KAC20245の作品 竜族の魔法使い 番外編

鈴木美本

『竜族の魔法使い』『あなたが好き』

「私は──! あなただから好きになったの!」


「コリーネ……」

「離して!」

 男性の手を無理やり振りほどき、女性はバルコニーから走り去る。慌てて男性が後を追う。

 廊下でその光景を目の当たりにした青年「ドニー」は何もできず、2人を見送ってしまった。「青年」と言っても、5000歳を超える竜族の科学者だ。今はここ、貴族のギルバート家でお世話になっている。

 ドニーはどうしていいかわからず、何となくバルコニーへ続くガラスのドアを開け、外に出た。白くて綺麗な髪が月明かりに照らされ、ほのかに光をおび、金色の瞳をかすかに揺らす。

 なぜこうなってしまったのか。それを知るドニーは、今までの2人の行動を思い出し、広くて白いバルコニーから夜空を見上げ、昼の暑さを残したやわらかな夜風に吹かれる。

 そのとき、ガチャッと近くの部屋からドアの開く音が聞こえ、1人の女性が姿を現す。黒い髪をなびかせ、黒い瞳で周りを気にしながら表に出てきたのは、ドニーの補佐している竜族の魔法使い「カリン」だ。彼女はドニーを見つけると、そっと近づいてくる。

「さっきの声は、サフティさんとコリーネさんなのでしょうか? 何かもめていたようですけれど……大丈夫でしょうか?」

 ドニーは静かにカリンを見つめる。

「ああ、大丈夫だ。いつもサフティは自分に自信がなくて、コリーネが怒っているだけだ」

 「サフティ」は、ギルバート家の次男で、現在の当主「サヘット」の弟だ。薄茶の癖毛と同色の瞳を持ち、少し気は弱いが、とても優しく、当主の補佐としても優秀で、料理もできる。そして、その恋人「コリーネ」は、錬金術で有名な貴族アステラレス家の長女で、錬金術師としても優秀なお嬢様。紫の落ち着いた綺麗な髪をこちらから見て右側でお団子にまとめ上げ、リューココリーネの花とリボンで飾り付けている。同じ紫の綺麗な瞳は、おしとやかだが、しんが強い彼女の性格をはっきりと表していた。現在、2人は少しだけもめてはいるが、お互いをとても大切に想っている。

「とりあえず、様子を見よう。何かあれば、話を聞けばいい」

「はい」

 浮かない顔をするカリンに、ドニーは安心させるように、なるべく穏やかに声をかける。

「そのときは、一緒にコリーネとサフティに声をかけてほしい」

「……はい!」

 カリンは、ようやく表情をやわらげ、あたたかい笑みを浮かべた。



 🌸 🌸 🌸



 その1ヶ月後、ギルバート家の当主「サヘット」と城下町シュトーリヒ領主の娘「フレア」が結婚するとあって、シュトーリヒの住民たちはいつも以上の盛り上がりを見せていた。

 一方、結婚式場ではブーケトスの時間になり、全ての貴族が建物の外に列を作り、新郎新婦を待っていた。真っ白な建物の奥からサヘットとフレアが現れ、階段の前へと進む。みんなと拍手を送っているコリーネはサフティと一緒に階段の前に立ち、白いタキシード姿のサヘットと白いウェディングドレス姿のフレアに見とれて頬を赤くしていた。フレアの手には、キンモクセイと白バラ、黄色のガーベラのブーケが握られている。

 突然、新婦のフレアが周囲をキョロキョロし始め、コリーネのいる場所で視線が止まる。なぜか2人の目と目が合い、コリーネが不思議に思っていると、フレアは急にニコッと笑う。彼女はブーケをきゅっと握りなおし、隣のサヘットと笑い合った後、参列者から見えないように後ろを向く。

 フレアの手から勢いをつけたブーケが飛ぶ。ブーケは弧を描くように空を飛び、目で追っていたコリーネの元に近づき、落としてしまわないように差し出された彼女の手にスポリとはまる。コリーネは思わずサフティと顔を見合わせ、驚いていると、周りから盛大な拍手が起こる。とにかく、気持ちを落ち着けようと、フレアの好きなキンモクセイのブーケを見つめる。


 ──フレアさんみたいに綺麗なキンモクセイのブーケ。……でも。


 しかし、コリーネは途端に浮かない笑顔になり、瞳を揺らす。横にいたサフティも同じような笑顔のまま、不安げに彼女のことを見ていた。

 また、2人と反対側、赤い絨毯じゅうたんを挟んだ場所では、カリンが2人のことを気にし、心配そうな瞳で見つめていた。その横にいたドニーも何も言わず、ただただ2人の様子をじっと見ていた。



 🌸 🌸 🌸



 その日の夜、コリーネはギルバート家に部屋を用意してもらい、顔を両手で覆ったまま、サフティのことについて悩んでいた。


 ──サフティ……。サフティは、どうしたら自信を持ってくれるのかしら? どうしたら、私のことを信じてくれるのかしら?


