うたかたを夢見、ある日の頼みごと

 AVを立て続けに2本も観て、ろくに性処理もしないうちから、色々な意味で疲れ果ててすぐに眠りについたせいだろう。

 その日は昔の友達の夢を見た。町から外れた場所にある寂れた建物で、半分ふざけてエロいビデオを一緒に観て、一緒に横になっていた。それから二人とも裸になって抱き合う。

 男と女。ただそれだけで何か特別な関係であるような気がしていた頃。唇を重ねて、お互いのことを好きだと言い合った。

 後から考えてみればそんな記憶はほとんどが嘘で、本当に夢でしかない。あの頃の俺はそれを望んでいたのか、それすらわからない。


 夢の中での彼女は笑顔で、俺はそんな彼女のことを抱きしめた。実際にはしたことないはずなのに、俺は彼女と一つになって何度も腰を振った。よがるような仕草と頭の中に響く嬌声が俺を焚き付けるが、その声はAVの胡乱な模倣だった。

 さっきまでは寂れた建物の中だったはずなのに、いつの間にか俺達は浴室にいて、俺の方から彼女の唇を求めてキスをした。夢の中なりに彼女の胸の膨らみを感じて、俺はその胸を後ろから掴む。夢の中だ。順序なんて関係ない。

 セックスをしている最中だというのに、俺はなぜか自分のパンツがどこにあるか気になって、辺りを見回した。パンツは俺の足元にあって、俺はホッとして今度は彼女の胸に口で吸い付く。


「好きだよ」


 と、あいつが夢の中で口にする言葉は、果たして本当に俺が欲しいものだったっけ。


 あいつが喜んでくれるから、小説を書いた。あいつに恥ずかしげもなく、自分の書いた稚拙な物語の話をする時間が好きだった。


「ああ、畜生」


 朝起きた時には、色々なことを夢見たはずなのに、俺はどんな夢だったのかの断片しか覚えていない。


 たまに昔の友人が夢に出てきた時、なぜその人のことを思い出したのか考えるけれど、大体はたまたま思い出す機会があったからというだけだし、フィクションで見るほどに、夢の内容って覚えてないよな、などと思う。それは人によって、結構違うところなんだろうけど。


 昨日の酒のせいだ。少しだけ俺は気持ち悪さを感じて、起きてすぐには布団から出られない。しばらくぼけーっと布団の上で仰向けに寝て、トイレが我慢しきれなくなったところでようやく布団の中から出る。排尿をして、水道水を汲んで飲んだ。


 せっかくこう、淫らな夢を見るんなら美咲とが良かったな、などと寝惚けた頭で考えてから、我ながらアホみたいに気持ち悪いことを妄想する自分に苦笑した。


 俺はスマホで「セックス 夢 知り合い」と検索した。夢占いのページがずらっと検索エンジンの結果に並ぶ。その中から適当なページに書かれている内容を読む。


『異性の友人とセックスする夢は、心の奥底にある、その相手と親しくなりたいという願い。実際にセックスしたい相手とは限らない』


 親しくなりたい、ねえ。もう、あいつとの縁は切れているのだけれど。

 昔はこういう夢を見た時は、罪悪感と羞恥感がないまぜになったような心地に胸が苦しくなったものだけど、今の自分に特にそういう気持ちはない。美咲といい古宮さんといい、それに見学店の情欲的なキャスト達といい、魅力的な女性に囲まれながら何もしていない自分が、単純に欲求不満なのも自覚している。

 カメラロールに眠る美咲や茉莉綾さんの写真だって消してないし、流石に今になって自慰の時にその写真を見たりはしないけれど、たまに写真を見て、撮影時のことを思い出したりもする。因みに古宮さんからも例の写真は送られてきたが、流石にそれは完全に削除した。知り合いの純然たるヌード写真をデータとして残したくねえよ。


 俺は台所からコーンフレーク、冷蔵庫から牛乳を取り出して、牛乳をお椀に注いでからその上にたっぷりとコーンフレークを注いだ。次いでペットボトルコーヒーをグラスに注いで、シンプルな朝ごはんにする。二日酔い気味だからこの程度の食事で問題ない。


