ジト目な天使様と彷徨える迷い子
水定ゆう
私が出会ったのは天使様?
私は暗闇の中を彷徨っていた。当てもない暗闇の世界。だけどそこは単なる闇ではなく、私のことを受け入れるみたいにフワフワとしていた。
「ここは何処なの?」
私が口ずさんでみるものの、何も声は返ってこない。つまりは誰も知らないし、教えてもくれない。
周りを見回せば何もなく、漣のような闇だけがそこにはある。
「怖いけど、不思議な場所だけど、なんだか体が軽くて楽かも」
ここにいるのいつもの自分じゃないみたいに感じた。
それだけ不思議な場所で、私自身がとても軽い。
気持ちが良くなるほどで、フワリとステップを踏めば浮かび上がりそうだ。
「軽い。軽い軽い。このまま何処にだって……」
未知の体験に錯綜する中、私は気持ちが良くてはしゃいでしまう。こんな経験、一体いつぶりだろうか。
随分と長い間動いていなかった気がしてならず、あまりの快感に私は自分を見失いそうになる。
そんな思いの中、ふと私のことを呼び止めるものがあった。
ソッと触れたのは純白の翼。足を掴むと、軽く飛び上がった体を引き戻す。
「うわぁ!?」
何が起きたのか分からない。
だけど私は突然の重力に苛まれ、地面らしき場所に落下する。
ふと視線を上げた。一体誰が掴んだのか見たかった。
しかしそこに居たのは意外過ぎる子で、何と少女だった。しかし外観も特徴的過ぎて、私は呆れ顔できょとんとしたまま尋ねる。
「だ、誰ですか?」
私が尋ねると、少女はジト目で私のことを見つめる。
不思議そうなのか、それとも憐んでいるのか。
何が如何なったのか分からないけれど、少女は私の問いに真面目に答えた。
「私はガブリエラ。ガブリエラ・アクアリュウム。本物の水の天使」
「て、天使様?」
私が出会った少女は、自分のことを天使と名乗る。
だけどそう言われればそうにも見えてしまう。
それだけ可憐な少女で、格好も背中の翼も、何もかもが天使のそれと酷似していた。
「天使様がどうしてここに?」
「それは私が聞きたい。ここは貴女みたいな人はいちゃいけない場所。すぐに帰るべき」
天使様は私にそう答える。
一体全体何が何だかさっぱり分からない。
体がやけに軽く、不思議なことばかりだけど、帰るとはなんなのかと意味を考えてしまう。
「天使様、帰るとは?」
「貴女には帰るべき場所があるはず。それを見ようとしていない」
「えっ?」
見ようとしていない。帰る場所を見ていない。
余計にこんがらがることを言われてしまい、私は呆然と立ち尽くす。
しかし天使様は私にこうも続ける。
ソッと指を指すと、何かもの言いたげだった。
「後ろを見て、見えるはず。貴女の帰るべき場所」
「私の帰るべき……」
私が踵を返して振り返ると、そこには眩い光があった。
私のことを待ち焦がれているみたいにも見える。
一体あの強い光の正体は何? 私が気になり凝視すると、目よりも先に耳に声が届く。
「お……ちゃん」
「母……ん」
「者……さん」
一つだけの声じゃない。複数の声が聞こえていた。それが幾重にも重なり合うと、私のことを呼んでいるように聞こえて仕方ない。
もしかするとあれが私の帰るべき場所?
そう気がついた瞬間、光はより一層強くなる。
「あれは貴女の帰るべき場所。こんな不安定な場所にいつまでもいる意味はどこにもない。だから帰って」
「て、天使様は?」
「私は平気。私は貴女みたいな迷い子を届けるのが役目。だから、早く帰るべき。ほら、私が背中を押してあげるから、強く念じて」
天使様は私の背中を強く押す。
純白の翼から青白い水流が迸り、私のことを支えた。冷たい。だけど温かい。何とも言えない感覚に浸ると、声がより一層はっきりと聞こえた。
「お婆ちゃん!」
「お母さん!」
「患者さん、患者さん、聞こえてますか! ゆっくりでいいので返事をしてください!」
たくさんの声が私のことを呼んでいた。
それは必死になって私の名前を叫んでいる。
目の前には光が浮かび上がる。
眩しい程の輝きが私のことを呼んでいる。
とても温かく、私はソッと手を伸ばすと、背中を押された感覚になる。
「天使様?」
「帰る場所がある。だから帰らないといけないの」
顔はもう見えない。けれど確かなものがある。
私はゆっくりと背中を押されると、光の中へと姿を消した。
「ううっ……」
「お婆ちゃん!」
「お母さん!」
そこに映り込むのは、私の娘と孫の姿。
隣には看護師さんの姿もあり、白い天井と点滴の姿がある。
「ここは、それに……」
私は訳が分からず困惑していると、涙ぐむ娘達が必死に説明してくれた。
ここは病院。危篤状態だった私の傍でずっと声をかけ続けていたこと。私を呼んでいた声、それは愛する家族のものだった。
「そうかい。ありがとう、もう心配は要らないよ」
「お婆ちゃん!」
「お母さん!」
大粒の涙が溢れる。もう前が見えない娘達。
私は必死の思いで大丈夫と伝えると、そんな顔色の中に、看護師さんが驚く。
「すみません、一体なにがあったんですか?」
如何にも本当に危険な状態だったらしい。
命の危機の瀬戸際まで来ていた。
そんな中目を覚ましたことは、流石に驚かれても無理はない。
「天使様に……」
「はい?」
「天使様に助けてもらったんですよ。天使様が、私に帰るべき場所があると教えてくれたから、それで今こうして、家族の前にいるんです」
私は看護師さんにそう伝える。
しかし意味が伝わっていない。信じては貰えない様子だ。
けれどそんな話は如何でもいい。
私はこうして家族の下に帰ることができた。
今はそれだけで幸福で、私は誰かに支えられていると気がつけたのだから。
ジト目な天使様と彷徨える迷い子 水定ゆう @mizusadayou
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