霊媒師

千田美咲

聞えていますか

 あのときから、あなたの手をはなさないでいます。ついにこんなところまで来てしまいました。

 真っ暗な世界。わたしを含めた数多の人間が、ちいさな明かりを目指して歩いているのが見えます。黒焦げになった方もいれば、人のかたちをとどめていない方まで、ほんとうに色んな方々がいらっしゃるようです。あとどれくらい歩いていけばよいのでしょうね。だれも教えてくれません。

 たくさんの焼夷弾が降りそそぐなか、わたしたちはとにかく前へ前へと走りましたね。視界に入ってくるのは、火だるまになって悶え狂う子供たちやお母さんたち。木造の建物はよく燃えました。ラジオでは、お国があれこれと爆弾への対処法を説いていたけれど、なにひとつ役に立つものはありませんでしたね。

 建物の二階や三階から、ひっきりなしに叫び声が聞こえてきました。ここにはさまざま人たちがいて、ひとりとしておなじ人生を歩んだ人間などいないはずなのに、悲鳴は一度耳に入ると、どれも似たようなものに聞こえてしまうのだから、不思議なものです。

 わたしはあなたの手に引っ張られながら、炎のなかを走りました。でも、やっぱり無理がありました。だってわたしには片足がなかったんだもの。

 そして爆発。わたしは叫んでさえもいなかったと思います。ただ、あなたの手首だけは、はなさないようにしていました。最後の瞬間に見えたのはあなたの後頭部でした。

 気づけばわたしはここにいました。手元にはあなたの手首だけ。いくら見わたしても、あなたの姿はもうどこにもありませんでした。でも、これでよかったのかもしれません。わたしのような身分の人間が、あなたのような人の手をつかんだのが、そもそもの間違いだったのですから。

 こんな場所に手首を持ってきてしまったことを、どうか、おゆるしください。わたしはそういう人間だったのです。あなたが他の女とつないでいるのが、嫌で嫌でしかたなかったのです。

 どうか、ゆるしてください。

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霊媒師 千田美咲 @SendasendA

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