好き好きお兄ちゃん♡、あるいは野獣の目覚め

さざれ

好き好きお兄ちゃん♡、あるいは野獣の目覚め

 その日、飯塚恭平は初めて親に反抗した。


——


「……久しぶりだな」

 高卒で就職することになり、それを機に1人暮らしを始めて早5年。

 妹の一葉が自宅療養になったから顔を見に来いと両親から電話があり、恭平はしぶしぶ実家に帰ってきていた。

 正直なところ、恭平は実家に良い思い出を持っていない。

 両親ともに医者で共働きの飯塚家では、幼い頃から家事は恭平の仕事だった。

 さらに病弱な一葉は幼い頃から難病のために入退院を繰り返し、その介護も家事の内。

 ヤングケアラーという単語を知ったのは高校を卒業してからだ。

 それに……と、バッドにハマりかけた思考を恭平は頭を振って追い出す。

 両親は所用で不在の様だし、妹の顔を見たらさっさと帰ろう。

「安定はしてるけど、余命半年ですって。だからお父さんとも相談して、自宅療養にしてもらったの」昨晩電話したとき、母は殊勝にも涙声でそう言った。

 何千万も治療費のかかる難病治療のために寸暇を惜しんで働いていたが、つい先日一葉の介護に専念するため病院を辞めることにしたらしい。

「最期まで……あの子に付き添って。母親らしいことしてあげたいって、そう思ったの」

 恭平はその言葉に、静かに唇を噛んだ。

 言ってはダメな言葉が出ないように。

 いつものように、きつく噛んだ。


―—


 自宅療養のためかバリアフリー化された部屋の中央にベッドにはベッドが鎮座しており、一葉はそこに腰かけていた。

「や、兄貴」

 部屋に入ってきた恭平に、一葉は片手をあげる。5年前と変わらない口調だった。

 だが身体は長い闘病生活でやせ細り、まだ17歳というのに頬がこけたせいで老婆のような臨死めいた雰囲気すらまとっていた。

「よう一葉、5年ぶりだな」

「そうだよクソ兄貴。全然帰ってこないんだからさ、薄情者~」

 お前の治療費のために休日出勤してたせいだ。

「すまんすまん、悪いとは思ってるんだぜ」

 恭平が下手に出るのをいい事に、一葉はうだうだと憎まれ口を叩き始めた。

 実のところ、恭平は一葉のことが苦手だった。

 口を開けば罵倒ばかり、何より自分が病弱なのをいい事に幼い頃からわがまま放題だ。

「ねえ兄貴、聞いてる?」

「ああ、もちろん」

 聞いているわけがない。

 フリだけだ。

 幼い頃から妹の介護ばかりしていた恭平の、唯一身に着けたと言って良い特技だった。

 だが、

「ねえ、兄貴」

 そう言って熱っぽい視線を向ける一葉に、恭平は嫌な予感を覚えた。

「私ね、小さい頃からずっと学校行けてなかったじゃん。だから私にとって世界って言ったら、この家の中か病院くらい。普通の女の子だったら部活したり勉強したりしてた時間も、私はベッドの上で寝てるか薬飲んでるかくらいしかしてなかったの」

 言いながら一葉は、ベッドに腰掛ける恭平の手に、骨ばった指を這わせた。

「でもね……恋は、出来たみたい」

「……は?」

 唖然とする恭平に、一葉は続ける。

「私ね、ずっと兄貴の事が好きだった。子供の頃から、ずっと。お父さんよりも、お母さんよりも近くて、私のそばにずうっといてくれた人」

 薄っぺらな告白の言葉に、恭平は軽くめまいを覚えた。

「待て待て、何言ってるんだ。実の兄妹でそんな関係になれるわけないだろ」

「でも私には兄貴しかいないもの」

「だからって……」

「ねえ聞いて。お母さんから聞かなかった?私、余命半年なんだよ。それ聞かされた時、真っ先に誰の顔思い浮かべたと思う?兄貴の顔だよ。逢いたくてたまらなくなった。デートしたり、おしゃべりしたり、一緒にお昼寝したり。そういう夢ばっかり見るようになった」

「……」

「だから、兄貴にお願いがあるの」

「お願い……?」

「うん……私の処女、貰って欲しいの」

 恭平は戦慄した。

 あの苦手だった妹が自分のことが好きで、あまつさえ処女を奪ってくれだって?

 セックスをしろと?

