文学部地下書庫の怪人

健野屋文乃(たけのやふみの)

文学部地下書庫にて

大学の文学部の就職率は低い。


わたしの就活の失敗はそれだけではないが、

「やっぱ悔しい」

わたしはふと呟いた。


わたしの言葉に、友人3人は少しだけ頷いた。



ここは文学部地下書庫。


わたしの前に立ちはだかっているのは、この地下書庫の管理者の女史だ。

準教授であるにも関わらず、和服を着ていた。

まるで大正デモクラシーを思わせる、和洋折衷な出で立ちのアラサー女子だ。


なぜ21世紀になって20年以上経過しているのに、彼女がそんな姿をしているのかは、不明だ。


そしてここにいるのは文学部の女子が4人。


選ばれた、違うな、残されたと言った方が適切だろう。

どいつもこいつも冴えない顔をしている。

就職戦線の敗北者だ。


なんで敗北者になったか?

わたしは知っている、この準教授に洗脳されたからだ。

真実と言う名の洗脳だ。


この底辺大学の底辺文学部の地下書庫には、真実が隠されていた。

逆に底辺大学の底辺文学部の地下書庫だからこそ、真実が隠されたのかも知れない。


とりあえず今は、それが真実だと仮定しよう。


大正デモクラシー女史は、この中では可愛い女子の身体を、指棒で弄った。

あくまで『どいつもこいつも冴えない顔をしている』の中ではまだ可愛い女子だ。


「先生、みんなの前では止めてください」

この中では可愛い女子は、ドMな表情をしながら言った。

ドMなその女子は、何故か大正デモクラシー女史に心酔していた。


いつもならこの後、ドMなその女子は、指棒でお尻を叩かれるのだが、今日はないみたいだ。


大正デモクラシーな女史は、黒いマントを翻すと告げた。

「この世界の80%は、嘘である。人は嘘の中で生き、嘘の中で死んで行く。

それがこの世界だ。なのに諸君は、この世界の真実を知ってしまった!」

大正デモクラシーな女史は、自分の言葉に酔っていた。


20世紀のSF作家シオドア・スタージョンが言ったスタージョンの法則

「どんなものでも9割はガラクタだ」

を思わせる内容だが、ここでそれを言うのは、空気を読まなさ過ぎので沈黙だ。


そして真実・・・


この女史の告げた事が真実であるかどうかは、わたしには解らない。


「だからこそ君らは『離さないで!』『話さないで!』『放さないで!』この言葉を心の奥に仕舞う必要がある。解るかねこれらの意味が?」


大正デモクラシー女史は、わたしたちに告げた。


『離さないで!』『話さないで!』『放さないで!』

わたしたちは、どいつもこいつも冴えない顔をしている。

解るはずがない。


大正デモクラシー女史は、この中では可愛い女子の手を握った。


大正デモクラシー女史は、彼女を書庫の奥に誘った。

わたしと残りの女子も、その後を付いて行った。


書庫の小部屋には黒板があった。

女史はそこにこう記した。


『真実を離さないで!』

『真実を話さないで!』 

『真実を放さないで!』


ニュアンスが『見ざる、聞かざる、言わざる』に似てなくもない。

ここでそれを言うのは、空気を読まなさ過ぎので沈黙だ。


「真実とは切れ味の鋭い刀と同じだ。刀は鞘に納めて置くべきなのだ!」


大正デモクラシー女史は、この中ではまだ可愛い女子を、抱きしめ、

「さあ行こう」と呟くと地下書庫の照明を消した。


その暗闇の中で女史の声が響いた。

「お前たちに授けた真実は、いずれ強力な武器になるであろう!」


照明が着いた時には、女史と女子は消えていた。


「この演出はどうなん?」

「イチャコラしに行った?」

「地上に上がってカフェに行こう」


残された3人は、何事もなかったかのように、地上に上がってカフェした。


ただわたしたちが『はなさないで』と言う時は、


『真実を離さないで!』

『真実を話さないで!』 

『真実を放さないで!』


これらの言葉を意味することは、秘密だ。

絶対に。


あんな変な準教授と、知り合いだと思われたくないのと、心のどこかでその真実を信じているからかも知れない。

        

       

         完

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文学部地下書庫の怪人 健野屋文乃(たけのやふみの) @ituki-siso

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