 コリーネは顔から手を離し、顔の前で両手を握りしめる。


 ──コンッ、コンッ!


「はい」

「コリーネさん、お邪魔してもよろしいでしょうか?」

「カリンさん……どうぞ?」

「ありがとうございます。失礼いたします」

 そっとドアを開けて入ったカリンに、コリーネは小首を傾げる。

「カリンさん、どうかしましたか?」

「いえ……、コリーネさんが落ち込んでいたようでしたので、お話に来たんです。サフティさんと、何かあったのでしょうか?」

「……はい。サフティに自信を持ってもらいたくて、いつも言いすぎてしまうんです」

「そうですか……。それでは、サフティさんのことを昔からずっと好きな気持ちを全部、素直に伝えてみたらいかがでしょうか?」

「全部? 素直に?」

「ええ、きっと喜びます」

 コリーネはカリンをじっと見つめていたが、意を決したように強く頷く。

「はい、わかりました。1度やってみますね?」

「ええ。私も応援しています」

「ありがとうございます、カリンさん」

 2人は真剣な顔で話した後、ようやく穏やかな顔で笑い合った。




 一方、その頃、ドニーは夜のバルコニーでサフティに声をかけていた。

「サフティ」

「あ、ドニーさん。星でも見に来たんですか?」

「いや、今日は違う」

「そうなんですか?」

 以前、ドニーは研究のために星の観察をしようとして、バルコニーでサフティと鉢合わせしたことがあった。

「サフティ、コリーネと何かあったのか?」

「それが……どうしていいのか、よくわからなくて。僕が悪いのは、わかっているんです。でも、どうしても自分に自信が持てなくて……」

「ああ」

 目を伏せるサフティを見ていたドニーは返事をしながら、昔のアントベルを思い出していた。気が弱いけれど優しくて、料理上手で……。ショートカットにすると癖毛になる髪。本当にサフティは昔のアントベルによく似ていた。

 「アントベル・ギルバート」。初代国王エリックギルバートの次男にして、貴族ギルバート家の初代当主だ。今でもこの屋敷のギャラリーには、彼の使っていた杖と、みんなで撮った大きな家族写真が飾られている。当然、そこには、彼の契約聖獣の黒猫「ホット」を腕に抱いたドニーの姿も写っていた。もう6000年近く前の話だ。

 それにしても、サフティの髪色はアントベルより少し薄い茶色だったが、暗い夜だからか、あまり変わらないように見え、本当によく似ていた。

「自分に自信が持てないならば仕方ない。……だから、自分を信じてくれるコリーネのことを信じればいい」

「え……?」

「自分ではなく、相手を信じればいい。サヘットと比べる必要はない。サフティはサフティで、サヘットとは違う良さを持っている。それを1番よく知っているのが「コリーネ」だと、思う」

「ドニーさん……。わかりました。明日、彼女ともう一度話してみます」

「ああ、応援している」

「はい! ありがとうございます!」

 サフティは太陽の前から雲が消えたように、ようやく晴れやかに笑った。



 🌸 🌸 🌸



 その後、ギルバート家の端にある小さな部屋に来たドニーは通信システムを起動し、彼の大親友ロニーが目の前のモニターに映るのを待つ。今はちょうど定期連絡の時間で、目の前の。

「ロニー」

「こんばんは、ドニー。……何かあったの?」

「ああ、こんばんは。……サフティとコリーネがうまくいっていないらしい」

「サフティとコリーネが?」

「ああ。あと、サフティがアントベルに見えたんだ」

「アントベルに?」

「ああ、暗闇だから、すごく似ていた。気の弱いところも、昔のアントベルに似ていて、髪を切ったときの癖毛くせげまでそっくりだった」

「俺も昔のアントベルの写真は見せてもらったことがあるけど、そんなに似ているのかな?」

「ああ、本当に似ている」

「そっか……」

「アントベルのときのことを思い出して……、サフティの相談に乗ったんだ」

「え? ドニーが? サフティの相談に?」

「ああ」

「ドニー……、ドニーも前より成長したってことかな?」

「うん? 何の話だ?」

「ドニーが他の人の相談に乗れるくらい、前よりも成長したってことだよ?」

「ああ……うん? そうだな」

 ロニーは他の人の恋愛相談に乗るようになったことを喜び、彼に微笑みかけたが、当の本人はイマイチわかっていなかった……。



 🌸 🌸 🌸



 しかし、次の日、ギルバート家で夕食をごちそうになったコリーネはサフティに送ってもらっていたが、2人の間にはかなり微妙な空気が流れていた。あまりによそよそしくなりすぎて、ドニーとカリンだけではなく、サヘットとフレアにまで心配される状態にまでなってしまった。夕食の時間に出かけていなかったクリビアは、とても幸運だっただろう。

 結局、2人の話は続かないまま、コリーネのお店の前まで着いてしまった。

「また明日」

「ええ、また明日会いましょう?」

 お互いに手を振って別れる。しかし、見た目のよそよそしさとは裏腹に、2人の心はかなり焦っていた。


 ──このままではいけない……!

