第三章――【森の灯台】

レオン・マクスヴェインについて

 人狼の力がいかに危険なものか――レオン・マクスヴェインは、物心ついた時点からよく言い聞かされてきた。


 歴史を辿れば、人狼が暴れまわって人々に危害を与えた事例はいくつもあった。


 ひとたび狼になってしまうと、もう理性ははたらかない。

 血に飢えた狂犬は、周囲の人に無差別に襲いかかるのだ。



 当初は、その話を聞いてもあまり重大に受け止めていなかった。


 どれだけ恐ろしい能力だろうと、それはもう過去の話だ。

 ヒトが狼に変身するなんて、この魔力衰退の時代にはあり得ないことだと、その頃のレオンは考えていたのだ。


 六歳になった頃、その考えが甘かったと知る。



 初等学院の入学に際して、魔力適性の検査を受けた。

 その結果、レオンが高い魔力を持っていることが判明したのだ。


 ふつうなら、祝福されるべきことである。

 なにせ現代で能力発現の素質を生まれ持つのは、百万人に一人とも言われるほどだ。

 それほどまでに希少な存在。

 種族の誇りとして、親族一同から盛大に祝われるなんてこともある。



 だが、人狼の直系を汲むマクスヴェイン家にとっては、喜ばしいことではない。



 狼化の能力は決して誇れるようなものではなく、むしろ忌むべき力。

 レオンは、そんな忌まわしい力を現代に再来させてしまったのだ。



 レオンが人狼の力を受け継いでしまったと分かったあと、両親はその恐ろしさを、輪をかけて力説するようになった。

 父母は当家の記録を掘り出して、人狼の暴走ぶりをレオンに伝える。

 それがいかに恐ろしいか、狼がいかに凶悪か、まるで呪詛をこめるように言い聞かせた。


 両親の鬼気迫る言葉は、幼い少年の心を深くえぐる。


 能力への忌避感と、恐怖心が、レオンの心の奥底に根として張った。


〝そいつ〟が目覚めさせてしまわないか、不安でしかたがなかった。



 毎日おそろしい夢を見た時期もあった。


 自分が狼に変身して、身近な人たちを喰い殺してまわる夢だ。

 とてもリアリティがある夢だった。


 目覚めた後、いつもすえた血のにおいが頭の中に滞留していた。起きてすぐトイレに駆け込んで吐いたこともある。



 能力暴発の恐怖心は、そのまま、他人と深くかかわることへの恐怖心ともなった。


 学院に入学してから、なるべく級友と距離を置くようにした。

 周囲が友達の輪をつくり上げていく中、自ら孤独の道を選んだのだ。


 あの悪夢が現実になってしまうぐらいなら、孤独でいた方が、ずっと良い。



 レオンはこれまで、ずっと〝一匹狼〟として生きてきたのだ――……。

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