第12話 前勇者は魔術師が好き好き好き


 その夢を見るようになったのは、聖剣と契約を結んでからだ。

 夢に出てくる登場人物は、いつも決まっていた。


「ねえ、テオ」


 涼やかな声が届く。

 声をかけられた男は――いや、レオナルトは後ろを振り返った。

 それがこの夢のもっとも厄介な点だった。レオナルトは第三者の視点から、出来事を俯瞰しているのではない。登場人物の1人と同化しているのだった。

 その夢の中で、レオナルトは『テオドール』と呼ばれていた。


 テオドールの顔は教科書に載っているので、レオナルトも知っている。金髪碧眼の青年だ。少年のような雰囲気を残したまま大人になったような男だった。明るい笑顔も、真っすぐな瞳も、やんちゃそうな色を宿している。


「君は、死にたいって思ったこと、ある?」


 声は頭上から降ってくる。

 テオドールと会話している相手は、空に浮かんでいた。夜空に腰かけて遠くを眺めているのは、銀髪の青年だ。儚げな背中に星影がかかる。

 テオドールが彼の姿を見上げて、ほほ笑む。その顔をレオナルトは見ることはできないが、きっと胸焼けがするくらいに甘ったるい顔付きをしているのだろうと思った。


 テオドールは空へと向かって、片手を伸ばした。


「こっちだ」

「なに?」

「顔を見て、話したいんだ」


 時刻は夜。

 空に浮かぶ魔術師は、宝石箱を零したような星光石の輝きの中にいる。

 色とりどりに明滅する、光の海。

 その中でも、テオドールの視界でもっとも眩しく映っているのは、話をしている相手だった。


 1つに束ねた銀髪が、濃い色の夜空に漂っている。面差しは知的そうな雰囲気なのに、きらきらと輝く碧眼だけは無垢そうな色を宿していた。


「おいで。ルディ」


 その手に吸い寄せられるように、青年がふわふわと近付いてくる。テオドールの手をとって、地面に降り立った。

 無垢な眼差しで自分を見つめる、美貌の魔術師――リュディヴェーヌ。

 その相手をテオドールは、温かい掌で包みこんだ。


「そんなことを言うなよ」

「聞いてみただけだよ」

「わかってるさ。でも、今の質問には、適当には答えられない」


 リュディヴェーヌの手を握りながら、テオドールは告げる。 


「ないよ。あんたと出会ってからは、一度だって。これからだってそんな風に思うことはないだろうな。こうやって、あんたのそばにいられるうちは」


 聞いてる方が恥ずかしくなるような言葉だった。

 熱烈な台詞、甘ったるい声。そして、相手の手を握りしめ、じっと見つめながら告げるという行為。


(ほぼ告白じゃねーか、これ……)


 レオナルトは思った。 

 しかし、リュディヴェーヌはきょとんとした顔をしている。首を傾げて、「そう?」と軽く返した。

 へらっと笑って、


「セザールにも言われたよ。あなたの間の抜けた顔を見ていると、悩みなんて吹き飛びますねって」


 その能天気な表情に、レオナルトは頭が痛くなった。


(ああ……。鈍いな、こいつ)


 思わず、テオドールに同情しかけるが。

 テオドールはそれでも甘ったるい眼差し、声で、彼に話しかけている。

 こうしてそばにいられるだけで、幸せなのだとばかりに。


 夜道を並んで、2人は歩いていく。

 道の先に、誰かが立っている。その顔もレオナルトにとってはおなじみのものだった。

 セザール・リブレだ。


 夢の中に登場するのは、誰もが知っている有名人だ。

 先の大戦で、レルクリアはグリフィルア帝国に攻めこまれ、窮地に瀕していた。

 当時、レルクリアに端を発する魔導技術は、世界中に広まっていた。帝国はそれを発展させ、様々な戦闘兵器を作り出したのだ。

 その中でも機械人形の『魔人兵』は、脅威の1つであった。一般兵が10人束になっても適わず、機械であるが故に疲れを知らない。


 レルクリア軍は、あっという間に劣勢に追いこまれた。王族は国民を捨てて、逃亡。レルクリアが帝国に敗北するのは、誰の目にも明らかだったという。

 そんな窮地を救った者たちがいた。


 勇者テオドール・グランテ。

 魔術師リュディヴェーヌ・ルース。

 革命家セザール・リブレ。


 彼らの活躍により、レルクリアは勝利を収めた。

 その3人は「三英雄」という名称を授けられ、今もなお、人々の憧憬の的となっている。

 レオナルトも薄々と気付いていた。これがただの夢でないことに。

 これは、記憶だ。聖剣に宿った記憶が、自分の中に流れこんでくるのだ。


 しかし、毎晩のようにテオドールの記憶をなぞることで、レオナルトは困った事態に陥っていた。

 テオドールはいつでも、『リュディヴェーヌが大好き』という気持ちにあふれていた。同化しているレオナルトは、その気持ちを痛いほどに感じていた。そして引きずられるようになっていったのだ。

 どこかで「リュディヴェーヌ」という名を聞く度に。彼の写真を目にする度に。


『好き、好き、好き……』


 そんな気持ちがあふれ、レオナルトはその度に、


『好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない!』


 自分に言い聞かせた。

 だが、何度押しこめようとしても無理だった。気が付けば史実の教科書を開いて、リュディヴェーヌの顔写真を眺めてしまう。そんな自分に嫌気がさして、レオナルトは写真をペンで塗りつぶしたのだった。

 そんな毎日を過ごしていた、ある日。


 廊下を歩いていたレオナルトは、ハッとした。

 胸がドキリと高鳴る。


 ――リュディヴェーヌ・ルース?


 階段上にその姿があった。長い銀髪に、すらりとした背中。それは夢の中で見たものと同じだった。

 レオナルトは階段をかけ登る。しかし、その背を追い抜いて、顔を確認してみれば。

 あの美貌には似ても似つかない、地味な青年の姿があった。

 リーベだ。たかが2階までを登る道のりで「ひいひい」言っている。


「う、もう無理ぃ……、この世から階段なくしたい……」


 レオナルトは内心で自分をなじる。


(アホか、俺は。このへぼ教師と、三英雄の1人を見間違えるなんて……)


 そもそも魔術師リュディヴェーヌは、もうこの世に存在しないのだ。

 彼は先の大戦で、勇者テオドールと共に命を落としたのだから。

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