はなさないで~ある展望台にて

奈那美(=^x^=)猫部

第1話

 その場所は丘の上にある展望台だった。

遠くには海が望め、眼下にはそこそこの人口を抱えた住宅地が広がっていた。

日中は家族連れや散歩がてら丘を登ってきた老夫婦が景色を、夜になると恋人同士が夜景を楽しみに来る場所だった。

遊歩道が整備された桜並木のところどころにはベンチが置かれていた。

 

 「やめて。聞きたくない」

女性の悲鳴にも似た声が聞こえた。

「だが、しかし」

男性の声も聞こえる。

困惑しているような声だ。

「しかし……俺としては、言わないわけにはいかないんだ」

男の声に悲痛さが混じる。

二人は木陰のベンチに座って話をしているようだった。

 

 「なあ、聞いてくれ。たしかに俺は内緒にしていた。初めに、出会ったときに言っておかなければいけなかったんだ。だが、言いそびれてしまった。だがやはり、言っておかないと」

「いや!聞きたくない。それ以上話さないで!」

「しかし……」

女性の拒絶の言葉に、男性は声を失った。

 

 二人の間に沈黙が流れた。

「なあ」

「なに?」

沈黙に耐えられなくなった男性は女性に声をかけ、女性も応じた。

「君は、もしかして気がついていたんじゃないのか?その、俺が実は……」

「知っていたわ。気がついていた。だから、余計に貴方の口から語ってほしくなかったの。だって聞いてしまったら、それがとなってしまうから」

 

 「だとしたら……君はこのまま、知らないまま気がつかないままで過ごしていくつもりだったのかい?」

「……そのほうがいいと思うの。私の為にも……貴方の為にも」

「君という女性ヒトは……だめだ。やっぱり俺には君が必要だ。このままずっと俺のそばにいてほしい」

男は女性を強く抱きしめた。

 

 「私でいいの?」

「ああ、俺には君が必要なんだ」

「じゃあ、このまま私を抱きしめて。そしてずっと離さないでいて」

「もちろんだよ」

 

 二人は長い間抱き合っていた。

女性は男性の抱擁に身を任せながら、心の中でつぶやいた。

(離れたらダメなのは、貴方のカツラもよ)

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