ホワイトデーのお返しは…?

蠱毒 暦

番外 ◾️心

——買い物の途中。


ふと、スーパーのあるコーナーで足を止めた。


(今日はホワイトデーですか。)


特に感慨もなく、商品を眺めて…胸が少し痛くなった。


(薬は朝にちゃんと飲みましたが…。)


でも、そういう痛みではないような…私の知らない不思議な感覚。むしろ、何かを期待しているような——


(…あ。そろそろ特売が。)


左手につけた時計を見て、思考を切り替えた。


「今日はお肉が安い筈……」


そう呟き、白髪の女性…佐藤楓は肉のコーナーへと移動を開始した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


部屋は緊迫した雰囲気に包まれていた。


「だから…頼む。もう、お前にしか頼れないんだ。」

「……」

「この通りだ。もし教えてくれたら、一生、お前に服従してやってもいい。」

「…あのさ、」

「っ、何度でも言ってやる……でもこれを聞いた以上、断る事は絶対許さねえぞ。」

「主導権はそっちにあるの!?」

「当然だ。で、どうなんだ。」

「とりあえず兄ちゃんは…」


2時間くらいやってるその土下座をやめようよ。呆れながらも妹…山崎 あいはそう言ったのだった。


2人はベットに向かい合わせで座る。


「…話を要約すると、兄ちゃんは学校にいるその人に対して、ホワイトデーのお返しで何を返せばいいのか分からないって事でいい?」

「ああ、概ねそんな感じだ。お前女だろ?だからその辺の心理が分かると思ってな…」

「……はぁ。いつも、兄ちゃんがやってる飴玉を渡す奴をやればいいじゃん。」

「っ。それは確かに……そうなのだが…」

「…?」


あたしはふと疑問に思った事を聞いてみる。


「なあ、兄ちゃん?」

「…何だ。俺は今色々と考えを巡らせていてだな…」

「その人って、本当に兄ちゃんが通ってる学校の生徒なのか?」

「…ナゼソウオモウンダ?」

「声が裏返ってるよ……やっぱり。」

「あ!?何がやっぱりなんだよ!!」

「兄ちゃんが、学校で彼女作ったとかあたし、一度も聞いた事ないから。」

「…い、いや…実はいるんだぜ?お前に教えた事がないだけでな…」

「じー」


あたしは兄ちゃんをじっと見る。


「…、そんなに見つめても何も、出ねえぜ?」

「じー」

「……チッ。分かった!分かったからそんなに見つめんな!!くそ……ちゃんと言うから。」

「やっぱり嘘ついてたんだ…」

「ぐ、それは…悪かったな。」

「で、誰なの?」

「……。」


兄ちゃんが深呼吸を始めた。そこまでしなくてもいいのに。


「…さんだ。」

「?兄ちゃん、声が小さくて聞こえないよ。もっと大きな声で言ってよ。」

「…楓、さん…だ……!」

「あ〜」

「…っ!?何だその反応は!!!」


あたしの予想は見事に的中した。


「だって、バレンタインの時に家に来てたし。ちょっとだけだけどお話しとかもしたよ。」

「…そうだったな。お前、楓さんと何の話したんだ?」

「それは…秘密だよ。それに…兄ちゃん楓さんの話とかよくしてくるから。」

「…そ、そうなのか?」

「そうそう、まるで…」


——意中の人の事を話すみたいに。


(何て、言える訳ない…か。)


兄ちゃんは、恋愛とかには無頓着だから…それが恋心である事が分からない。


楓さんは話してみた限りにおいては、恋愛感情とかはなさそうだった。でも……


『私はもう長くは…生きられませんから。山崎くんには…まだ、言わないでくださいね。』


「おい…どうした?」

「兄ちゃん…あのさ、」


…本当に言っていいの?


