族たちが一様に凍りついているのを見ると、ある程度想像ができた。





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