エージェント黒畳真治

たたみや

第1話

「セーラー服を 離さないで」

「『脱がさないで』だよ、花巻くん」

 エージェント黒畳真治こくじょうしんじは某大学の『懐メロ研究会』の部室で、後輩の花巻優はなまきすぐると談笑をしていた。

 歌詞こそ間違えたが、何故か優は完璧に振り付けをこなしていた。


「知ってますよ。お〇んこクラブですよね?」

「おニャン子クラブだよ! 世間を敵に回すのはやめてくれな。今となっては、アイドルグループのパイオニアと呼べるような存在だな」

いにしえのメスガキが古のおっさんから金巻き上げるんですよね」

「口が悪すぎるよ花巻くん」

 真治にとって優は可愛い後輩のはずなのだが、いかんせん優は口が悪い。


「でもいいじゃないですか」

「何でさ?」

「気持ちよく金払って死ねるんですよ」

「トンデモ理論だねぇ」

「そんな話はどうでもいいんですけど、先輩はどうしてこの『懐メロ研究会』に入ったんですか?」

「そうだなあ。僕はね、昔の音楽というものから当時の暮らしや世相ってものが映し出されるのが好きなんだ。そしてそれをメロディから感じることが出来るのが素晴らしいと思っていてね」

「若くして老害なんですね、かわいそう」

「言い方よ! もっとこう、温かく包んでくれる言葉が欲しいよ」

 真治が必死の願いを優に告げる。

 最も、彼にそんな願いが届くとは思えないが。


「そう言う花巻くんはどうなんだい? なぜ『懐メロ研究会』に?」

「そうですね。ここなら奇人変人を観察するのに不自由じゃないなと」

「言い方! 何て言うか、グッとくるエピソードとかないの?」

「俺が見る限り先輩の変人っぷり、いい感じっすよ~」

「何で上から目線なんだい」

 優の謎トークに真治が若干いらだっている。

 後輩からコケにされている感じがするのだから無理もない。


「そうそう、先輩は好きな曲ってあるんですか?」

「僕は『少年時代』かなあ」

「古のクソガキが昔を思い出しながら、ヤンチャ自慢をする時の曲ですよね」

「ド偏見だよ花巻くん! いいよもう、その古のやつぅ」

 危険な香りを察知したのか、真治が話を切り上げてしまう。

「花巻くんはどうなんだい? 好きな曲とか歌手とか」

「俺はサザンっすねー」

「どうしてなんだい?」

「お金いっぱい持ってそうだから」

「聞いた僕が悪かったよ」

 優の返答に真治が幻滅している。

 彼には芸術性を感じる心がないのかもしれない。


「それにしても、時代の名スターってのはいいですよね」

「お、そう思ってくれるかい?」

「実績さえあれば薬物使用とかで逮捕されていても、俺はスターだって面が出来るんですからいい御身分ですよね」

「それ以上は危険な領域に突入するから駄目だよ」

 口を開けば暴言の優を何とかして真治がなだめる。


「それはそうと花巻くん、今の僕らの目標って覚えてるかな?」

「確か、世間の日の目を見なかったマイナー曲の発掘でしたよね?」

「覚えてくれていたんだ、流石花巻くん」

 真治が優の返答に大変満足げな表情を浮かべている。

 正直チョロいと言える。

「そういえば先輩、みんなが古いレコード、ラジカセ、CDを持って来てましたよ。見ますか?」

「おお、そうさせてもらうよ。ありがとう」

 真治は夢中になってレコード、ラジカセ、CDの山をくまなく探し始めた。

 そんな中、とあるCDを目の当たりにする。


「何なんだ、幻のシンガーソングライター『花佐菜はなさな いで渾身こんしんの作詞作曲。曲名は『その手はまだ握ったまま』。こ、こんなの見たことも聞いたこともない! これはやばい! 研究会創設以来最大の発見になるかもしれない! 花巻くん、これ一体どうしたんだい?」

「ああ、ネタになるだろうと思って俺が細工しといたんですよ」

「え?」

「フフッ」

「ボツ!」

 捏造、ダメ絶対。

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エージェント黒畳真治 たたみや @tatamiya77

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