第45話 過保護な夫

 翌朝マクシム様は早馬を出し、すぐさまお医者様を呼び寄せた。

 そして根掘り葉掘り私の体のことを聞き、腹の子は無事なのか、いつ生まれるのか、これからどう過ごせば安全なのかなど、何度も何度もお医者様に説明させていた。ついにはお医者様も呆れてため息をついた。


「……ご当主、落ち着かれよ。ごく普通の妊娠です。何の異常も見当たりませんぞ今のところ。早馬が来た時には何事かと焦りましたが……はは」

「今のところとは何だ!何かあっては困るから聞いているんだ。エディットの体はこんなにもか細くて繊細なんだぞ。本当に、ちゃんと無事に出産ができるのだろうな。食欲もなく、食べ物を見ただけで吐き気が込み上げてくることもあるんだ」

「ええ、ですから今はその時期だと。女性は皆通る道ですぞ。もうしばらくしたらまた体調も安定してこられますので……」

「もうしばらくとはいつだ。今朝も、……可哀相に、果実水しか口にしていない……。このままではますますやせ細ってしまう。これが本当に普通の状態なのか?赤子は大丈夫なんだろうな?!」


「…………。」


 だんだんとこちらの方が恥ずかしくなって、私は真っ赤な顔で俯いた。……なんて過保護なんだろう。妊娠についてあまりよく知らなかった私でさえ、こんなに騒ぎ立てるようなことじゃないと分かる。今朝も大丈夫ですと何度も言ったのに……。

 こんなにも私のことを心配してくれているんだというどうしようもない嬉しさと、お医者様への申し訳なさや恥ずかしさで、頭の中がパンパンだった。




 その後ようやく解放されたお医者様が帰っていった後、マクシム様は私を抱きかかえるとぶつぶつ言いながらどこかへ運び出す。


「何故毎日往診はしないなどと……。いつ何があるか分からないだろう。……ったく」

「マ、マクシム様……。普通は毎日往診などしないのです。異常がなければ皆ひと月や数週間に一度程度診てもらったり、そんなものだそうですよ。お医者様も仰ってたでしょう」

「だがお前はこんなにも繊細でか細いんだ。心配にもなる。……ほら、少し横になっていろ」


(……え?)


 気付けば私は朝起きたばかりのベッドの上に横たえられていた。


「マクシムさま……っ、大丈夫ですから。お医者様もカロルたちも言っていました。日常生活はごく普通に……」

「こら、起き上がるな。さっきずっと座っていたから疲れただろう」

「い、いえ、全然疲れてなど……」


 私の言葉が聞こえなかったかのように、マクシム様は起き上がった私をそっと寝かせると、額に優しくキスをした。


「……俺の可愛いエディット。ありがとう、俺の子をその身に宿してくれて。ますますお前が愛おしくてたまらない」

「……。あの、」

「大丈夫だ。お前はただ毎日ゆっくりと過ごしておけ。お前の体は俺が守る」

「…………。」


 まさか、これから出産の日まで毎日こうして寝たきりの生活を送れと……?


 愛されて大切にされているのは痛いほどよく分かるけれど、これはいくらなんでも過保護すぎる。


 困り果てた私は、「お義父様とお義母様にも報告しましょう」と言って、翌日手紙を書いた。本当はお腹の状態がもう少し安定するまで伏せておくべきだと思っていたのだけれど、マクシム様があまりにも過保護だからお義母様に助けを求めたかったのだ。


 数日後、お義母様から返事が届いた。マクシムも無事帰還し、あなたのお腹には新しい命が宿り、こんなに嬉しい知らせはないわ。これでまた結婚式は延期ね、だけど出産後でもいいわ、こうなったら準備にたっぷりと時間をかけて盛大にお祝いをしましょう。どうか心安らかに日々を過ごしていてね、との温かいお言葉が並んでいた。

 そしてマクシム様宛てに、「妊婦だからといってあまり安静にし過ぎて動かないでいると逆に体に良くない。体力や筋力が落ちるし、出産が遅れたり難産になる場合があるぞ」との脅し文句のような忠告が書かれてあった。

 その手紙を読んで以来、相変わらず常に心配そうではあるけれど、マクシム様の私への過保護がだいぶマシになった。


(さすがです、お義母様……。ありがとうございます)






 それから二ヶ月ほどが経ち、私の体調もしっかりと安定してきた。食事は美味しいし、以前にも増してよく食べられるようになった。私がパクパク食べる姿を見ているマクシム様は、本当に幸せそうな顔をしていた。

 

「……だいぶ膨らみが目立ってきたな」

「ふふ。ええ。そうですね」


 背後から私を抱き寄せて私のお腹をそっと擦るマクシム様は、時折感慨深げにそう言って喜んでいた。


 領地を遠方までまわることは控えたけれど、無理のない程度に勉強を続け、書類を捌く仕事もし、毎日が充実していた。




 そうして出産の日を夫婦で心待ちにしながら日々を過ごしていると、ある日王宮から一通の書簡が届いた。




 それは先日の南方での戦におけるナヴァール辺境伯私設騎士団の働きを労い、武勲を称賛し王宮で祝賀会を開くという知らせだった。




 


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