第46話 祝賀会への招待

「すごいですね、マクシム様……!おめでとうございます!」


 マクシム様のお部屋でその書簡を読ませてもらった私は、興奮して手が震えた。けれどマクシム様は淡々としたものだった。


「ああ。……まぁ、王国騎士団が到着する前にすでに俺たちで鎮圧していたからな。そんなに大きく騒ぐほどのものでもなかったのだが」

「そんなこと……!それはマクシム様がすごいからです!マクシム様と、騎士団の皆さんがずば抜けてお強いからですわ。本当にすごいです!」

「……お前にそう手放しで褒められると悪い気はしない」


 そう言って嬉しそうに微笑むと、マクシム様は隣に座っている私の額にキスをする。


「本当は俺はパーティーだの夜会だの、貴族が大勢集まる華やかな場が苦手なんだが」


 ……あ、そうか。そういえば、マクシム様は社交嫌いだと評判だとか……。あまり人前に姿を現さないために武勲ばかりが一人歩きして、氷の軍神騎士団長だの、他にも各地でいろいろな二つ名があるんだっけ。


「……お嫌ですか?祝賀会」


 私の問いに、マクシム様は口元に手を当てながらしばらく無言で何やら考えていた。


「……いや、今回はありがたくお受けするとしよう。……ようやく千載一遇の好機がまわってきたといったところか……」

「……?」


 何のことだろう。マクシム様は難しい顔をしてまだ何やら考え込んでいる。そしてふいに私の方を見ると、いつものように優しく声をかけてくれる。


「エディット、この招待は俺とお前、夫婦二人で出席するようにと記してある」

「ええ。拝読しました」

「俺がようやく妻を娶ったというのに一度も夫婦で社交の場に姿を現さないから、国王夫妻もお前を紹介しろと仰っているのだろう」

「マ、マクシム様は、国王陛下ご夫妻と、その、懇意にしていらっしゃるのですか……?」

「ああ。まぁ、ナヴァール家は曲がりなりにも辺境伯の爵位を賜わった家柄だからな。俺よりも父の方が陛下とは懇意だが」


 し、知らなかった……。

 マクシム様もお義父様も、そんなにすごい人たちだったんだ……。

 もちろん、辺境伯という地位がどれほど高位のものであるかは分かってはいたけれど。国王陛下と親しくされているなんて、すごい。

  

 私がそんなことを考えてドキドキしていると、マクシム様がいつになく真剣な表情で私を見つめて言った。


「……だが、お前は今普通の状態じゃない。腹の中に子を抱えたその体で王宮までの長旅となると、大きく負担がかかるだろう。それに王宮で開催される祝賀会ともなると、かなり大規模なものだ。おそらくは大勢の貴族で溢れ返る。そのような場に出席するとなると、精神的な負担もお前にとってはあまりに大きいだろう」

「……マクシム様……」


 たしかに、想像しただけでも緊張する。

 オーブリー子爵家から初めて外の世界に出て参加させられた、あの日の夜会を思い出す。きらびやかな広間、見たこともないほどの大勢の人々。その誰もが豪奢に着飾り、凛とした堂々たる佇まいで、自分がひどくみすぼらしく場違いに感じられて、怖かった。知らない男性から何度も声をかけられ、ろくに挨拶や返事をすることもできず、極度の緊張で醜態を晒した。

 マクシム様とセレスタン様が、そんな私をその場から目立たぬように連れ出して助けてくださったんだっけ……。

 そしてオーブリー子爵邸に帰宅後、ひどく叱られ折檻された。


 苦い思いであの日のことを振り返っていると、マクシム様が俯いた私の顔を気遣うように覗き込む。


「だから無理はさせたくない。今回は俺だけが参加してこよう。国王夫妻にお前を紹介する機会なら、また別に巡ってくるだろうからな」

「……。」

 

 マクシム様の気遣いはありがたかったけれど、私の心はその提案を拒否していた。

 夫の武勲を王国の貴族たち皆で盛大に祝おうとしてくれている祝賀の場に、妻である私が行かないのは嫌だった。しかも、国王陛下ご夫妻から招待を受けているというのに。

 体調ならもう安定している。お医者様のお墨付きだ。もちろん無理はできないけれど、そんなに長時間でなければ、マクシム様の隣に並んで祝賀会に出席し夫の顔を立てるくらいのことはできるはず。


(す、すっごく緊張するけど……)


 私は意を決して自分の気持ちをマクシム様に伝えた。


「……私も、お供させてください、マクシム様。祝賀会の最後まではいられないかもしれないけど、せっかくマクシム様が皆から称えられ、祝っていただける晴れの舞台ですもの。マクシム・ナヴァール辺境伯の妻として、私もその場にいたいのです」

「……エディット……」


 私の決意を確かめるようにしばらく私の瞳をジッと見つめていたマクシム様はその後、「ありがとう。だが、少し考えさせてくれ」と言い、私の頭をそっと撫でた。

 身重の私を連れて行くことが、やっぱり不安なのかしら。ゆっくり考えて決断したいのかもしれない。


 そう思っていたけれど、その夜、マクシム様は私に切り出した。


「エディット、……お前に大切な話がある」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る