第51話 あれは、誰?(※sideオーブリー子爵夫人)

 祝賀会の日、私と娘たちは目一杯ドレスアップした。今夜列席する他のどのご婦人よりも目立たなくてはいけない私は真紅のドレス。大きな栄誉にあずかるナヴァール辺境伯の姻戚として恥ずかしくならないよう奮発して作らせたものだ。アデライドも目の覚めるようなライムグリーン、ジャクリーヌはショッキングピンクのドレスだ。

 これくらい派手でいい。会場の誰よりも目立って、高位貴族の連中からも羨ましがられなくては。どんなに恐ろしい男だと噂されていても、相手は広大な土地と多額の資産を有するナヴァール辺境伯。そして今夜は国王陛下ご夫妻から直々に褒め称えられる方。そこに娘を嫁に出すことができた私たちこそが勝ち組なのだと、しっかりアピールしてこなくちゃね。

 周囲からの称賛や羨望、嫉妬の眼差しを想像しただけで、頬が緩みそうになった。




 夫や娘の夫たち男連中もそれなりに着飾らせ、一家総出で乗り込んだ馬車を走らせ王宮の門をくぐる。ぞろぞろと連なり、胸を張って会場となる大広間へと足を踏み入れた。


「お母様……っ!すごい数だわ、見て!」

「落ち着きなさい、ジャクリーヌ。あまりキョロキョロしないで、みっともないから。堂々としているのよ」


 はしゃぐジャクリーヌをたしなめていると、アデライドが満足気に言う。


「……それにしても、伯爵家以上の家柄の貴族たちばかりじゃないの。私たちはやっぱり特例なのね。鼻が高いわ。……あのみすぼらしい義妹のおかげっていうのが癇に障るけれど」

「馬鹿言わないで、アデライド。あの小娘のおかげなはずがないじゃない。育ててきてやった私たちオーブリー子爵家の手柄よ」

「たしかにそうだわ。お父様とお母様が不幸なあの子を見捨てずに拾ってあげたおかげで、あの子は辺境伯に嫁げたんだものね」

「そういうことよ」

「まぁ、向こうで普段どんな扱いを受けているかは分かったものではないけどね、ふふふ」


 すでに大勢集まっている列席者の面々は、皆楽しげに談笑しながら国王陛下ご夫妻の到着を待っているらしい。私たち一家も固まってその時を待つ。時折周囲の高位貴族たちがチラチラと値踏みするような視線をこちらに送ってくる。……ふん、どうせ「どこのどいつだ?」ぐらいに思っているんでしょう。今に見てなさい。辺境伯が現れたらご挨拶するわ。驚くでしょうね、親しげに会話をする私たちを見て。


 そんなことを考えていた、その時だった。


 賑やかだった周囲のざわめきが突然止み、皆が一斉に広間の入り口の扉に視線を向ける。何事かと思って私もそちらの方を見た。


 すると…………、


「……っ、」


 心臓がドクリと音を立てた。一際存在感を放つ大きな体躯の正装した騎士が、圧倒的オーラをまとってこの会場に姿を現したのだった。真っ白な衣装に身を包んだその立派な騎士がナヴァール辺境伯であることに気付き、息を呑む。……なんという神々しさ。あんなにも素敵な方だったかしら。遠目に見ているとその背の高さやスタイルの良さに惚れ惚れしてしまう。


(……ん……?)


 少しして、私はナヴァール辺境伯の隣に一人の女性がくっついていることに気付いた。辺境伯があまりに大きいものだからそちらにばかり目が行ってしまい、気付くのが遅れた。


(……あれは、一体誰なの……?)


 その女性のあまりの美しさに、一瞬誰だか分からなかった。それが私たちが育ててきたあのエディットであることに気付いた瞬間、頭を重い鈍器で思い切り殴られたような衝撃が走った。


 真っ白で艷やかな肌。頬も、首筋も腕も、どこもかしこも日々丁寧に磨き上げられていることがひと目で分かるほどに輝いている。繊細に編み込まれしっとりと流れる栗色の髪も、うちにいた頃とは比べ物にならないほどに美しい。そして何より、彼女が身に着けているサファイアブルーのドレス……。その柔らかな生地の上にはさらに幾重にも重ねられたオーガンジー。凝った銀糸の刺繍はいつまででも見ていられるほどに手の込んだ丁寧なものだった。そのドレスのどこを見ても、そしてパールのアクセサリーの数々も……、とてもうちなんかには手が出せないような高価な品々であることが分かる。

 あんなに痩せっぽちで、目の下にクマを作って働いていたはずなのに。

 ボサボサに傷んだ髪を無造作に束ねて、ボロを着て、あかぎれだらけの指先で毎日雑巾を絞っていたのに。

 私たちにビクビク怯えるばかりだったくせに。

 今のあの子の美しさはどうだろう。うちの娘たちよりもはるかに……、いや、この会場の誰も太刀打ちできないほどに輝いているではないか。


 ナヴァール辺境伯は歩みを進めながらも、時折とても穏やかな表情でエディットの方に視線を送り、あの子と目が合うと安心させるように微笑んでいる。

 エディットはエディットで、あの恐ろしい辺境伯の腕を取りしっかりと寄り添っては、時折彼を甘い視線で見つめ、堂々とこの大広間の中を歩いていく。


(……何よ、あれ……。何なのよあれは……っ!)


 誰がどう見ても、ナヴァール辺境伯から愛され、大切にされているのが伝わってくる。


 資産も権力もある立派な男のそばで、幸せそうなオーラを漂わせながらこんな華やかな場に臨むエディット。


 にわかには受け入れがたい衝撃だった。


「お……お母様……!あれ、あいつよね?エディット……よね?何なのあれ……。何であの子、あ、あんなに……」

「皆がじっと見てるわ……、あの子のことを……。それに、あれ、……あの子のあのお腹……」


 狼狽える娘たちの言葉など聞かなくても、気付いていた。

 胸下で切り替えられたデザインのドレス。その柔らかで繊細な生地に包まれたお腹の辺りが膨らみ、片方の手をそこにそっと当てているエディット。


 エディットは、ナヴァール辺境伯の子どもを身籠っていた。





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