幕間 狂った平安時代の住人たち、動き出す

「「……………………」」


 新しく仲間に加わった中国の神の1柱が、全身を痙攣させ横たわっていた。

碌な手入れもされず艶のなかった黒髪は白髪に変わり、全身の穴という穴から体液を撒き散らすその様は、あまりにも不憫で正視に耐えない。


「てへぺろ☆」


「殴るぞ」


「なによ! こういうときはこうしたら可愛いって言ったのあなたじゃない!」


「状況をわきまえろと言っている。とりあえず混沌をを安全な場所に運んでくれ。我も後から追う」


「え、一緒に行かないの?」


「客はもてなさなければなるまい」


 アラクシュミが空を指差すと、雨雲を背にして空に浮かぶ2つの影があった。


「混沌が気絶し、結界が消えたことで存在を捉えられた。優秀だな」


「ふぅん? 知ってると思うけど私の【エインヘリヤル】の能力は、集めた戦士たちが誇った全盛期の能力を参照するわ! 殺さずにせいぜい鍛えてやりなさいよね!」


「貴公こそ我の瓢箪には捕らえた魂を内部で輪廻させ、現世に戻す力があることは知っているだろう? 心配には及ばぬ」


 そう言い残すとアラクシュミは地面を蹴り、空に並んでいた2人の顔をそれぞれの手でつかみ雲の中へと消えていく。


「くッ……!!」


 刹那の強襲により一瞬対処に遅れたものの、掴まれた男たちも黙っていない。

厚い雲の上、それぞれが拘束から抜け出すと、髪を後ろで縛った道着の男がアラクシュミの後ろに回り込み、挟み撃ちの形で対峙した。


「素早い対応だ。戦いなれているようで結構」


「当然だ。しっかし急に妙な気配が現れたと思ったらてめえとはな。会いたかったぜ【陸圧道人りくあつどうじん】さんよ!」


「懐かしい響きだ。我のことをその名で呼ぶということは大陸の仙人か道士といったところか」


「んだよ覚えられてねえのは寂しいねえ。オレは白虎。てめえには大昔に1度殺されて瓢箪に閉じ込められたことがあるぜ?」


「玄武だ。こうして顔を合わせるのは初めてだが、白虎から貴様のことは聞いている」


「ふむ。覚えていなかったことについては深謝しよう。だが重ねて申し訳ないことに今日はいささか都合が悪い。適当なところで失礼させてもらうこと、先に理解いただきたい」


「都合ねえ? そういや下にいた奴が女の子担いでたな。他国まで来て人攫いたあ一体何やらかす気だてめえ」


「我が考えていることは常に人々の幸福ただひとつ」


 その返答が白々しく映ったのか白虎のこめかみに青筋が浮かぶ。


「落ち着け白虎。怒りで我を忘れてどうにかなるような相手ではない」


「……そうだな。何を企んでるかなんてとっ捕まえてから聞けばいいだけだ。行くぞ玄武! 絶対に逃がすなよ!」


 一瞬で距離を詰めた白虎の拳とアラクシュミの持つタルワールがぶつかるのを皮切りに、京を覆う雲からは雷鳴とは違う音がしばらく鳴り響いた。



 平安京の大内裏おおだいりの裏手にある船岡山。その地下に広がる篝火かがりびに照らされた薄暗い洞穴に5つの影が浮かび上がる。


「陸圧道人……。鴻鈞道人こうきんどうじん檮杌とうこつ、スクルドと並び4凶と呼ばれる存在。ついにこの京に現われたのね」


 華やかな着物に身を包み、狐耳と9本の尾を生やした女性が、真紅の道着を纏った女性に語りかける。


「らしいのぅ。わしがその場におれば良かったのじゃが、玄武と白虎には苦労をかけたわ」


「母上や朱雀様が追っているという、数千年前に戦った宿敵ですか」


「ふはは、面白くなってきたな! この騰虵とうしゃ、強者とのMano-a-Manoが組めればそれで良し!」


 尾が1つしか無い狐耳少女の不安げな発言を、豪快に笑い飛ばす筋骨隆々で頭に角を生やした女性。

京に姿を現した強敵に対して、しばらく4者4様の発言が飛び交う。

