はなさないで

深川我無@「邪祓師の腹痛さん」書籍化!

手と手

血が流れています。

誰のとも判らぬ血が流れています。


わたしのものはとうに枯れ果てたゆえ

これはあなたの血でしょうか?


何故傷つかれたのですか?

酷く痛みますか?


いったい誰がこのような酷い仕打ちをしたのでしょうか?


わたしはゼンゼン大丈夫です。

まったく以てヘイキです。


もう痛くありません。

悲しくもありません。


この南京錠をご覧なさい。

ピカピカの真鍮です。

鏡面仕上げになっております。


時折映る自分の顔には

ピッタリと笑顔が張り付いており

ナンニモ心配事などないように見えます。


一人ボッチも馴れました。

すっかり飼い馴らされて元気なものです。


右から左へ流れる箱に

言われた物を詰めるだけで

わたしは生きる事が許されています。


心の交流は贅沢品なのです。

今貴方としているこの会話も

監視員がしっかり聞き耳を立てていて

オキュウリョウから天引くでしょう。


だけど不思議なものですね。

それでも貴方とお話したいと思います。


もうどれくらいこうしていたか知りません。

涙はすっかり枯れ果ててしまいました。


誰かと触れ合うのは辛いことです。

その人から流れてくる温かいものが

冷たい酷鉄に変わるのは。


はなさないでと懇願しても

みんな申し訳無さそうに

あるいは興味なさそうに

冷たい光を奥に隠して

わたしから遠ざかってしまうのです。


そんなことよりそのお怪我はなんですか?

救護室にお連れしましょうか?


頬に伝う透明色のそれはなんですか?


わたしは貴方をお助けしたいのです。

死んで欲しくありません。


お名前も存じ上げませんが

なぜだかそう想うのです。


そんな折、沸々と湧き上がってきた考えに

わたしの心臓がドキリと跳ね上がります。


ひょっとすると

わたしが傷つけたのでしょうか?

それはわたしがやったのでしょうか?


貴方の手を払いのけ

そこにある木槌で骨を砕いたのでしょうか?


それともそこに落ちた鋭利なナイフで

わたしが皮を削ぎ落としたのでしょうか?


わたしの手にベッタリと付着した

このベッタリとした血糊は

貴方を傷付け着いたのでしょうか?


もしそうならば


わたしにあなたをお助けする資格は御座いません。


どうぞその木槌で

そのナイフで


わたしを思う存分痛めつけて下さい。


そうだというのに

なぜあなたは透明色の雫を

頬に流しているのですか?


なぜわたしの手を取って

そっと包んでくれるのですか?


どうしてとっくに枯れ果てた

涙が再び溢れるのですか?


どうして流れるその血液が

これほどまでに温かいのですか?


気付けばわたしはその手を取って

収容所から駆け出していました。


外には荒野が広がるばかりで

飲水も無く食べ物も無く

ただただ立ち込める死だけが

わたしを思う存分苦しめようと待つばかり。


それなのに怖くありません。

寒くありません。


頬からの雫で渇きは癒やし

流れる血で暖を取りながら


あなたと共に居られるならば。

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はなさないで 深川我無@「邪祓師の腹痛さん」書籍化! @mumusha

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