第52話 断罪の時(※sideマクシム)

 俺たちが会場に到着してしばらくすると、王家の方々が大広間の中に入ってこられた。皆が出迎え、俺はエディットを連れて国王陛下ご夫妻の元へ向かい挨拶を済ませる。ガチガチに緊張してしまっているエディットが可愛い。王妃陛下などはもっとエディットと話したそうだったが、身重のエディットにこれ以上過度な緊張を与えるのは怖い。お二人に事情を説明し、今夜は長居できない旨を伝える。


「まぁ、おめでたいこと。心穏やかに日々を過ごして、元気な赤ん坊を産んでちょうだいね、ナヴァール辺境伯夫人」

「はっ、はい。ありがとうございます、王妃陛下」


 エディットが恭しくカーテシーを披露する。……可愛い。美しい。今夜のエディットの輝きは異常なほどだ。片時も目を離していたくはない。ずっとエディットの隣にいて、誰にも近づかせないように見張っていたい。


 しかし、そうも言ってはいられない。今夜の俺には大事な仕事がある。

 オーブリー子爵一家を、奈落の底に突き落とすという仕事が。


 そのために侍女たちだけでなく、セレスタンまで会場に同行させた。俺が離れた隙にエディットに近付こうとする不届き者が現れれば、そいつも奈落行きにせねばならない。そんなことにならないよう、セレスタンにはエディットのガードをしてもらうつもりだ。


「……。」


 国王陛下ご夫妻の前を離れ、エディットの手を取り移動する時に、わずかに視線を奴らに向ける。馬鹿みたいにド派手で下品な格好をしているから嫌でも目立ち、探しやすい。……案の定、愕然とした顔でこちらを凝視しているではないか。


 今どんな気分だ?


 お前たちが虐げ、散々粗末に扱ってきたエディットの、この見違えるほどの美しさを目の当たりにしてどんな気分だ?

 お前らなど口をきくこともできない高貴な方々に労いの言葉をかけられ、恭しく挨拶を交わすエディットを見て、何を思った?

 子爵夫妻のそばに立ちあんぐりと口を開け、まるで亡霊でも見ているかのような顔をしているそこの無様な姉妹。お前たちの結婚生活が幸せなものではないことも知っている。どうだ?長年下に見て虐めていた義理の姉が、妹が、お前らの配偶者よりも格段に裕福で有能な男に守られ、これほどまでに美しく輝いている姿を見て、悔しくてたまらないだろう。噂の恐ろしい辺境伯の元で、お前らのところにいた時と同様に苦しんで怯えながら暮らしているとでも思っていたか?


 残念だったな。


 俺はエディットを心から愛しているし、この世の誰よりも幸せにしてやるつもりだ。


(……そしてお前らは、今からこの世の地獄を味わうことになるんだ。お前らのような見栄っ張りで強欲な連中には最も辛い罰だろう)


 さあ、断罪の時だ。




 会場中の注目を浴びながら、俺はエディットを連れて広間の端の方へと移動する。何人もの列席者がエディットの美しさに感嘆の声を漏らし、見とれている。

 用意されていた椅子にエディットを腰かけさせ、セレスタンと侍女たちに目配せする。皆がすばやくエディットの近くに来て待機した。


「エディット、ここで少し待っていてくれ」

「マクシム様……?」

「お前は何も心配しなくていい。ただ毅然と座っていろ。あそこにいる奴らと、話をしてくる」


 俺が顎で指すと、エディットはハッとした顔をした。緊張して周囲に目を配る余裕などなかったのだろう。奴らの存在に、今初めて気付いたようだ。

 

「頼んだぞ、セレス」

「お任せを~。楽しみにしてますよ、ド派手な余興を」

「うるさい」


 一人緊張感なくヘラヘラと見送る部下を尻目に、俺は大広間の中央へ進み出た。と同時に、国王陛下が集まった列席者に向かって挨拶を始める。……実は陛下には事前に耳に入れてある。オーブリー子爵家のこれまでの、そして今現在も続く悪行や、十数年前のバロー侯爵夫妻の事故に対して大きな疑惑があることを。そして、この大舞台に奴らを呼び出し、断罪をしたいという旨を。

 侯爵夫妻の事故についての数々の証言のことを話すと、国王陛下の顔は怒りに強張った。


「皆、今日はよく集まってくれた。知っての通り、先日の南方での戦において、このマクシム・ナヴァール辺境伯率いるナヴァール辺境伯騎士団の見事な働きにより、我が国は大きな被害を免れることができた。それを祝し、今夜は皆でナヴァール辺境伯を称え、我が国の安寧が守られた喜びを分かち合いたい」


 国王陛下の挨拶が始まるやいなや大広間はまた静寂に包まれ、全員の視線が陛下に、そしてその後俺に移動する。準備は整った。

 俺は騎士の礼をとり、白々しくもこう述べた。


「我々騎士団の働きをお認めいただき、このような盛大な宴を開いていただけたこと、身に余る光栄に存じます。ですが陛下、宴の前に彼らと話をさせていただきたい。……オーブリー子爵と、その家族と」


 そう言うやいなや、俺は奴らの方に顔を向ける。間抜け面でこちらをポカンと見ていたオーブリー子爵一家は、俺の言葉に一様に目を見開き輝かせた。会場中の視線が、今度は一斉に彼らの方を向く。

 俺が自分の前を手で指し示すと、彼は途端に胸を張り、得意満面といった様子で堂々とこちらに進み出てきた。子爵夫人も大仰に顎をツーンと突き出し、これ以上ないほど鼻につく態度で偉そうに歩いてくる。娘二人もニヤニヤしながら嬉しそうに、またその夫たちもそわそわと落ち着かない様子で付き従ってくる。


 さて、始めるか。


 ようやく目の前にやってきたオーブリー子爵一家を見下ろし、湧き上がる怒りをなだめながら、頭の片隅をかすかな不安がよぎった。


(今からここで起こることを見て、エディットが俺に対して怯えたり幻滅したりしなければいいのだが……)





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