王女マティルダの決意

 マクファーデン王国、王城。


「不肖マティルダ、只今帰還致しました」

「おお、マティルダ!我が娘よ!

 勇者によって悪しきドラゴンから救われ、無事帰ってきた───という訳ではなさそうじゃの」


 驚きと喜びをもって愛娘マティルダを出迎えたマクファーデン王だったが、彼女が握り締め引きずってきたものを見て即座に落胆した。


 ツンツンした黒髪、キリっとした太い黒眉、中肉中背という、どこにでもいる風貌の青年だ。鉄の鎧、盾、斧という駆け出し冒険者同然の装備を身に纏っている。


 白目を剥いて伸びている様は何とも情けないが、顔を忘れるはずがない。

 勇者ユーリウスだった。


「ドラゴンから救出はしては頂いたのですが、帰路の途中で崖から飛び降りたところ、一緒に落ちてしまいまして。勇者様は海の藻屑になりました」

「大方つれなくされたのじゃろうが、思っていても『試しに』とか言ってはいかん。それに、藻屑になっておらんではないか」

「勇者様は気絶してしまいましたので、実質藻屑と言えましょう。

 残されたわたくしは、やむなく帰還した次第です」

「しれっと言っておるが、我が娘ながら規格外じゃのお」


 愛娘の非常識さに、王は白い顎髭を撫でつつ落胆を深くした。


 ───マクファーデン王家の祖は精霊に通じているとも言われ、その為か王族は皆屈強な肉体を有して誕生する。

 しかし、優れた肉体を有した伴侶とでなければ子を授かれない、という厄介な問題を抱えているのだ。


 伴侶が男性の場合は、精が押し負けてしまってそれまで、で済むが。

 伴侶が女性の場合は、仮に身籠っても胎の子の成長に母体が耐え切れずに死んでしまう、という事もままあるのだ。


 王女マティルダも例外なく、恵まれた体躯を持って生まれている。

 そして、彼女の伴侶であり次代の王は、優れた肉体の男である事が望ましい。

 そこで王が目を付けたのは、大魔王を打ち倒した”真の勇者”の末裔の存在だった。


 ”真の勇者”は子沢山だったらしく、王国中にその末裔が多く生活していた。

 だが、今は魔王との戦いもない平和なご時勢だ。武器は農具に化け、魔法の世話になる者すらそう多くはない。

 そんな中で一般人として生活している彼らが、マティルダの伴侶に相応しい力量を持ち合わせているはずがなかった。


 そこで、”真の勇者”の末裔を王女に相応しい男に育てるべく、一芝居を打つ事にしたのだ。


 まずは、王女を洞窟へ置き、強い魔物を配し、末裔の青年に魔王の脅威を唆して討伐を要請する。

 青年は戦いを通して力をつけ、やがて王女と肩を並べられるまでに成長。

 そして旅半ばで立ち寄った洞窟で、囚われていた王女と出会い、恋に落ちる。

 魔物との激戦を乗り越えて青年と王女の愛は育まれ、ついでに近場の温泉街で甘い一夜を過ごしてもらう───


 ここまで説明すれば、もう分かるだろう。

 ユーリウスに伝えていた『魔王によって王女が攫われた』という情報は、マティルダの”婿育成”の為の真っ赤な嘘だったのだ。


「しかし、ここまでお膳立てしても姫の救出に失敗するとは…」

「洞窟の魔物よりも二ランクは上ですからなあ、ドラゴンは。初見で挑むのはさすがに大変でしょう。魔王城近辺で修業を積めれば良いのでしょうが…」

「しかし、魔王城近くで必ず行かねばならん洞窟などありませんぞ」

「姫を置いていた洞窟も、燭台めじるしを置かねばスルーされてしまいますし…」

「またドラゴンを捕まえてこねばなりません。もういっその事、スライムとかでいいのでは?」

「仔ドラゴンすら裸足で逃げ出す姫の威圧ですぞ。大人ドラゴン以外、どの魔物なら務まるというのです?」

「それに、スライムは服を溶かす液を持っているではないか。勇者様が来た時に万が一スライムに襲われていたら、わたくしお嫁に行けない…もとい、婿になってもらえません」

「「それはありえませぬ」」

「むしろ姫の逞しい胸筋を見る羽目になるスライムが可哀想でありまする」

「………ぐぬ、解せぬ」


 謁見の間で行われる王と王女と側近達との作戦会議は、二十回を超えた辺りから誰もが数えるのをやめてしまった。そこまで数をこなすと、もはや策という策は粗方出尽くした状態だ。


『もう王城の兵士でもいいんじゃない?』なんて案も出てきてはいるが、王女は『わたくしより強い殿方が良い。兵士では相手にならん』と譲らないし、マクファーデン王も出来れば好いた男と一緒になって欲しい親心があった。


