第7話 異世界転生者の心中

『わぁぁっ、これ異世界転生ってやつじゃん! ゲーマーだった私が異世界に転生するとは思わなかった〜!』


 ギルバートが脇に抱えている赤子が流暢に喋っていた。厳密に言えば〝人の心が読める魔法〟で、赤子が心の中で思った事をギルバートが読み取っているだけなのだが、それでも一人でよく喋るなという印象を抱いていた。


 この赤子は〝赤星リノ〟という人間で、年齢は十八歳。前世ではゲームとやらが大好きな女学生をやっていたらしい。そして、自分が異世界に召喚された(?)事を把握している珍しいタイプの人間でもある。


 赤子は機嫌が悪そうに唇を尖らせながら、「ぶーぶー」と唸っていた。


『それにしても赤ちゃんの身体ってこんなにも不便なのね。普段なら我慢できるのに人前で漏らしちゃった。でも、人間じゃなくて人外の前だったし。赤ちゃんの姿をしてるんだから、そんなに恥ずかしがらなくてもいっか!』


 赤子が心の内で放った『人外』という言葉にギルバートは少しショックを受けた。けれど、こちらは大の大人なのだ。こんな小さな赤子の前でショックを受けている姿を晒すわけにはいかない。


『それにしても辺鄙な所ね。さっきいた所なんて見渡す限り黒焦げだったし、今は森の中にいるけど薄暗いトンネルの中を進んでるみたい。私の知ってる異世界の常識なら、世界を救う人間としてこの世界に召喚されたはずよね? 普通なら、お城とか宮殿の中で召喚されて、聖女や勇者として扱われるはずなのに、どうしてコボルトみたいな生き物に抱えられてるのかしら? も、もしかして……異世界転生に失敗? まさか、これから悪役令嬢みたいに――いえ、悪役令嬢以下の待遇を受けるのかしら!? そんなの絶対に嫌なんですけど!?』


 言っている意味がよく分からなかったが、不思議な事ばかり喋る変な赤子だとギルバートは思った。


 その証拠に「あうあうあう」と自分にしか分からない喃語を駆使して喋り続けている。


「おい、少し静かにしていろ。この先に川があるはずだ」

「あうあうあうー!」


 何を言っているのか分からなかったが、ギルバートに文句を言っているのだけは理解した。しかし念の為、ギルバートは〝人の心が読める魔法〟を行使し、赤子が何を言っているのか翻訳してみる。


『も〜! なによ、このコボルト! 私はアンタの食糧じゃないのよ!? 私を異世界に召喚したんだったら、もう少し待遇を良くしなさいよ! 苺のショートケーキとかプリンとかチョコレートとか……。とにかく甘い物を出しなさい! 話はそれからよ!』


 赤子の心の内を読んでいると、苺のショートケーキとプリン、チョコレートがどんな食べ物なのか、頭の中にイメージが湧いてきた。


「な、なんだこの食べ物は……」


 ギルバートはごくりと唾を飲み込んだ。今は魔力も体力も消費し、かなりの空腹状態。食べた事はないが、こんなにも美味しそうなデザートが頭の中に浮かべば、いつも冷静沈着なギルバートでも涎が溢れて止まらなくなってしまった。


「美味そうだなぁ……」


 ギルバートが犬のように舌舐めずりをすると、赤子は「ぴゃ……」と短く悲鳴をあげて動かなくなった。


「おい、どうかしたのか?」


 赤子は脱力し、『返事がない。ただのしかばねのようだ』と心の中で何度も繰り返し呟いていた。


「なんだ、死んだフリか? どうしていきなりそんな事をし始めたのか分からんが、とりあえず川に向かうぞ。お前の服を洗わねばならんからな」


 ギルバートは水が流れる音がする方へ目指して歩いていった。その間も赤子はピクリとも動かないまま、死んだフリを続けていたのだった。

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