(もしもこの事を言ってしまえば、この関係を壊してしまうかもしれない。)


逆も然りだ。それを知る事で…兄ちゃんが自身の本当の気持ちに気づけて、楓さんに告白するかもしれない。楓さんは…直感だけど、それを承諾してくれるというある種の確信があった。


(でも、あたしが過度に干渉するのは…良くないよね。)


馬に蹴られて死んでしまう。ましてや、あたしは恋のキューピッドになる気もなかった。


「何でもないよ、兄ちゃん。」

「?ならいいんだが…何を渡せば…家具とか、食べ物とか…あー!!分かんねえ。」


頭を抱えて悩む兄ちゃんを見ながら、あたしはふと閃いた。


「あっ、いい方法があるよ。」

「っ、何だ?教えてくれ!!!」

「あーそんなに肩を激しく揺らさないで!脳震盪になりそうな気分になるから!!」

「……すまん、つい。」


頭がクラクラしながら、あたしはこう言った。


「それはね—————」


あたしの馬鹿げた案を聞いた兄ちゃんは……


「……いいな、それ。」

「えっ…正気!?」

「は?お前が言い出したんだろ。なら、きっと上手くいく。少なくとも…学校の奴らよりも、俺の中でしっくり来たぜ。」


Q.おい、ホワイトデーのお返しって何を渡せばいいんだ?


A. 演劇部の場合(一部抜粋)

クク。それは…自身の魂の全てを投げ打てるような代償が…代価が必要であろう。『H氏』


例えば…あっ、CDカセットは如何でしょうか!マジ?え〜そんなの今時何処に売ってるの?実は付近に穴場がありまして…以下省略。

                『K&T氏』


服ですね、服。やっぱり女の子にとってファッションは本当に大切で…あっ、先輩がまた締切で発狂して…ではこれで失礼します。『A氏』


何故、我々に質問する。千回千切れて死ね。リア充は爆ぜて、カラスの餌になって循環した後に再度死ね。『猿達』


ホワイトデー。忙しすぎて…考えた事なかったな。愛梨、次の打ち合わせの時間は?後、10分後。    『C&I氏』


※やまねと谷口はこの計画が露見する可能性がある為に除外。


おまけ 演劇部以外の場合(一部抜粋)


