56 ゴブリンじゃねえぞ
「ま、まあ、今年もフラれたけど、来年も挑戦させてもらいます」と勇太。
「はい、受けて立たせていただきます」と麗子。
勇太自身、どんな人物かよく知らない臼鳥麗子からフラれた。
とても優しくて、そして同じくらい思い込みが激しいことだけは分かった。
パラレル勇太と転生勇太で、2年連続2度目の玉砕となった。
特に今の勇太では告白した覚えがない・・。男女比1対12なのに・・
しかし、麗子抜きにして純子を助けたい気持ちは揺るがない。
ルナと純子の姉妹仲も修復させたい。
麗子の実家のパン屋は手伝う。気まずくならないよう何か言わなければと思ったが、所詮は恋愛の駆け引きなど分からない勇太。
ダメージは少ないよ、の虚勢を張る中学生的な技巧で何とかしようと焦った。
そして、冒頭のように口を突いて言葉が出てしまった。
なんだか来年も告白するため、挑戦状をたたきつけたような格好で収まってしまった。
「あれえ、来年も特攻からの玉砕なのか。俺のメンタル持つかな」
もやもや感とショックはあるけれど、勇太は嫁を増やす気もないからフラれて当たり前と自分を慰めた。
ルナには、またも「ドンマイ」のセリフとともに背中をたたかれた。気に入ったようである。
ネットで映像を見つけたカオル、梓からも『ドンマイ』とLIMEが届いた。追い打ちである。
さすがの勇太もルナに、種をまいたのルナじゃね?と突っ込みたくなった。
だけどルナが唖然とした勇太を見て、すごく笑ってしまった。
どんどん遠慮がなくなるルナが嬉しくて、つい許してしまった・・・
この勇太の玉砕シーンはネット上に流された。
『来年、エロカワ勇太君のリベンジに乞うご期待!』と添えてあった。
勇太は忘れてくれと願っている。
◆◆
思わぬところで時間を食ったあと、4人でパンのウスヤに急いだ。
リーフカフェのお客さんのリクエスト達成、純子の手助けの両方とも兼ねている。
大人同士の『リーフカフェ&ウスヤ』提携の話はうまくいったようだ。
勇太はいきなり次の日の朝4時から7時までの3時間の手伝いを申し出た。賃金の話になったが勇太はパン数個を求めただけ。
こういう部分では頑固なのだ。
定休日のウスヤの店内に入れてもらった。
「本当に助かる、坂元勇太君。それに純子ちゃんもありがとうな」
身長175センチ、肩幅があり迷彩色のTシャツ。GIジョーのような短髪女性が厨房から出てきた。
麗子の母親の片方でユリエ母さん。38歳。
元自衛官である。
「鬼軍曹? 」「ターミネーター? 」いきなり失礼なルナと勇太だ。
勇太は、女性の雰囲気が麗子と違いすぎてびっくりしたが、麗子とユリエさんに血の繋がりはない。
入院している方のハル母さん36歳が人工授精で麗子を産んでいて、麗子はそちらにそっくり。
女性同士の結婚をし、ユリエ&ハルで籍を入れた。そのあとに、役所に申請して人工授精により麗子をもうけた。
この手続きなら、麗子はユリエの『実子』と同等に扱われる。
「じゃあ早速、パンを焼く手伝いをしようかな」
「カフェオーナーの葉子さんに、メニューを作るためのサンプル写真も欲しいって言われたから、勇太君も何か作ってみるかい。生地は用意したぞ」
サンドイッチ、メロンパン、そして丸い生地に細いパン生地を乗せて作る動物の顔パンだ。
勇太の割り当ては、動物パンの造形だ。
「せっかくの男子だから勇太君を宣伝に利用させてもらうぞ」
「はい軍曹!」
「軍曹?まあいいよ。動物パンは、普通の生地とチョコ混じりの生地をうまく使って自由に作ってくれ」
「はい、やらせてもらいます」
イメージは熊、犬、猫の3種類だ。ルナが見ている前でコネコネしてみた。
ルナが、後日の宣伝用にと録画している。実は間違ってリアルタイム中継のスイッチオン。
パン生地を熊の形に勇太が整えると、それを見たルナが言った。
「あ、ゴブリンクエスチョンのゴブ君だ」
「・・え、ごぶ?」
こちらの世界では長く人気を誇るRPGゲームのキャラがいる。それがゴブリンのゴブ君。
勇太は一抹の不安を胸に、パンを焼いてもらった。
大型オーブンの中が見えた。酵母で膨らんだ生地が茶色く色づきながらパンに変わっていく場面をしげしげと見ていた。
勇太は、転生してからこういうところがある。
一度はあきらめた前世で、興味があったけど体験できなかったもの。そういうものを見ると、じーっと見入ってしまう。
やがてパンが焼けた。勇太がパン生地で造形したパンも出来上がった。
香りもいい。生地を作ったのと焼いたのは本職だから、味も保証付きだ。
「むむむこれは・・。勇太君は何の動物を作ったんだい」
「えーと、くまと・・」
「ゴブリンだよね!」
迷わずルナが答えた。笑顔のルナを見て、勇太は否定できなくなった。
「私、このキャラ好きだったんです」
「ゴブ郎、ゴブ太、ゴブ丸だよね。わあ、麗子が好きなキャラだよ」
食べてみたら、当たり前に美味しかった。
だけど、どこか納得がいかない勇太だった。
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