何を言われても、君を放さない

月井 忠

一話完結

 大丈夫だよ。

 僕は絶対に君を放さない。


 でも、君にはこの思いが届いていないのかな。

 こうして抱きしめているのに、泣きじゃくって、口汚く僕を罵って、暴れてばかりだ。


 落ち着いて。

 それじゃないと、僕が君を抱きしめられないから。


 そう思って、僕はぎゅっと君を抱きしめる。

 少しは落ち着いてくれたのかな。


 君も僕を抱きしめてくれる。


 そうだよ。

 そうやって二人で抱きしめ合おう。


 今は周りのことなんて気にする必要はない。

 心を通じ合わせるのが何よりも必要なことなんだ。


 僕たちはこうして落ちていく。

 二人で、どこまでも落ちていく。


 いいかい?

 これからが大事だよ。


 僕は君に話しかける。

 これから僕たちは大事な瞬間を迎える。


 その時のためにも、こうして抱き合っていることが大切なんだ。

 君はまた、僕を罵った。


 わかっているよ。

 僕がだめなヤツだってことは。


 でも、今は僕の言う事を聞いてほしい。

 絶対に手を放しちゃダメだってこと。


 君は決意したかのようにまっすぐ僕を見てくる。


 そうだよ。

 これからが大事なんだ。


 君が体験で訪ねてきた時のことを思い出すよ。

 二人で飛行機に乗って、ここまでやってきたんだもんね。


 僕はおじさんで、君もおじさんで。

 だから、普段だったら人目を気にする状況かもね。


 でも、安心して。

 ここには誰もいないから。


 僕は意を決して、右手を離し、ソレを引く。


 ぐっ。


 僕たちはすごい力で引き上げられた。

 僕たちを引き離そうとする、すごい力だ。


 それでも、僕たちは抱きしめ合う。

 君はもう必死で僕にしがみつく。


 そうだよ。


 今はこうして心を通じ合わせることが必要なんだ。


 僕たちはゆっくりと落ちていく。

 姿勢は安定し始めた。


 僕はそっと君を抱きしめる。


「テメエ! いい加減にしろよ! 下についたら、ぶっ殺すからな!」

 君はまた、僕を罵る。


「落ち着いて。まだ安心できないからね」

「ああ!? なんでタメ口なんだよ、テメエ!」


 仕方ないじゃないか。

 起きてしまったことは元に戻らないのだから。


「体験スカイダイビングで繋いでるハーネスが切れるって、どういうことだ! 殺す気か!?」

「大丈夫。落ち着いて」


 君は体験スカイダイビングと言うけど、正確にはタンデムスカイダイビングって言うんだ。

 君の背中に僕のお腹をくっつけて、一緒に飛ぶ。


 でも、どうしてだろうね。

 途中で二人を繋ぐ絆が切れてしまった。


 僕は慌てて、落下していく君を追いかけ、抱きしめた。

 その時も君は、僕を罵ったね。


 でも、大丈夫。

 いくら罵られても、僕は君を放さないよ。


「ぜってえ、訴えてやるからな!」


 脅されたって君を放さない。


 だって、そんなことをしたら上司に怒られてしまうから。

 だから絶対に放さない。

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