【混沌】混沌、平安時代にて理解ある同志を得る

 現れたのはぱっと見でも180cmを越えてる大柄の女。

褐色の肌に漆黒の髪。真っ赤な瞳を宿した鋭い目つきと、細いけどつり上がった眉から凛々しい印象を受ける。

服は真紅とオレンジを基調としたど派手なもの。腰に曲刀と瓢箪をいているのを見るに酒好きの武神ってところかな。


『出会えて嬉しく思う。我はアラクシュミ。人とともにあり、その未来に幸福をもたらさんとする者』


 さっきからサンスクリット語で話しかけてきてるし、確かヒンドゥーの神だったかな。


『あ~~~……サンスクリット語、話す、苦手。他、言葉、使える?』


「それはすまなかった。英語なら?」


「問題ありません。さっきみたいに人間が結界内に入り込む恐れもありますし、日本語で話すのはまずいかもしれませんね」


「ふむ、貴公はいつもそのような畏まった言葉使いなのか? 我は貴公のことを同志だと思っている。普段通りの話し方で構わんぞ」


「OK。私もキミのことを同志と思って話させてもらうよ」


 いきなり現れた相手に警戒心&緊張感ましましだったのが無駄に堅苦しく聞こえたのか。フランクに話されるのが好きって年寄りが多いとは聞いたことあるし、大人しく従っとこう。


「それで構わない。まずは我のメッセージを受け取ってくれたようで何よりだ。感謝している」


 メッセージ? 一瞬何を言ってるのかと思ったけど、頭に思い浮かぶのは1つの小説。


「もしかして封神演義を書いてたのって」


「我だ。もちろんオリジナルの作者というわけではなく流用させてもらった。著者の権利を侵害してしまったことは心苦しいのだが」


 人間はこういう創作活動に長けてて素晴らしいと、ズボンのポケットから文庫本を取り出すアラクシュミ。


「もしかしてキミも未来のシミュレーションできたりとか?」


「いや、我の能力は【現在より過去にあたるパラレルワールドの自分と融合することで過去に飛ぶ】というものだ。未来のことは実際その時間を過ごして知っている」


 もっとも幾度も人類の滅亡に立会っている故に疫病神のようなものだがなと自嘲気味に笑う姿が哀愁を誘う。

てゆうか取り出した文庫本は未来から持って来たとか、私の能力より便利そうでずるくない?


「貴公も知っているだろうが、これより1300年ほどで人類は滅ぶこととなる。我はそれを防ぐため貴公の助力を望んでいる。封神演義の宝貝は仙人や道士――つまりは激しい修行を乗り越えた人間のみが使えるもの。魅力的な道具を使いたいという欲を餌に人間の努力を促したというわけだ。道具の高性能化だけじゃなく、人間そのものの能力向上。それこそが侵略者と闘う鍵となるというのが我々の結論である」


 うん、まあ答えの1つではあるのかな。正直人間ってすぐ同族同士で殺し合いたがる生物だから滅びが早まる危険もあるよね。……さっきの人間がスタンダードとかだったら魔境と化してる可能性もあるよな。


「それでなのだが、貴公にはこのままこの世界で、我らと行動を共にしてもらいたい。現世に残してある肉体を呼びだし融合することで可能と聞いている」


「は? いやいや、それって急ぐ必要ある? もっとシミュレート進めて、結果見てからでいいでしょ」


 いやいや、さっきの人間がこの世界のスタンダードとかだったら魔境と化してる可能性もある。そんな世界に来いとか正気かこいつ? 私は安全圏からまったりと眺めてたいのに、結界ぶち抜いてくる生物がいる世界で暮らせるか!


「言わんとすることは分かる。だが残念ながら貴公には時間がないかもしれんのだ」


「ん? 私に時間がないってどういうこと?」


「現状、貴公が存在するパラレルワールドはここしかない。他の世界では貴公は女媧じょかという最高神の不興を買い、寝ている間に始末された、と貴公の後釜に座った者から聞いている」


 …………。

いやいやそんなことあるわけ――――……いや、ありうるか。私のやってることを一切理解せず怠けてると思ってるだけだろうし。


「あほらし……。なーんかもうやる気なくしたわー。死んだほうがマシな気がしてきた」


「まてまて、死んでどうなる。それよりもこの世界に転移して我らと人の未来を守ろうではないか」


「いや、それも女媧にやれって言われたからやってただけのことだし。私自身人間なんてどうなっても構わんし。キミがそこまで人間に肩入れすることこそ分からないよ」


 どうせ使命感だなんだと語るんだろ? もういいよ、犬やら猫やらのほうがまだ可愛げあんのになんで人間なんかのために骨折らなきゃなんないのか。今となっては意味分からんし。


