はなさないよ

鈴ノ本 正秋

 

一カ月前、幼馴染の翔子が付き合っていた彼氏が死んだ。

スマホを触りながら運転をしていた車に撥ねられ、打ちどころが悪くて即死だったらしい。

それ以来、翔子は自分の部屋から出て来ない。


「翔子、今日も学くんが来てくれたわよ」


翔子のお母さんが部屋の前で呟くと、軽くドアをノックした。乾いた木を叩く音が部屋の中まで聞こえているはずだが、返事はない。

「ごめんね。学くん」と翔子のお母さんは言うと、俺に飲み物を用意してくれるらしく、一階にあるキッチンの方へと向かって行った。


俺は翔子の部屋のドアを眺めた。


「翔子。ちゃんと寝られているか?」


もちろん返事はない。

家が近いことと、それなりに翔子と親交がある俺は、担任の頼みで配布物を五回も届けにきているが、五回とも翔子の声を聞けていない。


今日も無理か、と俺はふぅと小さく吐くと、そのまま翔子の部屋から離れようとしたが、ドアに何かが当たる音がした。

俺は踵を返して、翔子の部屋の前に立った。


「まなぶ、まだいる?」


翔子の声が聞こえた。しばらく声を出していなかったからか、少し声が掠れている。

そして、翔子の声と共にドアが僅かに揺れていたため、翔子はドアに寄りかかりながら話しているのだろう。


「ああ、いるぞ」


俺は翔子の部屋に手を当てた。

ドア越しに翔子の震えが伝わってくる。きっと声を殺して泣いている。


「雄介くん、死んじゃった。突っ込んできたトラックにひかれて」


「知っている。俺も近くいた」


俺も高校から最寄り駅まで歩いている時に、あの凄惨な事故を目の当たりにしている。

飛び散る血。鉄の塊が人間の体を叩く鈍い音。宙を舞った同じ制服を着た男の体。

鮮明に覚えている。


「学校の奴や教師、両親。そして、世の中がお前を見捨てても俺はお前の味方だ」


翔子の彼氏の背を押したあの白い腕が脳裏に焼き付いて離れない。

青い痣が袖から見えた白い腕が。


「ありがとう、学。私のこと、はなさないでね」


俺たちは共犯者だ。

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はなさないよ 鈴ノ本 正秋 @_masaaki_

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