第9話

 自転車に二人乗りは、危ない。

 よくないし、おまわりさんに起こられる。

 でも、イクスは長時間は歩けなさそうだし、渋々ヤイバは愛車の後ろにイクスを乗せた。そうしてお出かけすると、自転車が珍しいらしくガシッ! と背中に抱きついてくる。

 密着感でぽかぽか温かく、日差しも明るく気持ちのいい朝だった。

 そして、15分ほど街の方へ走ると、巨大な商業施設が見えてくる。


「お、おおお……なんじゃこれは! 今日はなにかの市なのかや!?」

「ん、ただのホームセンターだけど……休日はもっと混むけどね」

「こんなに巨大な店が……王都の百貨店よりも凄いのじゃあ」


 イクスは目を丸くして周囲をキョロキョロと見渡す。

 その姿は、やっぱり父ツルギのシャツを着ている。下は母が若い頃にはいてたキュロットスカートだ。しかし、全然シャツのサイズが合ってなくて、今もバタバタと余った袖を彼女は振り回している。

 なんだか、テンションが上って興奮しているようだった。


「よし! 今日はここで杖を買うのじゃあ! 歩くのに突いてくだけだから、あ、でも各種魔法のレジスト機能は欲しいかのう。できればまあ、いざという時のために」

「いや、そういう杖は売ってないですよ」

「……な、殴ることも時にはあるんじゃが」

「必要ないですね、今の日本じゃ。さ、あっちに行きましょ。杖を買ったら、次は服を見ないと」


 そう、着るものがない。

 子供服では胸や尻がキツいと言うし、男物では見た目通り萌え袖エルフになってしまう。

 そんなイクスは、キャッキャとはしゃいで小走りに店を見て回る。

 彼女の輝く瞳は、見るもの全てを好奇心と探究心に突き刺していった。


「おや、ポーションが沢山売ってるぞよ。少年、パーティのストックは十分かや?」

「あ、それは芳香剤です。ポーション的なものは、栄養ドリンクとかかな? あっちで売ってます。母さんがダース単位で買って飲んでますよ」

「ミラはいつもポーション頼りじゃなあ。ワシらの回復魔法が間に合わないレベルで突っ込んでいくからのう。ん! ネ、ネコが売っておる!」

「あ、買いませんよ? 飼えませんし。お母さん、猫アレルギーなんです」

「ああ、思い出したわい。ケットシーの村でくしゃみばかりしておった」


 そうして、イクスはとうとう老人用の杖が各種売ってるコーナーに到達する。

 真っ直ぐ来れば数分とかからない旅路を、じっくり30分もウィンドウショッピングしてしまった。因みにその間に、一応必要かもしれないものを少しずつ買い物カゴに入れる。

 イクスは既に、無数に並んだ杖の吟味に夢中だった。


「おおう! これは、こうして、伸びる! 縮む! なるほど、身長に合わせて使えるのう。こっちは……ぬう、なんと精緻な細工。え? 印刷? これが、印刷……驚きじゃ」


 しばらくイクスは杖を選ぶようだ。

 ちょっと周囲を見渡し、そっと高い場所の商品を取る台座を近くに持ってくる。


「腰掛けてゆっくり選べばどうかな、イクスさん」

「お、そうじゃな。あまりはしゃぎすぎると体力が持たん。しかし、ふふふ……どの杖も魔力的な効果が全くないのう。本当にただの棒、老人用の杖じゃ」

「それが普通だからねえ、こっちじゃ」

「なに、ワシも駆け出しの冒険者だった数千年前は、ただの棒からスタートしたもんじゃ」

「あー、なるほど。ひのきのぼう、的な」


 そういえばとヤイバは、家で切れてた殺虫剤なんかも買っておこうと周囲を見渡す。春爛漫、花の季節はすぐに過ぎ去り、湿気の梅雨と害虫の夏が来るのだ。

 そう思って一歩を踏み出した、その時だった。

 不意に見知った顔が商品棚の影から現れる。

 ばったりと鉢合わせになって、相手も驚いているようだった。


「あ、あれ? なに、ヤイバっちじゃん。なにしてんの?」

「やあ、おはよう。ロングビーチさん、学校は?」

「にひひ、サボり! って、不登校児に言われたかないし?」

「はは、それもそうだ」

「あと、カホルでいいって。カホちんとか? どうよ? どうどう?」

「ん、じゃあカホルさん。カホルさんも買い物?」

「もち! 画材をちょっとねー」


 彼女の名は、カホル・ロングビーチ。

 日本人とアメリカ人のダブルで、留学生だ。

 まず目を引くのは、見るも鮮やかな金髪だ。それをポニーテイルに結って、褐色の肌で中身はギャルギャルしい。これぞギャルといった言動も、全て彼女の素なのだった。

 ヤイバは改めて思った。

 やっぱり、この人はちょっと距離感の概念が少し変だ。

 今も、久々にバッタリという仲でしかないのに、もう腕を組んでくる。


「おっ、なになに、なにあれ! 超かわいい生き物がいるんですけど!」

「ああ、母さんの昔の仲間で、イクスロール……イクスさん。ハイエルフだよ」

「……まじ?」

「うん、まじ」