そんな中、一通りの反応が終わり場が落ち着いたのを見はからい、言葉を挟まなかったもう1人が口を開いた。


「で、いたのは陸圧道人だけって話なの? 他の4凶の姿は?」


「それなのじゃが、玄武によるとその場にいたのは他に2名。1柱は例のスクルドなるはるか西方の神じゃが、もう1名は初めて見る小娘じゃったそうだ」


「小娘ですか?」


「あぁ。なんでも全身痙攣しながらスクルドに担がれて行くところじゃったそうじゃ。どうもその者をかどわかすのが目的じゃったらしくてのぅ」


「封印した檮杌に代わる、新しい4凶という可能性もあるのかしらね」


「その可能性も否定しきれんのぅ。確認できたのは一瞬で、しかも担がれた後ろ姿だけらしいのじゃが――このような感じらしい」


 そう言うと朱雀と呼ばれた女性は、袖より姿が描かれた紙を取り出す。


「…………変わった服装ね」


「何処へ行く?」


「情報を集めるなら東国に出向いている天后てんこうにも伝えるべきでしょ? 京に潜伏してる可能性がある以上、騰虵と朱雀は残るべきだし、貴人も晴明も離れられないなら私が行くしかないじゃない」


「……そうですね。それでは大陰様、よろしくお願いたします」


 晴明と呼ばれた1尾の少女に頭を下げられ、大陰は部屋を後にする。



「んッ~~~~~~~~~~~~!! なんすかパイセン! 女媧じょかにいびられて逃げ出したと思ったら今更出てきたんすか~♪ ないわ~♪」


 平安京からはるか東に離れた空の上、人目につかない場所で大陰は喜びを爆発させた。

彼女の知る【パイセン】とは髪の色こそ違うが、この服は間違いない。表を向けば"Rock & roll"という謎の文字が書かれた自作の一張羅であることも知っている。


「いや~、まっさか仲の良かった窮奇きゅうきのいないこの世界を、パイセンが選ぶとは思ってなかったんすけどね~。はッ!? それってつまりこの世界の未来が明るいってことでは!?」


 かつて語られた彼女の能力と不可避の滅亡。その回避が成ったからこそ、混沌の本体が顕現したのだと大陰は想像する。

混沌のシミュレーションは、仮想未来内での過去に遡ることができない。

仮にうまく行った条件下での再試行だとしても、基本安全圏に引きこもりがちな混沌がこんな殺伐とした時代に身を置くような行動は取らない。

混沌を良く知る者なら気づけたかもしれない矛盾は、数千年前に姿を消した相手と再会できるかも知れないという期待によって脳の片隅に追いやられた。



 白虎らとの戦闘を終えたアラクシュミが拠点に戻ると、体育座りをする混沌にスクルドが話しかけているのが目に入る。


「戻った。混沌の様子はどうだ?」


「聞いてよアラクシュミ! こいつったら未来をシミュレートする術を使いたくないとか言うのよ!」


「……無理無理無理無理無理。もうあんな思いしたくない。やだやだやだやだやだ」


 小刻みに震える少女の姿を見てアラクシュミは天を仰ぐ。

本体を呼び寄せた後、【観測者】との融合における危険を知らされていた彼女からしたら、さもありなんと言ったところだ。


「問題ない。彼女は自分の役割を十二分に果たした」


「はあ!? 甘やかし過ぎじゃないの!? 未来がかかってんのよ!」


数多あまたの世界を渡り歩いてきたが、この世界の人間は圧倒的に質がいい。そしてこの世界を作ったのは彼女だ。これ以上彼女におんぶに抱っこでは貴公も最高神オーディン様とやらに格好がつかないのではないか?」


「む……」


 不満そうなスクルドをよそに、アラクシュミは混沌の頭を優しく撫でる。

人の営みの中に神や仙人、妖怪などが入り込み、術や魔法も溢れたこの世界。

混沌と化した時代が今、正式に動き出す――。

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