「ダメ……かな?」

「ダメだ」

「でもさ、お父さんとお母さんは良いって言ってたよ?」

「…………は?」

 恭平の思考が止まった。

「私ね、兄貴の事お父さんとお母さんにも相談したの。そしたら喜んでくれてさ……『一葉が恋をしたなんて』って!それで、是非気持ちを伝えた方がいい。って」

「いや、それは、介護とか……」

「介護じゃないの。ちゃんと私のこと好きになって。私だけを想ってセックスして」

 一葉はガサガサに乾燥した唇でそんなことを言う。

 やや血走っているように見える目をじいっと恭平の方へ向けて。

 やせこけた頬は、やや上気して桃色になっている。

 そして骨ばった指を恭平の手に絡ませ―—、

「……気持ち悪い」

「え?」

「さっきからッ!気色悪いんだよお前ッ!!」

 瞬間、恭平は一葉の手を振り払うとそのまま床に押し倒した。

「あ、兄貴……」

「うるせえよ」

 そしてそのまま振り上げた拳を一葉の鼻っ柱に叩きつけた。

「ぎぎゅあ」

「カエルみてえな声出してんじゃねえよ」

 そういうと恭平は、さらに一葉の顔面に拳を振り下ろす。

「てめえはっ!哺乳類だろうがっ!豚みてえな悲鳴をっ!上げろってんだっ!」

 涎を垂らしながら恭平は支離滅裂な言葉と共に執拗に殴打した。

 気づけば一葉の顔面は血みどろになっていた。鼻の骨は折れ、唇は切れて歯が見えている。目からは夥しい量の涙が流れたが、それでも洗い流せないほどの量の鼻血が噴き出している。

 だが恭平の拳も、人を殴り慣れていないせいか皮膚が切れて出血していた。

 恐らく一葉の歯にでも当たって切れてしまったのだろう。

 舌打ちをしつつ、恭平は手近にあった救急箱からガーゼと包帯を取り出し自分の手に巻いた。

 想えば恭平がここまで自分の感情を表に出すのは初めての経験だった。

 家に妹と2人きりで何日も放置された時も。

 医療費がかさむからと大学進学費用を出してもらえず、泣く泣く高卒で働きだしたときも。

 挙句興味のない職種で働くことになり、毎日の労働で心をすり減らすときも。

 憤怒。

 恭平にとって、それは最上の快楽をもたらした。

 と、そこで恭平は次の一手を思いついた。

 とりあえず延長コードで一葉を適当にベッドに拘束すると、

「おい、一葉。このままお前の処女卒業させてやるよ」

 そういって台所から拝借してきた瓶ビールを取り出した。

 中身を一葉に無理やり飲ませると、空になった瓶を弄びながら、恭平は「喜べ」という。

「今日のお相手はこいつだ」

 そういうや否や、恭平は一葉の股座にビール瓶を捩じりこんだ。

「ッ——!あぎゃあああああああ」

「うるせえな」

 アルコールが回り筋肉が弛緩しているのか、ビール瓶はズブズブと膣内に侵入する。

 だが太すぎるのか、途中で止まってしまった。

「俺が処女卒業させてやってんのに何で奥まで咥えねんだよ」

 恭平はため息を吐きながら、次なる一手を打つ。

「あ、兄貴……それ……」

「ん?スレッジハンマー。庭から持ってきたんだよ」

 1mほどの木製の柄の先に、3kgの金属塊が取り付けられたソレを見て、一葉は激しく首を振った。

「やだ、やだやだ、やだやだやだやだ!」

「おお、流石に気づくか」

「なんで!?なんでこんなことするの、兄貴ずっと優しかったじゃん!!ちっちゃい頃から一緒で、私のわがままもみんな笑って許してくれて……なのに……」

「……」

 淡々と準備を済ませると、恭平は無言で瓶底を叩いた。

 幸運にも瓶は割れなかったが、その先は確かに一葉の骨盤を広げ、子宮を潰し、鳩尾下まで数多の臓器を圧し傷つけながら侵襲する。

「――――!」

「お前、兄と妹の禁断の愛だとか。そういうの夢見るタイプだろ。笑わせんな」

 そして恭平はスレッジハンマーを振り上げ、

「お前のことは、ずっと気色悪くて仕方なかったよ」

 下腹部に叩きつけられた金属塊は肉を破り骨を砕き、中の瓶を割ってベッド上に中身全てをばら撒いた。

 さっきまで元気に抵抗し、悲鳴を上げていた一葉は、もう動かない。

 絶命した。

 初めて親に反抗したその成果を見て、恭平はたまらず射精した。


 以上が、“捻じ込み魔”飯塚恭平の最初の殺人の顛末である。

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