スニーカーかな。バスケで使ってる奴がちょっとボロボロになってきたから。

『クラスメイトの1人』


委員長の心…ですね。

『風紀委員会の1人』


今は綺麗な雑巾かカビキラーが欲しいです。

『環境美化委員長』


生徒会室に無断で堂々と侵入して、その台詞…お前には、この原稿用紙…5枚をくれてやる。

『生徒会長』


邪魔…家に帰りたい。

『3代目帰宅至上主義者』


「実はもっと沢山あるが、大体こんな感じだったんだ。」

「…そ、そうなんだ。」


兄ちゃんはあたしの頭を優しく撫でた。


「——だから助かった。じゃあ行ってくる。」

「夜までには帰って来てね。今日の晩御飯はあたしの特製カレーだよ。」

「いいな……楽しみにしとく。」


あたしはベットで手を振るという


———ミスを犯してしまった。


「っ、おい…右腕、見せてみろ。」

「…ぁ。」


兄ちゃんがすぐに引き返して、あたしの腕を強めに引っ張った。


「痛いって!」

「……この傷は何だ。」

「あ…えっと、それは美術の授業で…切っちゃって…」

「分かった…もう何も言わなくてもいい。」


そう言った兄ちゃんは、拳を握りしめて怒りを露わにしていた。


「また誰かに虐められて…クソ、ふざけやがって……!! 場所と住所を教えろ…すぐにそいつらを2度とそんな事が出来ないようにぶっ潰してやる。」

「……から。」


あたしはベットから立ち上がった。


「大丈夫だから!!!!だからさ…早く行って。お願いだから。」

「…駄目だ。そんな事をする様な奴らは、一度ちゃんと痛い目に遭わせないと何度でも、」 

「あたしの事は…いいから。兄ちゃんはお兄ちゃんがしたい事を……してよ。」


感情のあまり、あたしの目からは自然と涙が出てきていた。


「兄ちゃんはいつもそうだ!!あたしみたいな奴の為に…何度も何度も、自分を犠牲にして!そんな価値は……あたしにはないんだよ!?」


ふとあの日の事を思い出す。


『穢?こいつの名前ってさ、汚くない?』

『そうだわ。穢れですものね。この汚物!!』

『っ痛い…よ……ぐすっ。』

『何だよ?言いたい事があるなら……っ誰!』

『俺の妹に…何してる?』

『汚い身なりですわね。』

『何この人。不法侵入ですわ!この犯罪者が!』

『俺が犯罪者なら…お前達はゴミ屑だな。教育し直してやるよ。』


そう言って、いじめた女子全員の顔面を容赦なくぶん殴り、気絶させた。


『……2度とそのツラを見せんな。屑どもが。』

『お、お兄ちゃん。』

『ああ悪いな、守衛の人とかに手間取った。遅れて悪かったな。』

『そんな…わたしが…弱い、から。』

『そうだな……お前は弱い。でもな。』

『……?』

『…その分、俺が何万倍も強くなって…お前を守れれば…その問題は解決だ。弱い事は何も悪い事じゃねえんだぜ?』


血とかで汚れた顔で兄ちゃんはそう言って笑っていた。


「……っ!?」


気づけばあたしは、兄ちゃんに優しく抱きしめられていた。


「…兄ちゃん?」

「俺はお前の兄ちゃんで、かけがえのない…家族の一員なんだからな。だから…ほら、ちゃんと価値はあるだろ?」

「…っ。」


兄ちゃんはあたしを宥めるように言葉を紡ぐ。


「…俺は一度たりとも後悔した事はねえぜ。お前の兄ちゃんになれた事を。あのゴミ親父も…お前は知らないだろうが、母ちゃんも。そう思ってる。」

「……。」


そう言うと、あたしの体から離れて部屋のドアを開けた。


「…これは、あれだ。俺の…兄ちゃんの癖だ。悪癖だとでも思ってろ。何が一番嫌いかって、家族の誰かが悪意によって虐げられる事だ。だから…止めるなよ。」


あっ、クソ親父は例外な!?そんなおかしな事を言う兄ちゃんの背中を見ながら、嗚咽混じりに言う。


「…うん、もう止めない。行きなよ…馬鹿兄ちゃん。」

「ああ、行ってくる。」

「そこまで言ったんだからさ……あたしの事、一生離さないでね?」

「ハッ!当たり前だろ。逆にお前が離してとか見捨ててとか言っても、ゼッテー離さねえし、見捨てねえから…覚悟しろよな。」

「わーお。」

「何だその変な反応は?」

「…あ、いや…何でもないよ。」

「晩飯までには死んでも間に合わせるから、安心して…カレー、作ってろよ…あい

「…ふ、兄ちゃんが度肝を抜くようなスゲー奴、作ってやるから!」


あたしは精一杯に強がった。兄ちゃんは軽く笑うとそのままドアを閉める。


(…カレの材料…家にまだあったかな?)


兄ちゃんが家を出た後に部屋を出て、階段を降りながら、入れる材料について考える。


(…兄ちゃん、ちゃんと間に合ってるといいなぁ。)


冷蔵庫の中身を確認する。その時、ふと…さっきの事が脳裏によぎった。


「…カッコいいなぁ。兄ちゃんは。」

「……馬鹿息子がどうしたって?」

「うひゃっ!?」


後ろから声をかけられて思わず振り向いた。


「…お、お父さん。お酒は1日1本までって約束はどうしたの?」

「…昨日飲んでなかったんでな。だから、いいだろ別によ。」

「ダメっ!今日は今日、昨日は昨日だよ。我慢しなって。」

「…あー年を重ねる事に段々と俺の嫁に似てきてるぜ……ったくよ。」


ぶつぶつと何かを呟きながら、煙草に火をつけて吸う姿を見て、あたしはカチンと来た。


「あー!!…やるなら、外でしてよ。部屋に匂いがつくでしょ!!」

「…う、うるせえやい!!外は外で、やったら結構な人が迷惑そうな顔しやがるんだよ。だから、仕方ねえんだ。」

「せめてベランダでして…これから調理するから…これ以上邪魔するなら…ご飯抜きだよ?」

「…クソ。分かったから飯抜きだけは勘弁してくれよな!?」


そう言ってお父さんはリビングから離れて行った。


「ふぅ………よし。」


カレーを作りながら、あたしは2人の行く末に思いを巡らせる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


