48 届けなかった思い

◇前世、秘められた純子の話◇


単なる仲良しと思っていた勇太とルナが、海岸線を歩いていた。


手の甲がちょんと触れると、2人は顔を合わせて笑い合った。


その姿にショックを受けて純子はようやく気付いた。


幼馴染みの勇太に恋心を抱いていた。


純子が中2、勇太が中3の春。悲しくはあったが、しかし純子はルナとも仲良くなっていた。


ルナさん、純子ちゃんと呼び合っていた。複雑ながらも2人を祝福しようと思った。


フランス人の血も入り、美しくなっていった純子はモテた。母の友人のツテでモデルのような仕事もして、その世界に興味がわいた。


カッコいい男子とも知り合った。みんな褒めてくれた。だけど勇太が喜んでくれるのが、相変わらず一番嬉しかった。


夏になった。


夏祭りに誘われ、勇太、ルナ、薫、梓と行った。そこには伊集院君もいた。


楽しかった。そして伊集院君と仲良くなった。お兄さんのような人だった。


その後も何度か同じメンバーで会った。勇太とルナが並び、薫の腕を梓がつかんでいた。


自然と純子は伊集院君と並んで歩き、色んな人からペアだと思われた。なんとなく、学校でも会うと話をしていた。


目立つ美男美女。噂になったが付き合うことはなかった。


純子は、伊集院君がルナに好意を持っていることを知っていた。


少しだけ寂しかった。


1学年上の勇太達が同じ地元の高校に進むと知った。同級生にも仲良しは多かったし迷った。だけど夢を追いかけてみようと、他県の叔母の家に住むことに決めた。


純子は多忙になった。


中3の夏、思い出作りに勇太らと昨年のメンバーで夏祭りに行きたいと思った。


勇太が発病し、表向きは股関節を痛めたということで入院していた。退院してから、勇太の家に6人で集まった。


勇太は高1、病気発症から2ヶ月後だ。


純子は何度か勇太の部屋を訪れ、回復が遅いことを心配していた。勇太がいつも笑ってごまかし、本当のことを知らなかった。


時は過ぎた。


自身の高校受験、他県への引っ越し準備が終わり、次の日に家を出る。純子は勇太に一旦の別れを言いに行った。



純子は勇太に聞きたいこともあった。


この時期、ルナが勇太の所に足繁く通っていた。しかし、自分に未来がないと知った勇太が、すでにルナに別れを告げて数ヵ月が経っていた。


少し前にルナと勇太を見た純子には違和感があった。


10年以上も勇太と付き合いがある純子は、何かギクシャクしたものを感じた。


勇太とルナの仲が、うまくいってほしいと思っている。だけど勇太がフリーになるなら・・


話は弾んだが、30分して突然に終わった。


『勇太、ルナさんと仲良くね』

『うん、まあね・・』


『あれ、最近はうまくいってないんだー』

『お前には関係ないだろ!』


心が荒れかけていた勇太は、つい大声を出してしまった。純子は優しい幼馴染みから返ってきた返事にショックを受けた。


『勇太なんか死んじゃえ!』


そう言って純子は帰り、次の日に引っ越した。勇太がすでに高校退学の手続きを取っていることは隠されていた。


悪気はない。もっと垣根がなかった頃、ちょっとケンカしたりすると、悪い言葉をお互いに投げつけていた。


勇太だって、同じくらいひどいことを純子に言ったこともある。


純子が帰ったあと勇太は苦笑いした。


今の自分には悲しい言葉だが、それを言わせた自分が悪いと反省した。



純子は新しい環境が思ったより目まぐるしく、そして充実していた。


勇太にLIMEもしていたし、そこで謝った。勇太も気にするなとメッセージしてくれて、色々と励ましてくれた。


別れ際の言葉も忘れかけていた。


夏休みに入り、やっと帰省した。


偶然に最寄駅で勇太の中学からの友人に会った。


あまり自分のことを知らせない勇太の近況を聞こうとした。


その人は勇太が、なにか難しい病気にかかったらしく、学校を自主退学したと教えてくれた。


急いで家に帰り母親から本当のことを聞いた。



最後に自分が言った言葉がよみがえってきた。


『勇太なんか死んじゃえ!』



勇太は家にいた。部屋は2階から1階に移っていた。自分の部屋の椅子に座っていたが、横には杖が置いてあった。


純子は勇太の顔を見ると涙が溢れてきた。


知らなかったとはいえ、大変な病気に犯された人間に、なんてことを言ったんだと後悔した。



その純子に勇太はエールを贈った。


医療が発展してるしいずれ治る見込みもあると言った。今の趣味はネットで色んなものを見ること。笑いながら言った。


純子の半分素人なモデル業の活動も、逐一把握していてくれた。


それから3年。


寝たきりでも指は動いた勇太とメールでメッセージをやり取りしていた。


『ざっし、みた よかつた』

『ありがとう』

『つぎもきたいしてるそ』


会う回数は少なかったが、きちんと繋がりはあった。


最後の1年は梓が勇太に、純子の活躍を聞かせていたりした。



そして令和6年5月10日の朝。


純子が契約している事務所へ打ち合わせに向かうとき、突然に連絡が来た。


弱りきっていた勇太が夜中に肺炎を起こし、10日早朝に息を引き取った。


急な話だった。


家族以外は花木ルナ、今川薫しか最期を看取ることができなかったと聞いた。


純子は出勤する人が行き交う街の中で涙を流した。


勇太への想いは秘めたままだった。


◇◇◇


その前世純子の、深い愛情に裏付けられた思いを勇太は知らない。


だけど、純子が向けてくれた瞳の暖かさは覚えている。


パラレル純子がルナのことをよろしくと言ったときの表情。建前だけで言っている訳ではないと思えた。


とりあえず会話してみようと思う。


「純子、いや花木さんは、なんでパン屋にいたの?」


「お姉ちゃんも花木だよ。私は純子でいい」

「そうだったね。じゃあ俺も勇太でいいかな」


2人で笑った。


「そうだね、ルナお姉ちゃんの大事な人だから言っとくべきかな。私が結構、遊んでたの聞いてたでしょ」


「まあ、それなりに」


「それが原因で、あんたとルナお姉ちゃんが付き合う前くらいに、断罪みたいのされたの」


「へ?」


「私の悪い噂はいずれ知ると思うけど、お姉ちゃんは悪く思わないで」


「あれ?なんか変な展開に・・」


勇太も寝たきりになる頃から、ネット小説はたくさん読んだ。


異世界転生もので悪役令嬢とか、ピンクブロンドの男爵庶子が出てくるけど、この世界とは無縁と思っていた。


どうやら純子は、ルナの知り合いに『ざまぁ』とまではいかないが、糾弾されたらしい。



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