【掌編】情緒マリンスノウ

アリー・B

情緒マリンスノウ

 ――雪が降る。心に雪が降る。今日も静かに降り積もる。


 マリンスノウ、という自然現象がある。英語表記は『marine snow』。深い海のなかなんかで、まるで粉雪が舞っているように見えることからそう呼ばれているらしい。

 まぁそのまんまのネーミングではある。

 暗く静かな水底に舞い散る雪。きっとそれは儚くも美しく、神秘的であり幻想的に映ることだろう。少なくとも、遠目に見ている分には。

 深海に降る雪の正体は、おおむねがデトリタス――海洋プランクトンの死骸や水棲生物の排泄物、投げ捨てられたゴミクズなどがごちゃまぜになったものであるらしい。

 そう思えば、お世辞にも『美しい』なんて言えまい。

 実際、地上に降る雪も大気中の塵やウイルスをまといながら降ってくるから、見ている分にはキレイだけど汚いし。一面の銀世界もやがて踏まれ、踏みしめられ、踏みにじられ、たちまちのうちに泥だらけでみすぼらしくなるものだけれど。まだマシだろう。

 だから。

 いつからか、やむことなくこの胸に降り続ける雪は、きっとマリンスノウ。かつて感情と呼ばれていたデトリタスが、徐々に徐々に降り積もる。降り続く。勢いを増しながら。沈殿していく。堆積していく。澱のように、あるいは檻のように。

 ……あぁ。今日は。特に。寒いなぁ――。


 ――雪が降る。心に雪が降る。今日も静かに。誰にも知られずに。

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