第31話:ボロボロの一軒家
「どう思う? レナセール」
「壁の魔法強度が心配ですね。実験室で考えると広さはちょうどいいですが、壁は妥協してはいけないと思います」
不動産屋に手作りの地図をもらって、近くから順番に見ていた。
今いる場所は、西門近くの一軒家で、閑静な住宅街だ。
二階建て、一階には実験室に使えそうな大きな部屋があったものの、壁に手を触れたあと、レナセールが首を振った。
異世界ならではの気を付けなければならない点がある。
一番は壁の魔法強度だ。
コンクリートではなく、土で作ったレンガ、木で作られた家が多いのだが、接着剤代わりに魔法を付与している。
今まで地震などというものはないので、それの心配はしていないのだが、実験の最中に魔法が空気中に漂うことで、ボロボロ崩れたりするのだ。
錬金術師は家にこだわる、という格言もあるのだが、まさにその通り。
ちなみに今の実験室も壁がボロボロなので、出る時に補強してから退出しないといけない。
もし異世界に退去費用の制度があれば、おそろしいことになりそうだ……。
「場所はいいんだがな。市場にも近いし」
「ですね。距離に関しては、私は大丈夫ですよ。歩くの大好きなので」
「解体所の横は?」
「……ちょっとつらいです」
エルフの鼻は人間よりも鋭い。
レナセールは、明らかに眉をひそめた。
「はは、冗談だ。次へ行こう。これからの時期は移民も増えるだろう。急いで決めないとな」
「確か魔物が増えてきてるんですよね? 難民の受け入れは制度としても良いと思いますが、治安が心配ですね」
「その分、兵士も増えるだろう。できるだけ目立たないように今後も気を付けるとするか」
「はい! あ、ベルク様」
するとレナセールが、駆け寄って来た。
俺のほっぺに煤がついていたらしい。
背伸びして手で取ってくれたあと、突然、ペロリと舐めてきた。
「えへへ、綺麗になりました」
ちなみにエルフの唾液は浄化作用があるらしい。
異世界、すごい。
◇
それから俺たちは、とにかく歩き回った。
レナセールはとにかく外が好きだ。
反対に眠るのが好きではないと教えてもらった。
今の幸せが夢だったらと思うと、起きるのが怖いらしい。
そんなことはないと、いつもなだめてはいるが。
夏の日差しで目を細めながら、手で影を作りながら歩く。
けれどもその日は良い物件が見つからなかったので、あーだこーだいいながら疲れ眠る。
一日、一週間、二週間と過ぎた頃、一つの家をじっくり見ていた。
王都の東側には大きな時計台がある。
朝と夕方にゴオンゴオンと響くので、結構な音が聞こえるのだ。
ちょうど夕方前、その裏手にある一軒家の中。
「レナセール、凄いぞ。みてくれ」
「ん、っえ、庭ですか!?」
ボロボロの一軒家だ。
周りには何もなく、二階建ての広い家ではある。
木製ではなくレンガで、驚いたのは、広い庭がある。
ただ、手入れはされていないらしく草木が生えていた。
一階はリビングと浴室、お手洗い、実験室に使えそうな広い場所。
二階は寝室と物置に使えそうな部屋だ。
一番驚いたのは値段だ。
ありえないほど安い。
なぜ――と思っていたら、それはすぐにわかった。
――ゴオオン、ゴオオン、ゴオオン。
驚くほど大きな時計台の音が、家中に響き渡る。
魔法強度はかなり高いらしく、壁が震えたりはしない。
なるほど、だから激安なのか。
「す、すごいですね」
いつもは心地よい音色も、今は爆発に思えた。
広大な王都を響き渡せるには仕方ないだろう。
だが前人の記録を見てみると、ここには魔法使いが30年も住んでいたらしい。
……もしや。
「レナセール、この家はどう思う?」
「市場からも近いですし、治安もいいです。ギルドも遠くないですしね。何より広さと魔法強度でしょうか。後は、庭もありますしね。ただ、音が――」
「いや、音は問題ない」
「え? あ、もしかして何かお考えですか?」
「今、”レシピ”を思い浮かべたら出てきた」
おそらくだが、前人の魔法使いは、何かしらで音を殺していたのだろう。
俺は錬金術師、音を打ち消す物を作ればいいだけだ。
これほどの優良物件を手放す理由はない。
何より庭は喉から手が出るほど欲しかった。
その理由は、今よりいい野菜が食べられるかもしれないしな。
「でも、確かに音が漏れなくなって、外からも聞こえなくなえれば凄くいいですね」
「だな。ん、どうした? なんか頬が赤いぞ」
「えへへ、だっていつも声を抑えてますから。それをしなくていいとなると、嬉しいのです」
それが何のことなのか、俺は尋ねなかった。
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