卑怯な剣闘士たちの迷宮

ちびまるフォイ

卑怯者たちへの捧げ物

あなたはとてつもなく大きな仕事をまかされている。

この仕事はけしてミスはできません。


そう、来年に行われる剣闘士大会を決めるのです。


そこには各国の代表がわざわざ出向いてくる祭りの場。


しょっぱいグラディエーター達のしょぼい戦闘では

目の肥えた彼らを興奮させるには足りないでしょう。


そこであなたは考えました。


あなたの号令で剣闘士の迷宮が作られるのに1年もかかりませんでした。

これには働いてくれた奴隷たちに感謝を禁じえません。


さあ宴のはじまりです。


高い賞金に目がくらんだ剣闘士たちを集めると、

それぞれ別の入口から迷宮へと入っていきました。


この迷宮の中で剣闘士たちはお互いに傷つき戦い、

そして一番剣闘士を倒した人には王国大舞台へ出ることが許されます。


さらにあなたの粋なはからいによって、

迷宮には罠や魔物をたんと仕込んであります。


きっとこの迷宮から生還したものは、

どの国の王様が見ても前のめりになるほど見ごたえのある戦いをしてくれることでしょう。


さあ、一人目が出てきました。


「いやぁ、すごい迷宮だった」


1人目の剣闘士は自分の汗を拭きながら語りました。


最後のひとりになるまで戦わせるのでは日が暮れる。

かといって戦わずに迷宮を猛ダッシュされても困る。


あくまでも評価基準は迷宮内でどれだけ倒したかによります。


といっても、あなたはここにいるわけですから

迷宮でどんなことが起き、何がどうなったかはわかりません。


まあ聞くしかないですね。


「私が選んだ道が悪かったのか、たくさん剣闘士と鉢合わせたよ」


それでどうしたんですか?

あなたは聞きます。


「もちろん倒したさ。途中から数は数えてないがね。

 10……いや、15。う~~ん、20人は倒したかな」


この選評会を主催したのはあなたです。

だから当然にこの時点で彼がウソをついているのはわかりました。


この迷宮に参加した剣闘士は18人。

20人もいやしません。


でも。賢いあなたはここで鬼の首を取ったようにウソを明らかにせず、

あえて彼が本当は何人倒したかを確認するために泳がせました。


「え? 他の剣闘士の特徴? そうだなぁ」


1人目は少し考えてから答えました。


「みんな同じさ。俺と同じような服や装飾をつけていたよ」




その答えで、彼は1人も倒してないことがわかりました。


あなたは事前にすべての剣闘士に固有の装飾品をつけていたからです。


だって、そうでもしないと迷宮内の魔物に食べられてしまった剣闘士がいたとき

骨から逆算して誰が食われたかを把握するなんてできっこないでしょう?


装飾品が落ちていたら、「ああ、この人が食われたんだな」とわかりますからね。



おっと、そうこうしているうちに2人目が来ました。


「ったく、なんて迷宮だ。ひどいめにあった」


なんと2人目はすでに他の剣闘士の装飾品を持っています。


「これかい? ああそうさ。道中で戦って倒したやつから奪ったのさ」


彼はそう言います。

装飾品は3個。これが本当なら2人目が候補第1位になるでしょう。


けれど本当でしょうか。

あなたはふと思いました。


2人目の服には返り血とおぼしきシミがいくつもできていますが、

その彼自身の体にはなんら外傷が見当たらないからです。


装飾品を奪い合うほど苛烈な戦いをしてきたのに無傷はありえるのでしょうか。

彼が本当にすぐれた剣闘士ゆえに圧勝したならそれはあり得るでしょう。


「戦ったときの状況? それは……3人がいきなり広場で遭遇したんだよ。

 バトルロイヤルみたいに戦って、勝ったのが俺だったんだ」


あなたはその言葉を聞いて質問を続けました。


「どこから装飾品を奪ったかだなんて、そりゃ普通に。

 相手が握ってたのを死んでから回収したんだよ」


ああ、やっぱり。

あなたはがっくりとうなだれました。


彼はウソをついているとわかったからです。

剣闘士たちは全員腰に装飾品をつけていました。


それをわざわざひっぺがして握りながら戦うなんてありえません。

彼はおそらく迷宮の罠にかかった剣闘士達の横を通り、

その死体に転がっている装飾品をがめつく回収したのでしょう。


なんということでしょう。

2人目の迷宮攻略者が出たのに、剣闘士の大会に出せそうな人材はゼロです。


これでは大会が始まる前にあなたのクビが飛ぶことでしょう。

現王様は非常に血なまぐさいことが好きな人ですから。


諦めかけていると3人目がやってきました。


「はぁはぁ、どうだ。剣闘士を4人もやっつけたぞ」


彼が手にしているのは他の剣闘士の装飾品です。

彼もまたキズはありませんが、疲れっぷりからも本物の空気感がしますね。


「装飾品? ああ、全員が腰につけているやつだろ。それがどうした?」


カマをかけて聞いてみても、装飾品の位置にミスはありません。

これは間違いないでしょう。


安心したあなたはただの好奇心で、一番キツかった戦いを聞きました。


「うーーん、一番は最後の戦いかな。

 お互いにボロボロだったから最後は殴り合いで決着さ。

 ふたりとも守るべきものがあったからね」


おや?とあなたは思ったはずです。


なぜ「守るべきもの」がお互いにあることを知っていたのでしょう。


彼らはくっちゃべりながら、河川敷で殴り合いでもしたのか。

いいえ。限界ギリギリの迷宮内でそんな青春グラフティな戦いはありえません。


あなたはすぐに迷宮の出口から入りました。


すると、彼が倒したという剣闘士の死体が転がっています。

よく見てください。顔のあたりです。


顔が紅潮して死んでいます。


剣闘士は殴り合って傷つけあうから血を失います。

顔周りに血がたまることなんて普通ありえません。


考えられるのはひとつです。


結論に気がついたあなたはがっかりしました。


3人目になってもなお、剣闘士として1人も倒した人がいないのですから。


「ちょっとまってくれよ。なんで俺がひとりも倒してないってことになるんだ」


3人目の彼は心外だとばかりに訴えます。


おそらく彼はこの迷宮に入ってから、そのよく回る舌で仲間を集め

家族を引き合いに出すとかして自殺を促したのでしょう。


敵の"守るべきもの"を知ってることにも説明がつきますね。

それをダシに脅したんですから、知らないほうがおかしいです。



ああ、今年も剣闘士はひとりも出せませんでした。


なぜなら、彼らは1人も人死を経験してないのですから。


人を倒したこともない剣闘士なんて、

免許を持っていない運転手と同じです。


あなたがひとり落ち込んでいると、3人の剣闘士は目配せをしあっています。

なにかのタイミングを伺っているようでした。


「ここにいる3人が全員選ばれる方法があったんだ」


彼らはそう言います。

そんなことできるのでしょうか。


せめて1人でも倒していれば同列1位として、

この剣闘士迷宮からの出品物として送り出すことができました。


ここにいる3人は3人とも、誰ひとりとして敵を倒してないのですから。


「俺らでも倒せる敵がひとりいたんだ」


剣闘士たちは行動にうつしました。





3か月後、王都のコロッセオでは3人のグラディエーターが出場となりました。

そう、あの剣闘士の迷宮を超えた3人です。


彼らは1人を倒しました。


1人倒したということで同列1位でこの大会にも選ばれたのです!


よかったですね。

本当によかった。




最後に失われたあなたの命も、きっと報われることでしょう。

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