 ──このままではいけないわ……!


 コリーネはサフティを見送り、店の中に入ると、彼に自分の気持ちを伝えるため、手を口元に当て、必死に考え始める。ふと彼女の視界に、白い花が映る。白い花……ピンポンマムはアステラレス家の錬金術でよく使われる菊の花だ。この花を見ると、彼女はいつもサフティのことを思い出して、いつも壁に飾ってしまう。


 ──お店に置かれているブラウンダイヤモンドの宝石もそう、サフティのことを思い出すから、そばに置いておきたかったの。


 コリーネはぼんやりとピンポンマムを見つめていたが、ハッと我に返り、近くにあった机の引き出しを勢いよく開く。その中には、ブラウンダイヤモンドが入っていた。コリーネは、そのブラウンダイヤモンドを取り出し、別の引き出しから金を取り出す。


 ──もう、これしかない。


 コリーネは急いで、しかし、丁寧に、闇魔法で金を削り、加工していく。ゴールドリングにピンポンマムの小さな葉っぱが連なるように細工した指輪を2つ作り、ブラウンダイヤモンドを魔法で加工し、2つの指輪の中央につける。そうして完成したのは……、ブラウンダイヤモンドの指輪だった。


 ──良かったわ、完成して。


 コリーネは完成した指輪を見てホッと息を吐いたが、途端に不安そうな顔になる。


 ──サフティは受け取ってくれるかしら?


 優しく微笑みかけてくれる姿と不安そうに微笑むサフティのことを想いながら、コリーネは彼の瞳と似たブラウンダイヤモンドを少しの間、じっと見つめていた。



 🌸 🌸 🌸



「サフティ」

「コリーネ……」

「バルコニーに行きましょう?」

「う、うん。……わかった」

 コリーネは来て早々に、サフティをバルコニーに誘った。彼女は真剣な顔で無言のまま前を歩き、その後ろを彼が困惑した顔のままついて行く。いつものバルコニーに着き、彼女は急にピタリと歩を止める。それにドキッとし、サフティも足を止める。

「コリーネ……、どうかした?」

 コリーネがサフティに振り向く。

「サフティ、聞いてほしいことがあるの」

「あ……、うん」

 振り向いたコリーネの瞳は真剣なのに、サフティにはなぜかキラキラと輝いて見えた。

「私は小等部で出会ったときに、サフティの優しそうな雰囲気に惹かれたの。……初めての学校生活で、1人でどうしていいかわからない私に、とても優しくしてくれて、すごく嬉しかったわ」

 

「その1年後にサヘットさんを紹介されて、『兄さんのことを好きなんじゃないか』と勘違いされたこともあったけれど、サヘットさんとサフティを比べたことなんて、1度もなかった……」

 コリーネは両手を前に出し、何もない空間から白い菊「ピンポンマム」と緑のバラ「エクレール」の花束を出現させる。

「ねえ、サフティ? この花のことは覚えているかしら?」

「ピンポンマム……?」

「ええ。サフティと初めて錬金術をしたときにも使った、ピンポンマムよ?」

 昔、この花を使って、コリーネはサフティと錬金術をし、彼にすごく褒められた。

「あのとき、サフティに褒められたのが嬉しくて、今のお店にもピンポンマムと緑の植物を飾っているの」

 コリーネは愛しそうにピンポンマムの花束を見つめた後、右手からブラウンダイヤモンドの指輪を取り出す。


「サフティ……、私と結婚してください!」


 ブラウンダイヤモンドの指輪と白いピンポンマムの花束をサフティに差し出し、コリーネは目をつぶり、頬を赤くしながら、必死にプロポーズする。恥ずかしすぎて、指輪と花束を持つ彼女の手はずっと震えていた。

 サフティは指輪を持つコリーネの右手を外から優しく掴み、もう片方の手で花束をそっと受け取る。慌てて顔を上げる彼女に、サフティは久しぶりの笑顔を見せる。


「自分に自信はまだないけど──。コリーネが好きだから、結婚したい」

「うん! 結婚してください! ……サフティ!」


 コリーネがサフティに抱きつき、抱き止められる。彼女はしばらくの間、泣きながら、ぎゅっとサフティの服を掴んでいた。


 ──お願い。もう、はなさないで。

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