 朝ごはんを食べ終わる頃に、スマホに着信があった。着信相手は野々村先輩で、また飲み会の相談か何かか? と通話ボタンを押す。


「もしもし」

『おう、君か。おはよう』

「おはようございます。朝からどうしたんですか?」

『今日って君、部室には来るか? こないだ行った時にはいなくてな』

「あー」


 多分、片桐さんに呼ばれて見学店に仕事に行っていた時だ。


「今日は行きますね。何か急用でも?」

『そういうわけじゃないんだが、風の噂で君がカメラマンのバイトをしていると聞いて』

「美咲でしょ」


 風の噂ってなんだよ。その話を野々村先輩にできるのは美咲くらいなんだから。


『まあな。部室に行ったら君はいなくて美咲だけいたから、どうしたものかと聞いてみたらバイト中というもんだから。どうもかなりの腕らしいじゃないか? カメラ、得意だったのか』


 美咲が野々村先輩に俺の仕事をどう伝えたのか知らないが、多分に盛って伝えた気がする。あいつは小説もそうだけれど、写真に関しても少し大袈裟に褒めるところあるから。当然、悪い気はしないけども。


「カメラマンって言っても、バイト先で必要なのを撮ってるだけです」

『それでも充分すごいだろ。人間相手の写真を撮るなんて、よほど信頼が必要だ』

「一応聞きますけど、美咲は俺のバイトのことなんて言ってたんですか?」

『ガールズバーだかコンセプトバーかどこかのキャストの写真を撮影してるんだっけ?』

「ああ」


 間違ってはねえな。美咲も見学店という言葉を伝えるのはよしといたのか、野々村先輩がその辺りはあんまり気にせずに聞いたのかどっちなのかわからないが。


「そうですね」

『そうだろ? 良かった。それでな、少し頼みがあるんだが』

「頼みですか?」


 就活で多忙な野々村先輩から頼みというなら、あまり無茶振りでない限りは聞きたいところだけれど。


『うむ。この間は唐突だったから断られてしまったが、今度一緒に推しのライブに行かないか?』

「地下アイドルですか?」

『そうだ』


 野々村先輩は、いくつかの地下アイドルの応援をしている。就活中でもその推し活を完全に控える気はないようなのは、この間部室で話した時もわかった通りだ。


『ライブ中に推しの写真や動画を撮ることは許されてるんだが、自分が撮ると全部ピンボケするんだよ』

「ライブの撮影はまた、勝手が違いそうではありますが」


 見学店のキャストを撮る時、キャストは大きく動いたりするわけじゃないし、基本的には俺の指示に従ってポーズを取ってくれる。けれど、ライブで激しく飛んだり跳ねたりする被写体を撮るのは、あまりしたことがない。


『でも自分が撮るよりはいくらかマシだ。というか、単純に推しを布教する良い機会だと思って』

「後半の理由が本音でしょう」


 写真撮影がうまくいくかどうかはわからないが、俺も野々村先輩の推す地下アイドルには興味あるし、久々に推しに狂う野々村先輩の姿を見るのも悪くない。


『良いですよ。行きます』

「ホントか!? 嬉しい! ああ、ありがとう!」


 電話先で、既にいつものクールな声から外れた、甲高い声になっている野々村先輩だった。こういうわかりやすいところ、かわいらしい人なんだよな、この人も。


『因みに美咲は当日、用事があるようで布教失敗した』

「ライブ、いつなんですか?」

『来月の頭だ。最初の週の金曜日の夜』


 金曜日は確か、美咲は普通に夜まで講義だったと思う。美咲も流石にそれをすっぽかす性格ではない。


「今日部室にいるかどうか聞いたのはなんなんですか?」

『君さえ問題なければ、当日の打ち合わせをしようと思って。働いてくれた分の礼はする』

「それは別に良いんですけど、くれるというのであれば遠慮せずいただきます」


 そのまま俺は野々村先輩と、今度の地下アイドルのライブの話を軽くした。改めて講義後に部室で会うことを約束して電話を切る。

 俺は髪を整え、荷物を整理して、妙な夢を見てまだ少し眠気が残る中あくびをしながら、大学の講義に向かった。

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