狐に嫁入り

LeeArgent

狐に嫁入り

「もういいかーい?」


「もういいよー」


 夕方、小学校からの帰り道。

 神主がいない、崩れかけた古い神社。私たちはかくれんぼしていた。

 メンバーは、同じクラスのモモちゃん、カズくん、あっくん、そして私。


 最初のオニはカズくん。私たちは、カズくんが百を数える間に、散り散りになってかくれた。

 私は神社の縁下に無理やり体をねじ込んでかくれた。絶対にここなら見つからない。声に出して笑いそうになったけど、口を手でおさえて何とかガマンする。


 外からは、みんなの声が聞こえていた。

 ほんの一分くらいでモモちゃんが見つかって、それからすぐにあっくんが見つかった。二人分の残念そうな声と、カズ君の得意そうな声が聞こえてくる。

 でも、それから長いこと、私はカズ君に見つからなかった。カズ君は段々イライラし始めて「どこだよー」って言ってる。


 私はもう少しだけ、このまま隠れる気でいた。くすくす笑って、縁下から外をのぞいていると。


「何してるの?」


 耳元で声が聞こえて、私はびくっとした。

 振り返ると、いつの間にか私の隣にお兄さんがいた。


「ひゃ」


 私はびっくりして叫びそうになったけど、かくれんぼ中だってことを思い出して、両手で口をふさいだ。

 お兄さんは、フフッと優しく笑って、白い尻尾をふわりとゆらす。


 お兄さんには、白い狐耳と、四本の白い尻尾があった。よく見れば、服は昔の和服みたい。着物じゃなくて、神社の神主さんが着てるようなやつ。


「かくれんぼ?」


 お兄さんは、もう一度たずねる。私は黙ってうなずいた。

 お兄さんは「ふぅん」と言って、私の手首をきゅっと握った。


「もっといいかくれ場所があるよ」


 ポンッと音がした。

 同時に、けむりが目の前を覆い隠す。

 私は何が起こったのかわからなくて、だまったまま、されるまま。


 気づいた時には、知らないところにいた。


 深い森の中。真っ赤な鳥居と、綺麗な神社。境内には彼岸花がいくつも咲いている。


「あ、あの、あの……」


 私は、私の手首を握るお兄さんを見上げて、何か言おうとしていたのだけど、言葉にすることができなかった。お兄さんは私を見下ろして、にっこりと微笑んで。


「ここなら見つからないよ」


 と言って、私の手を引っ張った。


 お兄さんのこと、悪い人には見えなかったのだけど、それでも私には怖かったから、私はお兄さんに聞いてみた。


「お兄さんは、誰なの?」


 お兄さんは答える。


「この神社の神様だよ」


 神様……狐の、神様?


「神社の中に入ったら、どうなるの?」


「僕のお嫁さんになるんだよ」


 お嫁さん、だなんて。

 私はまだ小学生だし、お嫁さんなんて早すぎる。それに、まだお兄さんに自己紹介できてないし、お兄さんのこともよく知らないし。


「僕は、君のこと、よく知ってるよ。

 ねぇ、ハルカちゃん」


 ……なんで? なんで自己紹介してないのに、私の名前を知ってるの?


「僕は、うんと昔からこの土地にいる神様だから、何でも知ってるよ。ハルカちゃんが生まれた時のことも、初めてお喋りした時のことも。この前、宿題を忘れた時のこともね」


 はじめて、お兄さんが怖いと思った。

 私はお兄さんのこと知らないのに、お兄さんは私のことをたくさん知ってる。


「お兄さんのお嫁さんになったら、どうなるの?」


 こわごわたずねる。

 お兄さんは言った。


「僕と永遠に二人きり。いつまでも愛し合うんだよ」


 ということは。

 この鳥居をくぐったら、私は帰れない……?


「……かえる」


 小さい声で、それだけ言った。

 お兄さんは笑顔のままだったけど、目は狐みたいに細くなった。怒ってるんだって、すぐわかった。

 私は、私なりに言い訳を必死に考えて、通じるかわからなかったけど、とにかく言ってみた。


「あの、私、まだ子供だもん。だから、まだお嫁さんなんて早いから。もっと、お料理とかお掃除とか、上手にならないとダメでしょ? だから……」


 細かったお兄さんの目は、だんだん丸くなっていって、怖くなくなった。


「うーん、それもそうだね。じゃあ、ハルカちゃんがお年頃になるまで待つことにするよ」


 そう言ってくれた。

 よかった。私はホッと息を吐き出した。


「でも、一つだけ約束」


 急に、お兄さんがズイッと顔を近付けた。

 その目は血みたいに真っ赤で、私の心の中まで見透かすかのよう。


「今日のこと、誰にも話してはいけないよ。話したら、わかるね?」


 お兄さんの顔はみるみるうちに本物の狐みたいになって、私の顔を丸呑みにできるくらいに大きな口を開けていた。

 怖くて怖くて、私はガタガタ震えながら、何度も何度もうなずいた。


「じゃあ、またね」


 お兄さんは、やっと私から手を離してくれた。


 その瞬間。私は元の場所に戻っていた。古い神社の軒下に、私は寝転がってた。

 軒下から這い出て外を見る。空はすっかり暗くなってた。

 夜だ。いつの間に、こんなに時間が経ってたんだろう。


「ハルカ!」


「ハルカ、いるか?」


 神社の石段から声が聞こえて、私は振り返った。

 お母さんとお父さん、あと、近所のおじちゃんおばちゃん達が、私を呼びながら境内に入ってきた。


「お父さん! お母さん!」


「ハルカ!」


 私はお母さんに抱きついて、お母さんも私を抱きしめ返してくれた。


 きっと私、軒下で居眠りしちゃったんだ。そして怖い夢を見ちゃっただけなんだ、多分。


「あのね、お母さん」


 私は、さっき見た悪い夢のことを、お母さんに話そうとした。

 けど、自分の手首がチリッと痛くなって、話すより前に手首を見た。


 お兄さんに握られていた手首には、まるで動物に引っ掻かれたみたいなミミズ腫れがくっきり残ってた。


 今日のことは、話してはいけない。


 私、ずっと見張られてるんだ。


 ――――――


『狐に嫁入り』 

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