「へー、エルフって本当にいたんだ。あーし、漫画やアニメだけだと思ってた」

「そこはまあ、その、なんとも言えないかなあ」


 しみじみとイクスを見詰めて、そっとカホルは両手を突き出す。

 人差し指と親指でカギカッコを作って、その中にイクスの背中を収めた。そういえば彼女は、写真や絵画が好きな少女だった。


「うわ、めちゃやば……絵になる絵になるー!」

「まあ、凄いよね」

「エルフって子供の頃からスタイルいいんだ? あとなにあのシャツ。ヤイバっちの趣味?」

「いや? そういう訳では……彼女、三千歳だって言ってたけど」

「たはっ! キリストより長生きかよ! マジもんのガチエルフじゃん!」


 イエス・キリストが生きていれば二千歳とちょっとだが、そのことは伏せておく。

 なんだかでも、カホルは凄く嬉しそうにイクスを見守っていた。

 そう、興味津々だが近づこうとはしない。

 始めて会った時からそう、一年生の三学期に転入してきた転校生だったが、やっぱり不思議な距離感を持つ人だった。

 誰にも優しく友好的で、物怖じせずにズンズン人のテリトリーに踏み込む。

 なのに、そうしてからは一歩も前に進もうとしない。

 まるで、見えない壁を設置するために積極的な交友関係を努めているようだった。


「……ヤイバっちさあ」

「うん?」

「もしかして、あーしのせい? 学校、こないの、さ」

「いや、別に……僕、こう見えても武闘派だったんだ。人を殴るのはよくないよね」

「キレてたしねー、あん時。それってやっぱ、あーしのせいじゃん」

「違うよ」

「うわ、即答……やば、もしかしてあーし、惚れられてる?」

「はは、まさか、ッグ!」


 鋭い肘鉄が脇腹に刺さった。

 笑顔だが、カホルはニヒヒとエルボー攻撃を続けてくる。


「まさかってなんだコラー! こんなに可憐な美少女を前に、まさかだとー? ……そゆ目でさ、なんか見ないよね。ヤイバっちとか、あといいんちょとか」

「そ、それが普通じゃない? ってか痛いからやめて、ガチで痛いから」

「……ふーん。そっか」


 カホルは自他共に認める美少女だ。

 スタイルだって抜群だし、いかにも可愛い感じに小柄で華奢で、それでいて活発な明るい性格が誰も彼もを笑顔にさせる。

 けど、それだけだ。

 誰ともそこそこ仲良くて、男女を問わず距離を置く。

 見えない壁を相手に突き立てるためにしか、近づかないように思えた。

 ただでさえ目立つ金髪碧眼の美少女が、誰にもそういう態度だと……勘ぐる馬鹿も出てくる訳である。


「……いいんちょ、さ。毎日ヤイバっちの家にいってない?」

「うん、来てくれるね」

「幼馴染、なんだっけか? いいなあ」

「腐れ縁とも言うけどな」

「そっか。ねね、ヤイバっち……いいんちょと、付き合ってる?」


 えっ? と思わずヤイバはびっくりしてしまった。

 けど、そのリアクションで全てを理解したのか、カホルはプッ! と吹き出し笑う。その笑顔は、大輪のアマリリスが咲き誇るが如くだ。


「あー、ないない、ないわー! 今のリアクションでわかった、おk把握」

「そりゃそうだよ。あ、そうだ。カホルさん、このあと暇?」

「うぇーい、茶でもしばく? エルフちゃんも連れてさ。あーしは今日はあと、少しスケッチして回ろうかなって。この街、いかにも日本の田舎って感じでいいよねー?」


 よかったら、イクスの服やらなにやらを選ぶ手伝いをしてもらえないだろうか。あと、コンビニで揃えた下着だけでは、ちょっと寂しいしイクスも困るだろう。

 そう思っていると、ヨタヨタとイクスがこちらに振り向きやってきた。


「ワシ、これにしようかのう! 伸びるんじゃよ、こう……これくらいの長さがいいかのう。もっと弱ってくると腰も曲がってくるから、その時はこうして短く……ん?」


 不意にイクスが、一瞬だけ固まった。

 その時、妙な緊張感に思わずヤイバも息を飲む。

 絵に描いたようなロリババアは、突然偉大な大魔導師の顔を見せたのだ。

 ただただカホルだけが、????な顔で小首を傾げる。


「どうしたの、イクスさん」

「……ゲートが、開く! 誰じゃ、異世界から……こちら側への転移魔法が!」


 そう言うなり、猛ダッシュでイクスは外へ出る。普段の弱々しい足腰が嘘のようだ。

 慌てて追いかけたヤイバに、訳もわからずカホルもついてくる。

 外に出ると、小さな爆発音が響いた。

 そして――


「ッ! あれは……王国の飛空艇じゃな! 何故じゃ……どうして」


 空に大気の歪みがあって、その渦が七色に光りを広げてゆく。

 イクスの時と同じだが、その大きさは比較にならない。

 そして、炎と煙で爆発を奏でながら……空を飛ぶ巨大な木造船が現れるのだった。

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