第30話:やることいっぱい、夢いっぱい
春が過ぎ、王都はすっかり初夏になっていた。
今年は特に暑いらしく、街中で上半身裸の人をよく見かける。
冒険者の大勢が裸同然の恰好をしており、女性は水着のような戦闘服を着ている。
創作物でありがちな、これはどこを守ってるんだ? という疑問が少し解決されたのは良かった。
数か月前、俺は優勝した。
舞踏会に行かなかったので、その後どうなるかと不安ではあったが、チェコがうまくやってくれたのでお咎めはなかった。
また、魔虫対策で関わりのあったラジャーニャ家の姉、エルミックのおかげで報奨金もしっかり頂いた。
一応名は売れてきているらしく、最近は街で歩いていると「あれがベルクか」「レナセールか」とささやかれることがある。
認知されるのは良いことだが、襲われないように気を付けよう。
目を覚ましてあくびをしていると、エアコンの涼しさで寝汗をかいていないことに感謝した。
去年の今頃は、とにかく暑くて最悪だった。
リビングへ行くと、レナセールがエプロンをつけて朝食の支度をしてくれていた。
「ベルク様、おはようございます。もう少しかかるのでお待ちいただけますか? お飲み物入れますね」
「ありがとう。今日も外は暑そうだな」
「みたいですね。ピカピカしてます」
レナセールは、太陽のことをピカピカという。
独特で可愛らしいので、あえて何も言っていない。
なぜ暑いとわかったのかというと、サーチの位置だ。
家はエアコンのおかげで適温だが、俺たちよりも気温に敏感らしく、寝ている場所で温度がわかるようになった。
愛玩猫であり、監視員であり、温度計。
実に良い猫だ。ちょっと失礼だが。
「どうぞ、こちら置いときますね」
王都にもコーヒーがある。
名前は違うし、味は少し淡泊だが、ブラックはそこまで変わらない。
起き抜けの一杯は何よりも美味い。
レナセールがコトンっと置いてくれたので一口。美味い。
それからぼーっと眺めていると、レナセールはテキパキと動いていた。
いつも手伝おうとするが、そのたびに座ってくださいと言われる。
数十分ほどで出来上がり。
「今日は市場で魚を買ってきたので、フライにしてパンにはさんでみました」
白い柔らかいパン、俺の好きな骨のない魚が挟まれていた。
味付けをして油で揚げたものだが、これが実に美味しい。
レナセールは早起きなので、掘り出し物がないかと朝市に出かけている。
魚もそうだが、素材も良いものを見つけて報告をしてくれるのだ。
「食べ終わった後でいいのですが、後で見てもらえますでしょうか?」
「ああ、今日はどんなものがあった?」
「西のダンジョンで獲れた魔石だそうです。値段が安かったので不安でしたが、
レナセールは錬金術を目指し始めた。
だがもちろん彼女に俺のような能力はない。
錬金術師になるには推薦は必須だが、1年に二回ある試験を受けることになる。
試験官によって内容はことなるが、共通して大事なのは観察眼だ。
錬金術は無から有を生み出すのではなく、元々ある物質を加工する。
本来は貴金属を使うのだが、異世界ではそれが幅広い。
今までは俺が能力を使って良いものを見極めていたが、レナセールも勉強を始めた。
先は長いと思っていたが、彼女の資質には驚く。
偉そうに言うつもりはないが、良いものをしっかりと持ってくる。
曰く、魔力の揺らぎ見えるとのことだ。
チェコはいつも直感らしいが、俺も含めて、根本は魔力で判断してるのかもしれない。
食事を終えると実験室に移動した。
レナセールは、まるで遅刻をした生徒かのようにドキドキしている。
しかし魔石を一目見てわかった。
凄く良いものだと。
魔石は、武器の錬成や素材として非常に利用価値がある。
多くの魔力を含んでいる分、エアコンのようなものに加工して取り付けると寿命が延びるし、武器の錬成に付与すると効力が上がる。
言葉より先にまずは頭を撫でる。
「凄いぞ。これはきっと朝一での一番掘り出し物だ」
「本当ですか!? 良かったです!」
くしゃりと笑顔を見せる彼女が愛らしい。
それから俺たちは外着に着替えた。
エアコンはつけっぱなし。
電気代はかからないので、サーチも大喜びだ。
王家にも献上したままなので、今年の夏が暑ければ暑いほど俺の評判は上がるだろう。
できれば、地獄の業火になってほしい、なんて。
「さて、行こうか。疲れたら先に帰っていいぞ。できるだけこだわりたいからな」
「大丈夫です。凄く楽しみなので!」
報奨金も入ったので、新しい家を借りようとしていた。
今日は空き家をチェックしていく。
不動産屋みたいな人もいるが、わざわざ着いてきてくれるような感じでもない。
住所をもらって確認しにいく。
場所によっては思わぬ落とし穴がある。
治安の良しあしはもちろん、酒場が近いとうるさかったり、近隣に買取所があると匂うだとか。
異世界の世界でも家選びは大事だということだ。
しかし悩むのもまた楽しい。
「あ、ベルク様。この家だけはちょっと好きじゃないです」
「ん、どうしてだ?」
既にいくつかチェックしていたが、地図を見ながら一つだけレナセールが眉をひそめた。
どうしてかなあと見直すと、すぐにわかった。
もちろん、表情にも出ていた。
「夜の社交場が近いですから」
「……承知した」
前に”そういうの”行ったことあるんですか? と誘導尋問されたのだ。
答えるのが少し怖かったが、嘘をつきたくなかった。
あのときは大変だった。
もう、大変だった。
とにかく大変だった。
「えへへ、嬉しいです」
満面の笑みのレナセールは、可愛くてちょっと怖い。
でも、それもまた彼女らしくていい。
さて、いい物件があるといいんだが。
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