「陛下ー!」


 そんな時、けたたましい音を立てて正面の大扉が開かれた。血相を変えて間に入ってきたのは、王城の番兵だ。

 この作戦会議は城の中では公然の秘密みたいな所はあるが、勿論一介の兵が入室して良い理由にはならない。今回はそれを越えてきたのだ。只事ではなかった。


「何事じゃ、騒々しい」

「ま、魔王城より書状が来ております!」

「なんと!読んでみせよ」

「はっ!ええと…『お前達が我が眷属を捕らえて婿選びの道具に使っているのは分かっている。その悪逆極まりない行い、断じて許す事は出来ぬ。明朝全軍でそちらに侵攻するから、雁首がんくび揃えて待っていろ』………との事です!」


 番兵が手に握り締めていた書状を淀みなく読み上げると、その場にいた全員からざわめきが上がり出した。


「何という事だ………まさか魔王に勘付かれるとは」

「”婿育成”で、ドラゴン十二匹を使い潰しましたからなあ。さすがに魔王も堪忍袋の緒が切れたのでしょう」


 側近の言葉に、王は皺だらけ顔を更にくしゃりと歪めた。


 今回の”婿育成”、マクファーデン王家としては王家存続の儀式みたいな所はあるが、魔王からしたら自分の眷属が人間に余興で殺されているような状態だ。あちらからすればたまったものではないのだろう。


 なおこちらもこちらで、ユーリウス以外の”真の勇者”の末裔が二十五人程再起不能リタイアしている。

 一応親族には賠償金が支払われているが、『税金がおかしな所で使われている』と民衆から不満が出始めている状況だ。


「父王よ、今は魔王軍の迎撃に専念致しましょう」


 マティルダは背筋を正し、王に向き直る。

 魔王の軍勢が迫っているというのに、その眼光に絶望は宿っていない。


「ふむ、我が娘よ。何かの策があると?」

「策などというものではありませぬ。しかし───」


 筋肉が乗った腕を引き、見せつけるように上げたそこにあったのは、青白い顔で気絶しているユーリウスその人だ。

 ユーリウスの右手は、マティルダの右手をしっかりと握り締めている。


 王と側近達が怪訝に眉を顰める中、マティルダはどこか愛おしげに勇者を見下ろした。


「この通り、勇者様はわたくしを離して下さらぬのです。

 勇者としては未熟な方でしたが、意識を失してなおわたくしを守ろうとする気概、称賛に値します。

 この強き想いは、兵達に勇気と希望を与える事でしょう。

 ───僧兵、勇者様に強制睡眠と完全防御の魔法をかけよ。

 わたくしは、魔王の軍勢に立ち向かう!」


 ユーリウスの腕をまるで剣のように握り締めたマティルダは、遠き魔王城をねめつけたのだった。


 ◇◇◇


 ───後の歴史書には、こう記されている。


 マクファーデン王国軍と魔王軍の戦いは、勇者と王女の名を取って後にユーティルダ大戦と呼ばれた。

 魔王軍五十万の大軍に対し、王国軍はわずか十万。王国軍の全滅は必至と思われた。


 しかし勇者ユーリウスと王女マティルダは、手を取り合い出陣。

 王女に迫りくる猛攻に対し、勇者は身を挺して守り抜き、時には捨て身で打ち伏せたという。

 自身の命を顧みない鬼気迫る戦い方は、多くの魔物を恐怖に陥れ、多くの兵に涙を流させたとも。


 勇者と王女の絆の深さに感化された王国軍は高い士気を維持し、瞬く間に魔王軍の迎撃に成功。勢いそのままに、魔王城を包囲した。


 王女と共に現れた勇者を見て、魔王は即座に降伏。

 魔王城がある孤島のみを魔王の領土とする代わりに、孤島への人間の侵入を原則禁止する形で平和条約は締結された。


 余生を魔王城で過ごした魔王は、

『余所の大陸には同族を戦いの道具にする恐ろしい人間がいるから、決して島から出てはいけないよ』

 と子らに語ったと言われている。


 勇者の強さに恐れを為した発言と思われるが、近年になって『実は王女が、勇者を武器のように振り回して戦っていたのでは?』というトンデモ異説も出ており、現在研究が進められている。


 ───戦争を終結させた勇者ユーリウスのその後だが。

 意外にも王女との進展はなく、大戦後故郷に帰還。幼馴染と仲睦まじく暮らしたようだ。


 一方、勇者と破局した王女マティルダは、失恋を引きずったのか王位継承権を放棄。

 幾ばくかの兵を引き連れ、王国外の未開の地へ旅立っている。


 王女は出発前、

『この国に、わたくしの歩みを止める者はおりませんでした。わたくしが立ち止まった場所こそが、わたくしの国なのです』

 と語っており、それから後五百年続いたマティルダ大帝国の礎となっている。



 ~ユーティルダ大戦・前日譚~ おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ユーティルダ大戦・前日譚 那由羅 @nayura-ruri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