第2話 冴えない幼馴染の育て方

「そんなに恥ずかがらなくてもじゃないですか、どうせ最後はみんな読み合うんですし」


「だとしても気持の準備が必要なの!急に裸見られたら恥ずかしいだろ」


「私は先輩になら構わないですよ」


「ダメだこいつ、常識が通じねえ」


講義が終わり僕はいつも通り文芸部の部室に来た。

運動部も好きじゃないし、かと言って料理やプログラミングとかに興味が湧かないけれど、どこかサークルに入りたかった僕にここは丁度良かった。

部員は全員で5名ほどで、みんな来たい時にここに集まってそれぞれがやりたいことをしている。


「おまえらイチャイチャは外でやってくれ、たださえ最近は文化祭が近くて周りの奴らがうるさいのに」


読みかけの文庫本を置いて鋭い目つきでこちらを睨む。

まあ実際目つきが少し悪いだけで呆れているだけだろう。

その目つきと口調のせいで誤解されがちだが、実際はかっこよくて優しい美人な先輩で裏では一定の人気がある。


「イチャイチャしてません、てか先輩も彼氏作ればいいじゃないですか」


「作れるならとっくに 水35L、炭素20kg、アンモニア4L、石灰1.5kg、リン800g、塩分250g、硝石100g、イオウ80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、で作ってるよ」


「いや、その返しできるなら余裕で作れますよ」


この返しをされて心くすぐられないオタクはいないだろう。


「それがな、なぜか会話しようとすると逃げられるんだ」

「私ってそんな魅了ない?」


「周りが先輩の良さに気づいてないだけですよ」


「安いお世辞だけどありがとさん」


「本心なんだけどなぁ」


そして本人も自覚なしでこの調子である。


「私は才火さいか先輩大好きですよ」


とてとてと駆け寄ると先輩に駆け寄って抱き着く、まるで子犬ようだ。


「うれしいこと言ってくれるなぁ伊織いおり、帰りにご飯おごってやる」


よしよしと頭をなでていて、先輩はご機嫌である。


「先輩、僕にもおごってください」


「しかたねぇな…」


「同じ後輩で、同じく先輩をフォローしたのにこの差は何だろう」


「冗談だよ、お前もありがとうな」


「元気でたなら良かったです」


思わず本当に恋しちゃう所だったよ、茶化されると思った正面から急に素直な所をみせるのだ。

妄想の中で先輩とプラネタリウムに行って、あれがデネブ、アルタイル、ベガする所だったよ。


「ともあれ文化祭用の小説は早く仕上げろよ?もうお前以外は大体は完成してるからな」


「すみません、物語を書くのは始めてでいまいち要領が分からなくて」


「それならお前を引っ張って来た、幼馴染の出番だろう?」


「そうなんですけど、身近過ぎて相談しづらいってゆうか…」


「お前今どんなジャンル書いてる?」


「…恋愛です」


「まあ気持ちは分かるよ、自分の書いた作品は言わば自分の鏡だからな」

「今でも知り合いに読んで貰ったり、相談したり恥ずかしい時はあるからなぁ」


部活の先輩だけあってやはりそこの辛さ、恥ずかしさは経験づみのようで、うんうんとうなづいている。


「私は全部を知って欲しいと思いますよ?」


「お前は例外だ、少しは恥じらいを持ったらどうだ?」


「持ってても一円にもならないので先輩にあげます」


「もう僕は生まれてこの方、貰い続けてるからいらない」


今日もほのぼのとしたゆっくりした時間が流れる。

お酒を飲んでどんちゃん騒ぎしたり、汗水流してスポーツに一生懸命になるのも憧れない訳ではないが、僕にはここがあっている。

ここでは自分を取り繕わなくていい、そう思えた。


1年生の頃どこのサークルにも所属していなかった僕は、2年生になると幼馴染に部活の人数合わせの為に、半ば強制にこの文芸サークルに加入させられた。

最初は名前だけ置いてフェイドアウトする予定が、何回か連れてこられただけでお茶とお菓子を食べながらゆっくりするこの空間に馴染んでしまった。


「まあバランスは大事だな、神無と伊織を足して2で割ると丁度良さそうだ」


「僕では緩和しきれませんよ」


「先輩、何事もやってみないと分かりませんよ、いがいと丁度いいかもしれません!」


「ゲームじゃないんだからそんなお手軽にしようとしないでくれ」

「てか、お前はどんな物語を書いてるんだよ?」


「今回は推理物ですね」


ビシッと探偵の真似をして決めポーズを決める。


「主人公はそこら辺にいる神無先輩みたいな人で、なんてことない日常にちょっとしたミステリーが起こるのです!」

「ある日主人公の机の中に死んだはずの女の子からの手紙が届きます、始めはただのいたずらかと思っていたそれは偶然か、それとも仕組まれた物か…」

「そして首なしライダーに会ったり、吸血鬼になり、そしてタイムリープを繰り返すことによりその幻想をぶち壊して世界選線を超えるお話です!」


「後半は訳が分からない」


「そこはデタラメなので実際に読んでみてからのお楽しみです」


「デタラメかよ、とは言え推理物かくんだな」


SFやコメディを書くイメージが強かった。

その人の作品や好きな作品を見てみるとたまに予想外の物が出てくるから面白い。


「先輩はどんなの書くんですか?」


「私はスポーツ物だな、昔ながらの努力、友情、勝利だ」


「スポ根ですか、珍しいですね」


小説のジャンルとしてなかなか見ない気がする。


「小説でスポーツ物となるとどうして相性が悪い、動きはどうしても絵の方が伝わるからな」


「じゃあ何でまたスポーツなんか」


「だからこそだよ、失敗出来るのは学生の特権だからな」

「私も来年は忙しくて書けるか分からないから最後に私の好きなジャンルでチャレンジしたくてな」


「かっこいいですね」


「あとは物語にしたい経験が多いのも理由の一つだな」

「試合での奇跡的な勝利や、仲間同士の熱い部活にかける情熱、それを物語として残して置きたいんだ」


「なるほど、残したい物語や経験…」


書いている小説の今後の展開に悩んでいたがそうゆうのもあるのか。

全部を創作するんじゃなくて、日常的にネタを探したり過去の自分の経験をいかすのもありか。


「神無にはなにかそんな物語はないのか?」


「う~ん、すぐには出て来ないです」


思い出は沢山あるけれど、いざ物語にしようと思うとどう切り取っていいのかさっぱり分からない。


「じゃあ小説に書けそうな思い出を伊織と作りましょう!」


「例えば?」


顔を赤らめながら少しもじもじとしながら呟く。


「やっぱりその、ラブコメなら?」

「その…大人の階段のぼるとか」


「いやお前が恥ずかしがるな、らかうなら堂々としてろ!」


「先輩がどうしてもとゆうなら私もやぶさかでは…


消え入りそうな声はかき消される。


「お待たせ、ついつい話が盛り上がっちゃって」


モデルさんような高い背に、引き締まった体つき。

服は普段から黒を基調をとしながらも、けっして地味ではなく程よく周りに合わせて華やか。

人を惹きつける話し方と声で一度会えば、忘れることはないだろう。



僕の自慢できる幼馴染で、昔から一緒に居たはずなのに違和感を感じる。

それを表現出来る言葉を今の僕には持ち合わせていない。
















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