禁じられた関係

佐倉満月

 とかく人間とは、「これを行ってはいけない」と他者に定められると反故にしたくなる天邪鬼な性質を持つ生物だ、と僕は考える。

 日本神話において伊奘冉イザナミの言いつけを破り、変わり果てた醜い姿の妻を目撃した伊弉諾イザナギ然り、『鶴の恩返し』にて鶴の機織り現場を覗いてしまった男然り。

 だから、僕が禁忌タブーを犯したのも致し方ないことだ。申開きをするつもりはない。僕も彼らと同じ愚かな男だった、それだけのこと。

「ねえ、たっくん。聞きたいことがあるんだけど」

 同棲先のマンションに帰るなり、彼女の詰るような問いかけが出迎えた。続けて言わんとすることは解っていたし、心当たりもある。

「昨日駅前で知らない女と話してたよね。あれ、どういうこと? 他の子と話さないでって言ったよね?」

 問い詰めてくる彼女の眼差しは胡乱で、言葉よりも雄弁に非難してくる。昨日は彼女と行動を共にしていなかったが、そんなことは僕を監視していれば関係ない。

「あれは道を聞かれたから答えただけで、他意はないよ」

「たっくんがそのつもりでも、相手は違うでしょ。絶対にたっくんのこと狙ってた。ちゃんと聞き出したんだもの、間違いないわ」

 彼女は足元に転がっているものを爪先で小突いた。僕が部屋を留守にしている間、該当女性から事情を詳しく伺っていたようだ。彼女は激しやすいが恐ろしく冷淡でもあり、相手から本音を引き出すすべに長けている。拘束した相手をじっくり嬲る様は、巣に捕えた獲物を溶かして啜る毒蜘蛛のよう。彼女に中身を吸われた憐れな蝶は、変わり果てた姿で地面に落ちていた。

「ねえ、あたしのこと好きだって言ってくれたよね。たっくんはあたしのことちゃんと好き? 本当に愛してる? 愛してるって言ってよ」

 熱に浮かされた瞳は月に魅入られている。僕は彼女を抱き寄せ、囁いた。

「勿論、愛しているよ」

 僕の彼女は束縛が強い女だった。彼女以外の異性と話すことは禁じられ、今どこで何をしているのか逐一報告せねばならない。メッセージの返事は一分以内に返さなければいけない。その他、付き合い始めに彼女と決めたルールは多岐に渡る。

 僕は約束を肯んじながら、度々破った。友人達はヤバい女に捕まって大変だな、刺される前に縁を切った方がいいぞ、と同情的だった。しかし僕は彼らの言葉の意味が理解できずにいた。別れるだなんてとんでもない。僕は彼女を愛しているというのに!

 僕が時折不実な態度を取るのは、彼女の愛を確かめるため。その度に彼女が嫉妬に狂うのは、僕が本当に愛しているか不安だから。なんていじらしいのだろう。不安に揺れる彼女の可愛らしさを彼らは知らないのだ。知られても困るのだが。

 決まりごとに忠実なしもべでは早々に飽きられてしまうが、僕が彼女の心を乱すことで彼女は僕にますます依存してくれる。僕と彼女はきっと同類なのだろう。だからこそ惹かれ合って一緒になった。そう、二人が結ばれたのは運命なのだ。

 彼女が抱きついてきた。綺麗に彩られた長い爪が皮膚に食い込む。これは自分のものだ、と証を残そうとしているみたいだった。

「たっくんは絶対に渡さない。絶対離さないから」

 それはこっちの台詞だよ、愛しいきみ。さあ、不要なゴミを片付けに行こう。大丈夫、何があってもきみを守るから。絶対に、僕の手を離さないで。

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禁じられた関係 佐倉満月 @skr_mzk

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