は・な・さ・な・い・で

来冬 邦子

末永くしあわせに

「ねえ、ねえ。ねえってば! 聞いてよ」


「なんだよ。聞いてるよ」


今、わたしと雅人は、暗い廊下で手を繋いでいる。

はじめて手をつないだのはいつだったろう。

雅人とは保育園から一緒だから、三歳くらい?

公園までお散歩するのに、二人で手をつないで歩いた記憶がある。


「雅人とはじめて手を繋いだの、いつだっけ?」


「そんなこと、忘れたよ!」


「ひどい言い方! あ、照れてるのか?」


「照れてません! そいで、もっと離れろよ」


「手繋いでるのに離れるとかムリだっての!」


「それなら手を離せよ!」


「やだね」


 わたしは雅人の腕に絡みつくようにくっついた。


「やめろよー。まったく、もう」


 雅人は照れ屋だけど、そんなところも好きなの。

 わたしは背伸びして、雅人の頬にキスをした。


「あ、ばか! 口紅つくだろうよ」


「ついたって、いいでしょ」


「良くないっ!」



***



 去年の春、わたしが勤めている大学病院に雅人が担ぎ込まれてきたときは、ほんとうに驚いた。集中治療室のさらに奥の隔離室のベッドに入れられて、担当の医師や看護師は頭からすっぽり被る放射線防護服を着こんだ。


「なにがあったんですか?」


 わたしは看護師長さんに訊いた。


「なんでも、ゴジラに近づき過ぎたみたいね」


「ゴジラ?」


「わたしも詳しくは知らないのよ。ゴジラは体中から放射線を放っているらしいの。堺さんは警察官だから、他の人を守ろうとして、ゴジラに登ったそうよ」


「ええっ? 登った?」


「勇気のある人ね」


「彼、わたしの恋人なんです!」


「まあ、そうだったの?」


 師長さんは目を丸くした。


「あなたもつらいわね。でもみんな最善を尽くしてくれているから、回復を祈りましょう」


「はい。ありがとうございます」


 それからの雅人の容態は一進一退の苦しいものだった。わたしもときどき防護服を着て看病にあたったけれど、ほとんど意識のない雅人は気づかなかったようだ。


 春が過ぎて夏が過ぎて、秋風が吹く頃に雅人は目を覚ました。ちょうどそのとき、付き添っていたのはわたしだった。


「あのお……」


 むくみで顔の腫れ上がった雅人が目を開けて、声を出した!


「はい! ご気分はいかがですか?」


 つい、職場の言葉遣いになってしまった。

 雅人も防護服でわたしと分からなかったらしい。


「ここは、病院ですよね?」


「そうですよ。いま担当医師を呼びますから、少しお待ちください」


「どうしてそんな宇宙服みたいの着てるんですか?」


「これは、えっと、放射能から防護するためです」


「放射能? ああ、僕がゴジラに登ったからですか?」


「そうです。覚えてらっしゃるんですか?」


「なんとなくですが。そうか。ぼくは死ななかったのか」


 雅人は腫れ上がった顔をほころばせた。


「心配したんだからね、雅人!」


「え? アレ? なんで? 君、由香里ゆかり?」


 そのときドアが思い切りよく開いて、担当医たちがなだれ込んできたので、わたしと雅人とのやり取りは途切れてしまった。

 その日をさかいに、雅人の身体は薄紙を剥がすように回復に向かった。それはわたしの献身的な看護のおかげだと自負している。てへっ。



***



 こうして奇跡的に全快した雅人とわたしは、いま結婚式の真っ最中だ。

 純白のウエディングドレスに身を包んだわたしと、黒いタキシードの雅人は腕を組んで「入場」を待っている。


「一生離さないでね、わたしのこと」


「離すわけないじゃないか」


「わたしが離してって言っても、離さないでね」


 雅人は上を向いて笑った。


「離すもんか!」


 正面のドアが開いた。「新郎新婦、御入場ください」


               了

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