「理由はこれだ」


 ドヤ顔で何かを渡してくるアラクシュミ。差し出されたものを受け取ると、アラクシュミは私の背後に回り込む。


「そこの電源を入れてだな……よし、その【はじめから】にカーソルを合わせてスタートボタンを押すんだ」


「ゲームじゃないか!」


「ああ。先ほども言ったが、創作活動において人間に勝るものはなし。特にこの【ポケクリ】はいいぞ!」


 え? こいつ自分の趣味のため人間守ろうとしてんの?



 20分後―――


「ああああああああ! そこは手加減しろよおおおおお!」


 今のクリーチャー見た目どストライクだったのになんで倒しちゃうんだよ! そこは分かれよマイパーティ!? トレーナーが捕まえる気満々だったの分かれよおおおおお!


「どうだ。この先【ポケクリ】が生み出されるかは分からん。だが、大体どの世界でも人間は素晴らしい創作物を生み出している。守る理由はそれで十分ではないか」


「……上司にやらされるだけってよりは、よっぽど真っ当な理由だね」


 てゆうかゲームめっちゃ面白い。観測者からの情報だけだと全く伝わらなかったわ。


「貴公は術においてはスペシャリスト。わざわざ死んで異世界転生からのチート無双などという極小の可能性を狙わずとも、最高神の手を離れてこの世界に移り自分の楽しみを優先すればいい。そのついでに我らと人間を救おうではないか」


 差し出された右手をがっちりと握り返し、私は本体を召喚した。



 本体と融合したし、もう後戻りできない。

まあこの世界を起点に仮想未来を作る術を使っていけば未来の選別はできるし、話の通じる同志もいるなら言うことないな!


「同志はもう1人。北欧の運命神でスクルドという者がいる。貴公の……観測者と呼べばいいのか? それに干渉しこの結界へもフリーパスとなっている。すぐに来るはずだ」


「そうなんだ。その神も何かしらの未来を知る手段を持ってる感じなの?」


「いや、最終戦争ラグナロクに向け、英霊を集めて死者の軍団として統率する能力を持っている」


 なるほど、生きてる人間の質が上がれば英霊の能力も引き上げられるって感じか。生きてる人間じゃなくて死者も動員できるなら侵略者対策に使えそうだね。


「そうだ。私にも1柱、できたらコンタクトを取りたい奴がいるんだけど、今どこにいるかわからない?」


「ほう? 何という者だ?」


窮奇きゅうき。私と同じタイミングに作られた1柱なんだけど、私にとっては唯一の理解者だったんだよね」


「名前は聞いたことがある……」


 考え込むアラクシュミに色々と情報を伝えると、なぜかどんどん渋い顔になるアラクシュミ。


「世界のバランサー……か。あまり過保護にすると人間の成長を妨げるので好ましくないのだが。しかしそれにしては人間の上位種が跋扈する今の状況はどういう――」


 何か思い出したのかアラクシュミはポンと手を打つと、まっすぐに私の目を見つめた。


「その者なら殷と周の戦争の中で死んだな」


「え?」


「この世界での貴公――観測者に加え、檮杌とうこつ饕餮とうてつが周に加担したことで監視も兼ねて周に従軍していたのだが、その中で命を落とした。なるほど、彼が死んだからこそ今の環境があるわけか」


「え、え、え、え? ちょっと待って。え、窮奇死んだの? ほんとに?」


 おいおいおい。ついさっき後戻りできない選択したばかりなんですけど? でもまあ人間の繁栄につながるならコラテラルダメージってことで……?


「それよりこの観測者はどうするつもりだ?」


「もちろん融合するよ。ただ、数千年分の情報量があるからね、これを取り込んじゃうとどえらいことになるんだよ。まずは必要な情報以外を消去してからじゃないと」


「脳に対するDoSアタックみたいになるのか」


「そうそう、脳みそがパンクしてやばいことになる感じ。前にうっかり200年分くらいの情報でやったときも死にかけてさー、数千年分となったら――――」


「あなたが新しい仲間ね!! あたしの足を引っ張るんじゃないわよ!!」


 急に後ろから背中を叩かれて、つんのめった私と観測者の距離が0になった……。

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