第26話:幸せを想像しながら前に進むほうがいい
自宅に戻ると、サーチが元気に出迎えてくれた。
不法侵入をしているかどうかの痕跡のチェックである、魔法陣も確認してみたが、問題ない。
レナセールは、静かに俺の服と鞄を、取っ手に掛けた。
そして、悲し気な表情を浮かべた。
「ベルク様、本当に申し訳ございません」
「なんで謝るんだ?」
「私のせいで断ったのではないのですか?」
チェコの申し出は驚くべきほどの好待遇だった。
貴族の工房を使わせてもらい、更には部屋も貸し出してくれる。
なぜそこまでしてくれるかと尋ねると、直観的な感覚、つまりなんとなくとの答えが返ってきた。
自分には人の見る目があり、それを生きている上で外した事がないと。
もちろん、レナセールと一緒に来てくれて構わない。
しかし、それを断ったのだ。
「なぜそう思う? 彼女は、君も来ていいと言ってただろう」
「……私が、その……やきもちを妬くからではないですか?」
その問いに、俺は――高笑いした。
レナセールが焦り始める。
「え、ど、どうしたのですかベルク様!?」
「逆だよ。レナセール」
「……逆とは?」
「今の生活が気に入ってるからだ。朝起きたらレナセールがいて、サーチがいて、ご飯を作ってくれて、まあ、頼りきりで申し訳ないが、慎ましくも幸せなこの生活が楽しんだ」
「……嬉しいです。そう思ってくださっているだなんて」
「それと……黙っていたが、優勝したら家を借りようと思ってるんだ。今より少し大きなところで、浴槽もベッドもゆったりして、実験室も広くとれるような。そんな幸せを想像しながら前に進むほうがいい。もちろん、レナセールには悪いが……」
そのとき、彼女がぎゅっと抱き着いてきた。
「嬉しいです。私……チェコさんの事は好きです。でも、ベルク様と同じです。一緒に幸せを手に入れていきたいです」
「……ありがとな。だが手の内を明かした分、もっと頑張らないとな」
「そうですね。びっくりしました。エアコンの原理、全部説明しちゃうんですから」
「はは、俺だけならフェアじゃないからな」
丁寧に断りを入れた後、チェコは残念そうだった。
俺の腕よりも、俺とレナセールの性格を気に入ってくれたらしい。
それから俺はエアコンの事を伝えた。
彼女は目を輝かせ、まるで子供がサンタクロースの話を聞いているかのように喜んでいた。
チェコとは同じ錬金術師として、ライバルでいたい。俺よりも凄いと分かっているからこそ、憧れではなく、超えるべき存在として。
そして彼女もまだ頑張ると言っていた。
自分のまいた種ではあるが、負けないようにしないといけない。
たとえ能力があっても作るのは自分だ。
それにいいものを作れば、より良いものに近づく。
これからはより一層、努力を惜しまないでいこう。
「ただ、正々堂々としているベルク様が好きです」
「だが俺は能力があるからな。彼女とは違うよ」
「違わないです。私は知っています。ベルク様が毎朝、毎晩頑張っている事を。能力はきっかけでしかありませんから」
言葉でお礼を伝えるのではなく、頭を撫でて返す。
笑顔でくしゃりと表情を歪ませる彼女が愛らしい。
「さて、やる気もでたが今日はもう遅い。明日、早起きしてやるか」
「はい! 今日はお疲れでしょうから、たっぷりとご奉仕します!」
「……疲れてるんじゃないのか?」
「ベルク様とのぬくぬくは別です!」
よくわからないが、いっぱいぬくぬくした。
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