縁側に座り、庭園の景色をぼんやりと眺める。


「………。」


時計を見るとそろそろ一日が終わろうとしていた。


(……無駄な、夜更かしでしたか。)


そう思って、立ち上がり部屋に戻ろうとすると…道場から何者かの気配を感じた。


「……。」


立ち上がり、道場へと向かうと…扉が開いていた。そこには……


「……貴方でしたか。山崎くん。」

「おう楓さん。俺だぜ。」


月光に照られ、2本の木刀を手に持った制服姿の山崎が見えた。よく見ると体の所々に傷がついている。


「…何処から侵入したのですか?」

「ああ?壁を軽く飛び越えて、中に入っただけだが?」

「立派な不法侵入ですよ…何故そんな事を?」

「びっくりしたろ?」

「……?ええ、そうですね。」


疑問を投げかけようとする前に、木刀が飛んで来て、それを手で受け止める。


「何を……」

「今日は、ホワイトデーだろ?だから、俺は…楓さんを……倒すぜ。」

「…?」


何を言ってるのか全くわからない。


「…ここに来るまで…結構な奴らとやり合ったんだ…今度こそ、楓さんに勝つ事が……俺が楓さんに返せる精一杯の感謝の気持ちなんだ。」

「…え、あの。」

「——行くぜ?」


一気に、私の方に接近してくる。


(……はぁ。あれ?何で私はガッカリしたのでしょうか?)


迫る剣撃を一歩も動かずに無感動に弾く。


「……なら、私からも条件を。」

「…っ、何だ、よ!!」


後ろから迫る斬撃を木刀で防ぎながら言う。


「…もし私が勝ったら、『1つだけ何でも言う事を聞く』というのは如何でしょうか?」

「はあ!?俺がか!…ぐっ、…っ、いいぜ!!それなら、俺もその条件…うっ、適用してもいいよなっ!」


私は薄く微笑んだ。


「約束…ですよ?では、本気で行きます…お覚悟を…山崎くん。」

「…ハッ今度こそ勝つぜ。楓さん!!!!」


楓は動いた。


「…っ!?」


まだまだ隙だらけで、動作の1つ1つに無駄がある。


———取った。


木刀を振るおうとした、その時。


「……聖亜くん!?それに姉さんも……今、何時だと思ってるのっ!!」


やまねの声で、それが中断され…圧倒的な隙が出来た…出来てしまった。


「見えたっ!!!これで……うぇ!?!?」


負けると思った途端、扉の方向から発砲音が聞こえ、山崎くんは崩れ落ちた。


「……!」


そんな事をした相手を鎮圧しようと、反射的に体が動く。


そのまま、木刀が男の首に当たる直前で…体が限界を迎えた。


「……うっ…ゲホッ、ゴボッ。」


その場で吐血し木刀を落とした。倒れそうになるのをやまねによって支えられる。


「…っ、姉さん!?無理しちゃダメだよ!」

「久々に死ぬかと思ったぜ。楓さん。」

「ごめんなさい…栄介さん、でしたか。…ゲホゲホッ。」


栄介は歩いて、倒れた山崎を担いだ。


「…安心しろ。こいつは麻酔銃だ。あいがいつまでもこのクソガキが帰ってこないとカンカンでな。用事は済んだし、帰らせてもらうぜ。」


そう言い残し、栄介は去って行った。


「…とにかく、姉さんはもう部屋に戻って、薬を飲まなくちゃ…ね?」

「…ん、分かりました。」


やまねに説得され、介抱されながら部屋へと戻り、そのまま眠った。



……翌日の昼頃に私は目が覚めた。


まだ怠い体を起こし、いつも薬を置く机を見る。


「……飴玉?」


誰の仕業なのかは何となく分かった。包み紙を開けて、口に入れる。



「酸っぱい……レモン味でしたか。」



余り好きではないけど、今日は何故かそれが…美味しく、ほんのりと甘く感じるのだった。


                   了
















































































































































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